辻村史朗の「器と心」

NHK
2022年7月24日 午前9:00 公開

できたばかりの志野茶碗をじっと見つめる辻村史朗

7/24「陶の山 辻村史朗」放送詳細はこちら

日曜美術館HPでは放送内容に関連した情報を定期的にお届けしています。こちらは7/24放送「陶の山 辻村史朗」に合わせたコラムです。番組では奈良県の山奥にあるアトリエで作陶する辻村史朗の様子を中心にお届けしましたが、HPでは辻村が陶芸を始めるきっかけとなった「大井戸茶碗」と、ここ数年制作に没頭してきた「志野茶碗」、そして自身の器づくりについて綴った文章「器と心」にフォーカスします。

約2万坪の敷地の至るところに作品が埋まっている

辻村史朗は陶芸を始めて間もない頃に綴った文章「器と心」の中で、焼き物の道に進むきっかけとなったのは日本民藝館で出会った大井戸(おおいど)茶碗であったと語っています。名もなき陶工がつくったその器について「それがどんな形でどんな色であったかなど問われたところで何一つおぼえているわけでない」。ただ気持ちが安らぎ、「これだナというような心にしみこむ大らかさ」を感じたこと、茶碗というよりも「大母性大慈悲心と向い合っているようなこころもちになった」と綴っています。

井戸茶碗とは

日本民藝館が所蔵する無名の陶工がつくった大井戸茶碗「銘 山伏」※現在展示されておりません

そもそも井戸茶碗とは元をたどれば15〜16世紀頃、朝鮮半島で田舎の農夫が雑器として使っていたようなありふれた器です。けれども「わび茶」の美意識にかなうと言って千利休が特別に見出したところから、日本で茶道具として使用されるようになった歴史があります。大井戸茶碗とは井戸茶碗の中でも大ぶりで堂々としたつくりのものを指します。

辻村史朗は、人生が変わるきっかけとなった大井戸茶碗との出会いの後にも、二度三度朝鮮の茶碗を見る機会にめぐまれたそうです。けれど、高価なものには違いないけれど自分には「うれしさなど、一向にわかず」(「器と心」文章より)、記憶に残らなかったと語っています。

辻村史朗が若い頃つくった井戸茶碗(左)

辻村史朗は美術館で井戸茶碗とはじめて出会ったときのことを振り返って語っています。「『生活即禅』、その凝縮された何かが、一碗の中に入っているような気がしました。」

志野茶碗について

番組ではまた、志野茶碗を一心につくり続ける辻村史朗の様子をお届けしました。

志野焼は桃山時代に始まった美濃焼の一作風です。百草土(もぐさつち)と呼ばれる土を使い白濁半透明の釉薬をかけてつくる焼き物。釉薬がかかった部分は焼成すると柔らかな乳白色を呈し、釉薬のかかりが少ない部分はところどころ赤みのある火色が現れるのが特徴です。江戸時代になっていったん廃れた志野焼でしたが、昭和時代に陶芸家・荒川豊蔵がその再現に尽力したことで、現代にその手法がよみがえったと言われています。

国宝の志野茶碗「卯花墻」桃山時代の作(三井記念美術館所蔵)

辻村は「卯花墻(うのはながき)」という志野の茶碗について語っています。日本で焼かれた茶碗のうち国宝に指定されているものはわずか2点しかなく、その1点がこの卯花墻です。

「私はものつくりやから、これよりいいもん作ろうっていう気だけですね。模倣しようとかいうんじゃなく、それに匹敵する、自分がしたなというところまで達したい。もう今まで何十回と(卯花墻を)見ていますけど、その細部にとらわれるのはおかしなことで。何というか、包み込む1つの茶碗という魅力がある。なんでこんな魅力があるかっていうのは、ただ漠然と好きやからって感じしかない。細部を言っても仕方ない。」

辻村史朗の志野茶碗

辻村はこの50年の間に、数年単位で志野茶碗づくりにのめり込んできました。数ある茶碗の中でも志野茶碗には特別な思いがあると語ります。

「粉引(こひき)や唐津など朝鮮に由来を持つと言われる焼き物は、もともと雑器としてつくられたものを、茶を飲むために転用したという経緯があるんですけど、志野は完全にお茶のために作られた茶碗。だからそれでお茶を飲みたいっていう、そこのやりがい、面白さというのがすごくある。他の焼き物とはちょっと違う、特殊な感じがありますね。」

「器と心」

「日本人が好む焼き物は、特にわび茶で使う碗なんかそうですけど、技術を極限まで駆使した中国の焼き物などとは対照的で、人間がそのものに対して入り込める魅力があると思うんです。茶道にしても精神面の方にウェイトが置かれている。だから、どう作るかというよりも、どう生きるかというところでの茶碗になってくる。なんで茶碗1つに魅力があるかっていうと、そこに技術的じゃないものがあるから。技術があったところで魅力ある茶碗ができるわけではない。」

工房での制作風景

「器と心」から改めて引用します。

「『いったいあなたは、どんな器を作ってみたいのですか?』『何を目標に、作っているのですか?』よく問われるのですが、そう問われることに対して私は、相手がうなずいてわかっていただけるような答を、かえせたことがないのです。(中略)

意識をぬけえたところにある、あの大井戸茶碗が表現しえた大母性大慈悲心、善悪すべてつつみこんでなお静かなるもの、そういう状態が、私の手仕事である土いじりの中でも表わしえたらと、つまりは何を作りたいのかといえばこの心の状態以外にありえないようにおもうのです。」

展覧会情報

◎現在、京都市内にある「ZENBI-鍵善良房-KAGIZEN ART MUSEUM」にて展覧会「辻村史朗−茶盌」が開催中。志野をはじめとして長年心血を注いで取り組んだ、井戸、伊賀、粉引、赤、黒など辻村の茶碗が50点、一堂に会する展覧会です。8/21まで。