イヴ・クライン 「人体測定(ANT66)」 1960年 いわき市立美術館蔵
12/18「青の彼方へ イヴ・クライン 現代アートの先駆者」放送詳細はこちら
日曜美術館HPでは放送内容に関連した情報を定期的にお届けしています。こちらは12/18放送「青の彼方へ イヴ・クライン 現代アートの先駆者」に合わせたコラムです。番組ではイヴ・クラインの青の軌跡について紹介しましたが、HPでは金沢との関係からイヴ・クライン展をより楽しむアイデアを提案してみました。こちらもあわせてどうぞ。
イヴ・クラインと禅
「時を超えるイヴ・クラインの想像力―不確かさと非物質的なるもの」展示風景より 写真提供=金沢21世紀美術館 撮影:池田ひらく
1958年にイヴ・クラインがパリの画廊で個展を行った際、その室内には何も展示しませんでした。来場者の多くは困惑しましたが、会場を訪れた小説家のアルベール・カミュは「空虚に満たされた力」と評しました。
イヴ・クラインの空虚に対するアプローチは、「空(くう)」という考え方を持つ東洋の禅の哲学とも通ずるものがあるかもしれません。禅において虚空は「すべてが存在する空間」という捉え方があります。
イヴは『薔薇十字の宇宙生成論』という本から影響を受けていて、その著者マックス・ハインデルによれば青は精神性のもっとも高度な状態を示す色です。青の他にイヴは金色と薔薇色も加えて宇宙を構成する3原色と考えました。金は錬金術において「高次の精神」や「完全なもの」を表します。薔薇色(ピンク色)は「生命」の象徴であるとイヴは語っています。
仙厓の禅画である○△□は禅の考えにおいて宇宙の構成要素とも考えられています。◯は一円相といい宇宙そのもの。「空(くう)」にして無限を表すと言われています。そして金沢には禅を世界に広めた20世紀の仏教学者・鈴木大拙(だいせつ)の足跡を伝えるミュージアム「鈴木大拙館」もあります。イヴ・クラインは柔道をきっかけに禅についても知り鈴木大拙が著した禅の本のフランス語訳を読んでいたとも言われます。
金沢21世紀美術館から鈴木大拙館へは徒歩10分足らずで行くことができ、建物には◯△□の形がそこかしこに隠れています。また石川県には他にも「絶対無」について探求した哲学者・西田幾多郎のミュージアムなどもあります。金沢ならでは、イヴ・クライン展とあわせてそれらのミュージアムを訪れ、空虚や宇宙観について思いをはせてはいかがでしょう。
イヴ・クラインと金
「時を超えるイヴ・クラインの想像力―不確かさと非物質的なるもの」展示風景 写真提供=金沢21世紀美術館 撮影:池田ひらく
前述の通り、イヴ・クラインは金色が宇宙を構成する3原色のひとつであると考えました。金沢21世紀美術館の展覧会場には「非物質的な金」という部屋がありますが、そこにはイヴの作品以外に金沢市立安江金箔工芸館から借り出した無地金屏風も展示されています。
加賀藩主・前田利家が積極的に箔の製造を命じた16世紀の記録からも見てとれるように、加賀は昔から金箔生産が盛んでした。現在においても日本の金箔生産の99%は金沢で行われています。金沢の街を歩けば土産物屋から工芸店まで金が溢れているのがわかるでしょう。イヴ・クラインは作品上の色彩を、見る対象というより内側に浸透するものだと捉えていました。展覧会を観た後に金沢の街を歩き、そこかしこで金と出会うことで、より金が自分のうちに浸透してくるかもしれません。
ジェームズ・タレル、アニッシュ・カプーア
アニッシュ・カプーア 「L'Origine du monde」 2004年 金沢21世紀美術館蔵 写真提供=金沢21世紀美術館
金沢21世紀美術館は、非物質的な存在を探求しているアーティストの作品が多く常設されているミュージアムでもあります。ジェームズ・タレルの「ブルー・プラネット・スカイ」もそのひとつ。建物の天井が四角く切り取られていて、そこから本物の空が姿をのぞかせています。時間や天候によって異なる表情を見せる空を眺めることができ、部屋自体の感じ方もそのときの条件に応じて変わります。「空(そら)」「空虚」「崇高」「知覚的」「浸透」など、ジェームズ・タレルとイヴ・クラインの作品の間には共通項がたくさん見つかります。
インド・ムンバイ出身のアーティスト、アニッシュ・カプーアによる「L’Origine du monde(世界の起源)」も常設展示されており、部屋に入るとブラックホールのような大きな穴を持った作品に遭遇します。カプーアは「空虚の概念を色、光、知覚、空間といった諸要素との造形実践において探求し続けてきた」と語っています。イヴ・クラインには薔薇十字の神秘思想からの影響が見られますが、カプーアは70年代末、自身のルーツであるインドを旅したことがきっかけで思想的に影響を受け、こうした探求を推し進めるようになりました。80年代半ば、カプーアのアートが知られるようになった当初、青の顔料を積極的に使っていて、この点でもイヴ・クラインとの共通性を見出すことができます。実は、金沢21世紀美術館の作品「世界の起源」の黒く見える部分も実際に使われているのは青い顔料です。
展覧会情報
◎展覧会「時を超えるイヴ・クラインの想像力―不確かさと非物質的なるもの」は金沢21世紀美術館(石川)で2023/3/5まで開催中です。