第69回日本伝統工芸展 わたしが工芸に向かう理由

NHK
2022年9月18日 午前9:00 公開

左)五嶋竜也「白磁鉢」 右)神垣夏子「籃胎蒟醤箱『幻想』」

9/18「伝統で未来を拓く~第69回 日本伝統工芸展~」放送詳細はこちら

日曜美術館HPでは放送内容に関連した情報を定期的にお届けしています。こちらは9/18放送「伝統で未来を拓く~第69回 日本伝統工芸展~」に合わせたコラムです。第69回日本伝統工芸展受賞者より、番組で取材した以外の作家より数名をピックアップして、工芸の道に進んだ背景などを聞きました。こちらも合わせてどうぞ。

五嶋竜也(ごしま たつや)日本工芸会奨励賞/陶芸

五嶋竜也さん

――磁器の作家を目指したのはどういうきっかけだったのですか?

私の制作拠点である熊本県の山鹿市はいわゆる焼き物の産地ではありません。それに父は陶芸作家でしたが、仕事場と家と離れていましたから子どもだった時分に父の仕事の様子を見たこともなく、だから焼き物への興味も元々はありませんでした。けれども高校を卒業して将来何をするか決まっていなかったときに父から焼き物の専門学校が佐賀県の有田にあるけどどうだと言われて、他にあてもなかったので行ってみようかなと。

そこで、絵も何も描いていない白磁の磁器を見たのが自分にとっては衝撃的な出会いでした。シンプルだけど形だけですごく力があるのが伝わってきた。振り返るとその出会いが原点で磁器作家になる道を選ぶことになったという気がします。

だから私が今もこだわっているのはまず第一に色というより形ですね。ろくろを引いて基本的な形をつくった後にカンナで削っていき、器の口元をいかに薄造りにできるか。あるいは、シャープさと、柔和な感じという、相反するふたつの表情をひとつの作品のなかで同居させつつバチッと決まる、そういう器を実現できたらといつも思っています。

――「天草陶石」を原料とした磁器土を使っていらっしゃるそうですね。

それが磁器に惹かれたもうひとつの理由です。最初に見て衝撃を受けた白磁の器の原料が熊本県の天草地方で取れる石を使っていました。天草陶石は焼き上がりの白さが、他の陶石と比べても群を抜いてきめがこまかく美しい。熊本県はもともと大きな陶芸の産地がないことに加え、その中で磁器をしている人となると本当にわずかです。しかし、こんなに誇れる地元の素晴らしい原料があるのに何か悔しいと言いますか、もっと地元で使っていこう、という気概も込めながらつくっています。

日本工芸会奨励賞 五嶋竜也「白磁鉢」

気づけば磁器作家になって約20年が経ちました。今年の日本工芸展に出品した作品は前回出品したときの作品とは、器の口元の感じなどを明らかに変えています。薄さだったり、削りの入れ方だったり、そういう繊細な出来事をミリ単位でつきつめていき、いざ焼き上がったときに手応えが得られると少しばかり「仕事したな」と思える。これからもずっと、そういう道だと思っています。

神垣夏子(かみがき なつこ)日本工芸会奨励賞/漆芸

神垣夏子さん

――どういう経緯から漆芸の道に進んだのですか?

もともと大学では理工学部で土木工学科を専攻していて卒業後は東京でシステムエンジニアの仕事をしていたのですが、つくった瞬間から古くなるというこの業界特有のものづくりが徐々につらくなり、25歳のときに辞めたのです。

と言って何をするあてもなかったのですが、ちょうど香川に単身赴任していた父から「香川県に漆芸研究所という場所があるが行ってみないか」と提案されました。「漆って何?」というのが最初の反応でしたし、特に興味が湧いたわけでもなかったですが、そのときの自分は自ら行動を起こすという気分でもなく「とりあえずやってみようか」くらいだったと記憶しています。

しかし、いざ足を踏み入れてみたら、これはものすごい世界だと。漆は、保存状態が良ければ1000年以上もつと言われています。そして先人たちが行ってきた続きを自分ができて、それがまた100年後につながっていくかもしれない。もちろんそれは大変な道だけど同じ頑張るなら私はこっちが良いと思いました。

また、ひとつの作品を完成させるまでに半年から1年を要する膨大な工程があるのですが、プログラミングと一緒できちんと整理していくとシステマチックに自分のペースで行っていけるんです。それも心地よかった。

日本工芸会奨励賞 神垣夏子「籃胎蒟醤箱『幻想』」

――香川の漆芸の魅力を教えてください。

前述の通り香川の漆芸を選んだのは受け身だったわけですが、でも香川の漆芸には他の地域とも違う特有のテクニックがあり、今はここで学んだのが良かったと自信を持って言えます。たとえば堆漆(ついしつ)。これは現代で言えば3Dプリンターのようというか、漆だけをひたすら何百回と重ね塗りしていって立体にするのです。

今回私が日本伝統工芸展に出品した箱の作品には、漆塗りと竹工芸、両方の技術が結集されています。ベースになっているのは「籃胎(らんたい)」といって真竹をひごにして編む技術です。こうして編んでつくった箱に漆を塗り重ねた後、専用の剣で表面に文様を彫りそこに色漆を埋め込み仕上げるのですがこの技術は「蒟醬(きんま)」と言って、もともとミャンマーから伝わってきた技術で、香川の漆芸を代表する技術です。

土木工学を学んでいたときから変わらずものづくりには興味がありましたし、プログラミングのように工程を組み立てるのも好きでしたから今の仕事は性に合っているのでしょう。先生方もマニアックですから情報交換するのも楽しい。打ち込む価値を感じられる仕事と出会えたことが一番良かったです。

展覧会情報

東京 9/14-9/26 日本橋三越本店
愛知 9/28-10/2 星ヶ丘三越
京都 10/12-10/14 京都産業会館ホール
北海道 10/18-10/23 札幌三越
石川 10/28-11/6 石川県立美術館
岡山 11/17-12/4 岡山県立美術館
島根 12/7-12/25 島根県立美術館
香川 2023/1/2-1/16 香川県立ミュージアム
宮城 2023/1/20-1/25 仙台三越
福岡 2023/2/1-2/6 福岡三越
広島 2023/2/15-3/5 広島県立美術館
大阪 2023/3/9-3/14 大阪髙島屋