日本で左官の素晴らしい仕事に出会える場所

NHK
2023年5月21日 午前9:00 公開

法隆寺の版築土塀

日曜美術館ホームページでは放送内容に関連した情報を定期的にお届けしています。こちらは5/21放送「地球の脈動を塗る」に合わせてお送りするコラムです。番組ではあらゆるものが左官の素材と語り、領域を開拓し続ける挾土秀平さんに密着しました。HPでは日本の歴史において生み出された左官の美をいくつか紹介します。土壁の多様な美と表情を、ぜひ感じてみてください。

法隆寺に見る左官の風景

法隆寺の西院伽藍の主要部(金堂・五重塔・中門など)は我が国最古の建築遺構と言われていますが、その土壁も我が国において現存する最初期の本格的な左官工事の跡です。たとえば法隆寺の金堂壁画の下地。木の小割材を格子状に組んで作った木舞(こまい)※の上から土が塗られ、そして表面に白土が塗られ、そこに壁画が描かれました。絵筆を走らせる場所ということもあって丁寧かつ平滑な仕上げが求められ、金属製のこてが既に使われていたと見られています。

また法隆寺にある土壁と言えば、版築土塀(はんちくどべい)もあります。予め仮枠を木でつくっておき、そこに粘土状の土を入れて塀の一層をつくり、上から棒でたたきしめ、一つ突き固めたらまた次の層というように重ねてつくっていく土塀です。もともと中国で始まった技法で城壁や建築の基壇をつくるときに使われた技法ですが、日本では法隆寺や龍安寺で見られます。

※木舞……竹や木などを割ったものを格子状に組んでつくる土壁の下地のこと。

島原の角屋「青貝の間」

国内唯一の揚屋建築の2階にある「青貝の間」。土壁に貝殻が嵌め込まれている。 写真提供=公益財団法人角屋保存会

京都駅から電車でふた駅の丹波口。江戸時代には京都最大の花街「島原」(しまばら)がありました。その中で江戸時代を通じて料亭として栄えた「角屋(すみや)」の建物が残っています。現存する揚屋建築※唯一の遺構として国の重要文化財に指定されています。2階にある「青貝の間」(あおがいのま)では、土壁に青貝※が螺鈿状にちりばめられ唐草その他の模様が描き出されています。青貝は仕上げの土壁が乾燥しないうちに埋め込まれたと考えられており、左官職人が残した技ということができます。特徴的な黒い壁がきらきらとした青貝の螺鈿とよくマッチしていますが、ろうそくのすすで煤けた結果の色とされており、九条土が使われていることから、塗られた当初はねずみ色であったようです。夜、暗がりの中、ろうそくの光のもとで青貝の間の壁はどのように見えたことでしょう。貝殻をちりばめて土壁表面を飾る左官の発想は奇想天外、とても珍しい事例です。

※揚屋……現在の高級料亭のような場所。置屋から太夫や芸妓を派遣してもらい、客は料理と歌舞音曲の遊宴を楽しんだ。
※青貝……夜光貝など、螺鈿に使われる材料の貝の総称。

重要文化財「角屋」(京都・丹波口)。現在は「角屋もてなしの文化美術館」として一般公開されている。 写真提供=公益財団法人角屋保存会

伊豆の長八美術館

入江長八「龍」 個人蔵(伊豆の長八美術館保管)

江戸を中心とする東日本では鏝(こて)を使って土壁に漆喰でレリーフ絵を描く「鏝絵(こてえ)」の文化が、江戸〜明治ごろに流行しました。関西は聚楽土、桃山土など良質の色土が多く産出された関係で左官仕事の名作も土物が中心ですが、関東はそうした土には恵まれなかったことから石灰への依存度が高い=漆喰が主流でした。そうした環境の中で鏝絵が左官職人によって開花することになりました。中でも天才と呼ばれたのが、幕末から明治期にかけて活動した入江長八です。伊豆・松崎町の生まれで、伊豆の長八美術館やそこから歩いてすぐの長八記念館(浄感寺)ではその仕事をまとまって見ることができます。

また、伊豆だけでなく、江戸でも活動したため、東京でも品川区の寄木神社や足立区の橋戸稲荷神社にある土蔵の扉に入江長八の鏝絵が残されています(これらの神社の土蔵はいずれも通常非公開ですが、定期的に特別公開があります)。鏝絵というのは、まず平坦に漆喰壁を塗り上げ、さらにその漆喰壁が生乾きのうちに薄肉状に漆喰を盛って鏝で造形します。短時間で仕上げなければならず、そうした制約のもと、長八の作品は巧みで神技と呼ばれました。

伊豆の長八美術館

バラエティ豊かな土壁の美

他にも豊かな土壁の美が日本の伝統の中で多く残されています。千利休が設計に携わったとされる国宝の茶室「待庵(たいあん)」では、荒壁と呼ばれる、通常は下地塗りに使われる土の壁があえてむき出しで使用され、土中に切った藁を散らしたさまがむしろひとつのデザインのようになっています。「長すさ壁」と呼ばれますが、尾形光琳が設計したという仁和寺の茶室「遼廓亭(りょうかくてい)」など、侘び茶の草庵でよくみられるつくりです。前述の通り、関西は良質の色土が豊富に採れるので、こうした土壁の文化が発展したとも言えます。待庵も遼廓亭も申込みが必要ですが見学は可能です。

また、番組にもご登場いただいた雑誌『左官教室』の元編集長・小林澄夫さんはその著書『左官礼讃』の冒頭で、奈良の葛城古道や山辺の道にたたずむ納屋の泥壁の美しさについて語っています。「単純素朴ではあるけれども、単一で均質ではない。」。われわれの文化に長く息づく土壁の文化。その多様性と深い味わいをぜひ楽しんでください。