コラム 教え子が語る“上野リチとはこんな人”

NHK
2021年12月19日 午前9:00 公開

「ウィーン工房壁紙:花園」 1928年 京都国立近代美術館蔵

「カワイイの向こう側 デザイナー・上野リチ」

日曜美術館HPでは放送内容に関連した情報を定期的にお届けしています。こちらは12/19放送「カワイイの向こう側 デザイナー・上野リチ」(再放送12/26)に合わせた情報です。

ウィーンと京都で活躍したデザイナー、上野リチ・リックス。戦後は教育者としても多大な功績を残しました。京都市立美術大学(現在の京都市立芸術大学)で、かつて“リッチ先生”(当時の生徒たちは、こう呼んだ)の教え子だった人々の証言を通して、その謎多き人物像をひもときます。

〜以下は、過去の教え子の皆さんから聞き取りをしたコメントです〜

●中井貞次さん(染色家、京都市立芸術大学名誉教授)

“リッチ先生”の愛称で親しまれた。威厳ある生粋のウィーン人。クラシック音楽を嗜み、富裕の中で育った令嬢。プラーター公園(※ウィーン中心部の代表的な公園)に2頭立ての馬車を引かせて朝食をしたりするような人。

デリケートな神経の持ち主。特に色彩感覚が優れており、生徒たちにも色彩については特に厳しいチェックを行った。

撮影者不詳「ポートレート:上野リチ・リックス」1930年代 京都国立近代美術館蔵

生徒は、泥絵の具(※胡粉を混ぜた粉末状の絵の具。水に溶いて使う)を和紙に塗ったものを持参するのが常だった。既成の色紙を使うことが許されなかった。

好き嫌いが激しく、わがまま。直感的。助手の中にはとても耐えられないと2〜3か月で辞めていく人が多かった。

絵巻物や浮世絵が好き。日本美術に対する関心は高かった。

「ウィーン工房壁紙:そらまめ」 1928年 京都国立近代美術館蔵

ウィーン工房の優れたデザイナーであったことは、ウィーンのオーストリア美術館の中にあるウィーン工房の部屋で陳列されている作品群を見てわかる。素晴らしい教育者としての才覚を持った人でもあった。我が国における美術教育はほとんどの大学がバウハウスの教育方針を取り入れているのに対して、京都市立芸術大学のデザイン科は、リッチ先生のおかげでウィーン工房由来の感覚を重視した教育方針を基礎とすることができている。

「[花鳥図屏風]」 1935年頃 京都国立近代美術館蔵

模倣はだめ、ということを徹底されていた。戦後の日本美術界は欧米のあり方に追随して追いつけ追い越せの風潮だったが、リッチ先生は、日本人が本来持ち合わせているオリジナリティー、想像力をいかに取り戻させるかに尽力されていて、その功績は大きいと感じている。

「七宝飾りプレート[石竹]」 1950年頃 京都国立近代美術館蔵

●鈴木佳子さん(京都市立芸術大学名誉教授)

リッチ先生は仕事に厳しい。命令されるのが嫌い。好奇心が旺盛。まねを絶対に許さない。生徒の作品が良くないときには「だめです」「破ります」。もっと怒るとドイツ語で「ナイン!(※強い否定の意)」と言って作品を裏返すことも。ファンタジーとは自分で考えたもの、独創、オリジナリティーでなければならない。

制作の様子は絶対に見せない。

動物には排泄のイメージがあるため、食べ物の器には絵柄として使わない。鳥は使うが生々しくない表現で描く。

「日生劇場旧レストラン『アクトレス』壁画(部分)」 1963年 京都市立芸術大学芸術資料館蔵

口癖はウィーンの言葉で「仕方がない」。ウィーンの人はよく使う。

●木村英輝さん(芸術家)

リッチ先生の授業は小学校の情操教育みたいだった。授業では緊張して2時間立ったままで作業した。しかしおかげで体全体を使って、いいものができた。

補色を好んでよく使っていた。ピンクに対してブルー。紫に対して黄色。どれも上品に仕上がった。

授業は常にフリーハンドで。リッチ先生の授業でコンパスや定規は使ったことがない。

自然研究はただのスケッチではなく、構造を理解するためのものと考えていた。

いい加減な作業をしたときには「イージーゴーイング」。褒め言葉は「ファンタスティック」。課題の結果に対して上位3位までの人はチョコレートがもらえた。

「イースター用ボンボン容れのデザイン (2)」1925-35年頃 京都国立近代美術館蔵

きっとリッチ先生は頭じゃなく、感覚で、手と体で描いていたと思う。

●河原林裕二さん

2回生のとき、東山二条のお寺の本堂で壁画制作をする機会がありました。私を含む、まったく個性の違う4名が選ばれました。リチ先生の原画をもとに、下絵なしでシルバーの襖紙の上にイマジネーションを膨らませながら筆を走らせるのですが、最初は硬くなって思うように描けませんでした。先生の教えの原点「もっと楽しく」「もっと自然に」「もっと自由に」が頭に浮かび、ようやく筆が走るようになりました。それぞれの感性やリズムで表現してほしいという気持ちがそこにはあったように思います。

「プリント布地デザイン[木立]」 1925-35年頃 京都国立近代美術館蔵

河原林美知子さん(テキスタイルアーティスト)

リッチ先生との小さな想い出です。

1967年、私がヨーロッパへ旅行することを報告しにご自宅に伺いました。先生のベッドルームに通されたのですが、その部屋がすごくかわいくて。真ん中にベッドがあって、優しいシックなピンクの羽毛布団の中で、先生はニコニコして出迎えて下さりました。窓辺にポピーのオレンジ色の花が入れてあり、「ワァー私もおばあさんになったらこんな部屋で寝たい!」と思いました。ピンク色のかわいらしいお布団でニコニコしていた先生の笑顔、いまだに忘れられません。

(※その後間もなくして、リチは自宅で亡くなりました。)

※以上は、個人の目線・主観に基づくコメントであり、厳密な信憑性を問うものではありません。

展覧会情報

「上野リチ ウィーンからきたデザイン・ファンタジー」

11/16-2022/1/16 京都国立近代美術館(京都)

2022/2/18-5/15 三菱一号館美術館(東京)