アートは世界を学ぶ教室

NHK
2023年6月11日 午前9:00 公開

展示風景:「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」森美術館(東京)2023年 撮影:古川裕也 画像提供:森美術館

日曜美術館ホームページでは放送内容に関連した情報を定期的にお届けしています。こちらは6/11放送「現代アートはわからない?」に関連したコラムです。世界を学ぶ “教室”と銘打たれた今回の展覧会。またアジアの作家が多く取り上げられていることも本展の特徴のひとつです。日曜美術館のホームページでは、展示されている作品を手がかりにしながら、アジア各国の社会背景について学びます。

アイ・ウェイウェイ

アイ・ウェイウェイ(艾未未) 展示風景:「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」森美術館(東京)2023年 撮影:古川裕也 画像提供:森美術館

「漢時代の壺を落とす」と題された三連の写真作品。文字通り、2000年前のものとされる漢王朝時代の壺が中国人アーティスト、アイ・ウェイウェイの手によって投げ落とされ割れるさまが写真に収められています。

アイ・ウェイウェイは1957年北京生まれですが、著名な詩人であった父親・艾青(アイ・チン)は右派であると批判され、一家で中国北西部の新疆ウイグル自治区へ送られることとなりました。さらに1966年に始まった文化大革命(〜1976年)の影響も受けて迫害され、厳しい生活を余儀なくされました。反共産主義者のレッテルを貼られたアイ・ウェイウェイのお父さんの蔵書はことごとく焼かれました。強制労働を強いられたお父さんは栄養不足で右目を失明したそうです。アイ・ウェイウェイは文化革命後、中国の大学に入りその後アーティストとして活動。ニューヨークに移住し90年代に中国に戻りますが、自身も表現の自由を阻まれ、幾度も中国当局から圧力を受けています。

この作品に関しては文化財破壊であるという非難もあったそうです。アーティスト本人もみだりに文化的なものを破壊するのは良くないとコメントしつつ、けれどもアーティストの表現として行ったと語っています(なおこの壺はご本人が所有していたものです)。自身が肌で感じてきた中国社会のありようと対峙しつ続けるアイ・ウェイウェイ。容易には言い表せない独特の重みをその作品は帯びています。

イー・イラン

イー・イラン Courtesy: Silverlens Galleries, Manila/New York 展示風景:「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」森美術館(東京)2023年 撮影:古川裕也 画像提供:森美術館

イー・イランはマレーシア、ボルネオ島北部サバ州の州都コタキナバル生まれの作家です。この作品では「Tikar(ティカール)」というマレーシアの織物を、地域の織工の女性たちの手を借りながらつくっています。

織物を使ったイー・イランの作品は、島民にとっての大切な文化的伝統に光をあてつつ、同時にこの国における統治の歴史にも思いをはせるものです。マレーシアは16世紀にポルトガルに占領され、17世紀にはオランダの植民地となり、19世紀にはイギリス占領下に置かれました。1942〜1945年の3年間、太平洋戦争の折には日本が占領国でした。その後再びイギリスの植民地になり、ようやく独立国家としてマレーシアが誕生したのは1963年のこと。実に450年以上も他国の支配下にありました。

絵柄として描かれている「テーブル」はマレーシアにおいて植民地化以前は文化のなかになかったものであり、西洋文化を思わせると同時に、立場の格差も連想させます。かたや床に敷いたマットの上に等しく座ることを前提とした文化は、平等性をそのメッセージとして持っています。

ヴァンディー・ラッタナ

ヴァンディー・ラッタナ 「爆弾の池」シリーズ 2009年 所蔵:森美術館(東京) 展示風景:「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」森美術館(東京)2023年 撮影:古川裕也 画像提供:森美術館  

ヴァンディー・ラッタナは1980年カンボジア首都プノンペンで生まれた作家です。どれも池の写真ですが、番組でもお伝えした通り、爆弾が落ちてクレーター状になったところに水が溜まってできた池です。爆弾が落とされたのはベトナム戦争のとき。ベトナム戦争を通じて米軍が落とした爆弾の総量はおよそ780万トンとも言われ、第二次世界大戦の際に米軍が投下した爆弾より数倍多い数字です。

爆弾はベトナムだけでなく、南ベトナム解放民族戦線の移動ルートがラオスやカンボジアにあったことなどから、これらの国にもたくさん落とされ、多くの人が犠牲となりました。また落とされた爆弾の中には不発弾となって残ったものも少なくありません。ベトナム戦争は“ヘリコプターの戦争”とも言われていましたが、投下された爆弾や枯葉剤で多くの尊い命が奪われました。いわばこれらは戦争遺跡ですが、長い時間の経過とともに自然の緑が傷を癒やすかのようにその周りを覆っています。ベトナム戦争が集結したのは1975年ですが、その後に生まれたヴァンディー・ラッタナが関心を持ってこのテーマを取り上げていることが興味深くもあります。

展覧会情報

◎展覧会「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」は9/24まで、森美術館(東京・港区)で開催中です。