ウクライナへの思い イリヤ&エミリア・カバコフからのメッセージ

NHK
2022年4月17日 午前9:00 公開

4/17 「美は語る 激動のウクライナ」放送詳細はこちら

日曜美術館HPでは放送内容に関連した情報を定期的にお届けしています。こちらは4/17放送「美は語る 激動のウクライナ」に合わせたコラムです。番組の最後で旧ソ連(現ウクライナ)出身のアーティストユニット、イリヤ&エミリア・カバコフからのメッセージをお届けしましたが、紹介しきれなかった部分を加えて公式サイトで掲載します。
(収録は4月7日に行われ、高齢で体調のすぐれないイリヤさんはお休みで、エミリアさんがインタビューに応じてくれました)

Photo:Roman Mensing

イリヤ&エミリア・カバコフ プロフィール
イリヤは1933年生まれ。エミリアは1945年生まれ。共に旧ソ連(現ウクライナ)ドニプロの出身。1988年ごろから共同で制作を行う。1992年、アメリカに移住。1993年ヴェネチア・ビエンナーレ ロシア館代表。日本での主な個展に「シャルル・ローゼンタールの人生と創造」(水戸芸術館、1999)「イリヤ&エミリア・カバコフ展 私たちの場所はどこ?」(2004年、森美術館)他。2008年、高松宮殿下記念世界文化賞受賞。「越後妻有 大地の芸術祭」に第1回から参加、複数の作品が恒久設置されている。

――現在のウクライナ情勢に対して、あなたやあなたの夫(イリヤ)が感じていることを教えてもらえますか?

人は、生まれる国や時代を選べません。イリヤは戦時中に生まれました。戦争の記憶、避難した記憶があるので、戦争を死ぬほど恐れています。私は戦後生まれです。戦争は知りません。でも私にとって(戦争は)この世で最も恐ろしいものです。いつも「何も起こりませんように、戦争がありませんように」と神様に祈っています。戦争の影響は私たちだけでなく、次世代にも及ぶからです。世代や社会にわたって、子や孫まで、惨劇の影響が及ぶのです。

エミリア・カバコフさんにオンラインで話を聞いた

――ウクライナの芸術家たちをサポートする活動をしているとお聞きしました。

ウクライナから避難する家族を何組か支援して、そのうちの一組の母子は息子さんが音楽家です。その母子はいまベルリン近郊にいます。どういうところに住んでいると思います?少年と母親はウクライナ人ではなくかつてソ連から移住したロシア人の家庭に身を寄せています。ウクライナ人ではなくロシア人の家族が彼らに食べ物を与え、決して広くはないアパートの一室を提供してくれています。国籍など関係ありません。宗教も関係ありません。ウクライナ人でもロシア人でも関係ありません。

――あなた方が行っているアートプロジェクト「手をたずさえる船」について伺いたいのですが。

これは子どもたちを対象に活動しているものです。子どもたちこそ未来です。教養を身につけ、きちんとコミュニケーションでき、文化を尊重し、他者も尊重できる子たちにして、未来に送り出していくこと。これが、未来をより良いものに変えるひとつの方法です。

「手をたずさえる船」スイス・ツークでの展示 2016年 Photo:Daniel Hegglin

肌の色や生まれた国、生まれた時代、文化の違い、宗教の違いにかかわらず、ともに未来を作るのだと教えています。人類の未来はあなたたちの行動にかかっているのだと。先ほども申し上げた通り、人はどこで生まれるか選ぶことは出来ません。どこで死ぬか、いつ死ぬかも選べません。でもどう生きるか、この人生でどう振る舞うかは選ぶことが出来ます。

――昨年、新潟・越後妻有に設置した屋外彫刻「手をたずさえる塔」は、ウクライナに作る計画もあったと聞きました。

ええ、ウクライナに作られる予定でした。でも実現しませんでした。そして越後妻有で実現しました。当初の計画は、人々が朝目覚めて塔に点灯される色を見たら、今日は世界のどこでも戦争もなく悪いことが起きていないから今日は良い日だと感じられ、他方、暗い色であれば今日は何かが起きていることがわかるというものでした。

越後妻有 大地の芸術祭で発表された「手をたずさえる塔」Photo:Nakamura Osamu

作り始めたときはコロナ禍でした。多くの人が苦しみ、引き離されていました。なので、人々の気持ちに合わせて塔の色を変えることにしました。ただ、人々が越後妻有の塔を見るときにパンデミックも終わりに近づいていると感じられる日も遠くないと思っていました。ところが何が起きたでしょう?ようやくコロナで死に至ることが遠ざかり始めたと感じ、また旅行に行ける、文化行事も開催できるようになる、家族や友人が世界中で集えるようになる、自由が得られる、そういう希望が感じられるようになった瞬間にプーチンが戦争を始めたのです。

すべてが好転して、越後妻有の塔に人々が接したときにいつでも明るい色を見られるようになればと思っています。

注※「手をたずさえる塔」は2021年6月から着工が開始され、12月に完成。冬期は積雪のため公開休止期間もあるが、4/29から始まる大地の芸術祭に合わせて公開予定。

――現在のような困難な時でも、アートには果たせる役割があると思いますか?

もちろんそう思います。文化には、これまでも、現在も、これからも、いつだって役割があります。文化に献身的な人、教養があり、教育を受け、人生においてより大切なものを愛するような人は、絶対に戦争などしません。必ず対話します。音楽や詩や文学や踊りに携わる文化人、ミュージシャンやアーティストなどは芸術を通して対話します。言語すら必要としない。その役割はとても重要なものです。

展示情報

◎本文中に登場した「手をたずさえる塔」は今年4/29から11/13まで新潟で開催される「越後妻有 大地の芸術祭2022」で公開されます。またその塔の中には、「手をたずさえる船」の模型作品や版画も展示されます。その他にも大地の芸術祭会場内にイリヤ&エミリア・カバコフ夫妻の作品が恒久設置されています。詳しくは芸術祭の公式サイトをご確認ください。