沖縄の芸能

NHK
2022年2月18日 午後6:11 公開

目に鮮やかな「紅型(びんかた)」、豊かに響く「三線(さんしん)」の音色。
沖縄はかつて「琉球王国」として450年もの間、東アジアの中でも有数の交易国家として栄えていました。
その琉球王国は、交流のあった中国や日本、東南アジアなどから様々な文化を取り入れ、独自の芸能を花咲かせてきました。

中でも、宮廷を中心に発展してきた「古典舞踊」、「組踊(くみおどり)」などや、市井の人々の間で親しまれてきた「エイサー」や「雑踊(ぞうおどり)」などは、現在でも「歌と踊りの島・沖縄」を象徴する芸能となっています。

古典舞踊

三線、箏、笛、太鼓、胡弓で演奏される琉球古典音楽にのせて踊られる琉球舞踊。
なかでも古典舞踊は抑制された優雅な動きで表現するのが特徴です。
当時の琉球王国では、国王の代替わりの際は、その任命のために中国から「冊封使(さっぽうし)」という使者がやってきていました。その歓待の席で上演されたのが「古典舞踊」です。

ひとくちに古典舞踊と言っても、それぞれ役柄や表現技法がことなる4つのジャンルに分かれています。
子孫繁栄や長寿を願う「老人踊(ろうじんおどり)」、恋や愛を主題に女性の心を描く「女踊(おんなおどり)」、元服前の少年たちが華麗な踊りを披露する「若衆踊(わかしゅおどり)」、空手の型などを取り入れた、力強い「二才踊(にーせーおどり)」があります。

「コネリ」と呼ばれる柔らかな手振りや視線での表現に特徴があり、沖縄らしい鮮やかな紅型の衣装も注目ポイントです。

「諸屯(しゅどぅん)」 宮城能鳳  2017年NHK古典芸能鑑賞会 女踊の中でも最高峰とされる作品。視線の動きだけで切なさを表現する「三角目付(さんかくみぃじぃち)」など、極限までそぎ落とされた動きで女性の情念を描いています。

組踊(くみおどり)

沖縄の古語で語られるセリフ「唱え(となえ)」と、歌と三線、箏、笛、胡弓、太鼓からなる「音楽」、古典舞踊をベースとした「踊り」からなる歌舞劇です。
古典舞踊とおなじく、宮廷を中心に発展してきた組踊。時に「沖縄版オペラ」ともいわれます。

18世紀初め頃、冊封使などの歓待を行う「踊奉行(おどりぶぎょう)」を務めていた玉城朝薫(たまぐすく・ちょうくん)という人物が始めました。
  琉球王国は17世紀以降、中国だけでなく、薩摩藩の支配も受けていました。
朝薫は江戸や薩摩藩にも度々おもむいており、能や歌舞伎などの先行作品も、時に取り入れながら、沖縄の歴史や伝説を題材に「組踊」を作り上げたのです。
「組踊」は、1719年に初演されて以来、300年以上にわたり、歌い継がれ、踊り継がれてきた沖縄の伝統芸能です。その中でも朝薫の作った「朝薫五番」と呼ばれる5つの作品「二童敵討(にどうてきうち)」、「執心鐘入(しゅうしんかねいり)」、「銘苅子(めかるし)」、「孝行の巻(こうこうのまき)」、「女物狂(おんなものぐるい)」は、現在でも人気の演目となっています。  

俳句や和歌などでは、7音・5音が基本ですが、沖縄の琉歌(りゅうか)では8音・6音が基本。
組踊でも、セリフが8音・6音で構成されることが多く、思わず口ずさみたくなる独特のリズムがとても心地よいです。

「執心鐘入(しゅうしんかねいり)」 「朝薫五番」の一つで1719年に初演されました。首里へ奉公に向かう美少年・中城若松(なかぐすく・わかまつ)は、旅の途中、若松に恋をした宿の女性に迫られます。若松が応えられないと去ってしまったため、女性は鬼となって追いかけていく…というもの。能「道成寺」の影響が見られる作品です。

雑踊(ぞうおどり)

明治4年(1871年)の廃藩置県により、琉球王国は日本政府により解体され、宮廷芸能を担っていた人々が庶民の中にくだって踊りを披露するようになりました。

一般の人々も琉球舞踊を楽しめるようになる中で、庶民の暮らしぶりをモチーフにして、軽快なリズムに乗った陽気な踊りが生まれ、「雑踊」へと発展しました。

沖縄県外の人たちにとっては、この「雑踊」やお盆の時期の民族舞踊「エイサー」がザ・沖縄の踊りというイメージに近いかもしれませんね。

雑踊メドレー「加那よー天川」「鳩間節」 子の会 2018年にっぽんの芸能