ことしデビュー35周年を迎えた、2人組ロックバンド「B’z」。ほぼすべての曲の作詞を手がけているのが、ボーカルの稲葉浩志さんです。これまで生み出した曲は、ソロなどもあわせると500曲近く。
CDは8000万枚以上を売り上げてきました。
「そして輝くウルトラソウル」
「色褪せた(あせた)いつかのメリークリスマス」
独創的で、人の心を捉える歌詞は、どのように生み出されてきたのか、稲葉さんが信じる「言葉のチカラ」とは。独占インタビューで迫ります。
【“日常の一場面が思い浮かぶように” 作詞で意識すること】
―稲葉さんはこれまでに500曲近くを作詞されてきました。作詞をするにあたって一番大切にしていることは何ですか?
稲葉さん)
正直、本当にこう言ったら変なんですけど、作詞することが得意ではなくて…。ただ、歌詞というものは曲ありきのものなので、いかにメロディーにのった時に、人に伝わるかがいつもテーマかなと思います。だから、言葉だけで納得するものができても、いざスタジオに入って歌った時に、逆に伝わりにくいとか、響きがいま一つということもあったりするので、そういう意味でただ単に言葉を書くのとちょっと違います。歌って人に聞いてもらっているところを想像しながら書いていることが多いですかね。
―歌っているときもですか?
稲葉さん)
歌っている時は、正直届いてほしいという気持ちもありますけれど、「無」というか音楽の中にどっぷり浸かってしまっているので…。曲によって多少の違いはあるんですけど、体の内側から発しているというか、そういうところはあります。大前提として、歌詞が聞き取れるように歌いたいとはずっと思っているんですけど、激しい曲とか、スピードの速い曲、コンサートでボンボン爆発する演出の曲で、そこまで言葉を届けるというふうにならないことも多いです。静かな曲だとか、歌詞が気分とか気持ちの共有だったりすると、届けたいって気持ちになっているんだろうと思います。
―いざステージに立って歌うとなったら違うということですね。
稲葉さん)
僕の場合はそういうふうになってしまいます。
―稲葉さんの歌詞は、“普通っぽさ”があると私は感じたんですが、一般の人に届けるにあたって、それは意識されていますか?
稲葉さん)
正解があるかどうか分からないですけれど、何かしら聞いている方の生活の中の一場面が思い浮かぶことがあったり、「あの時の自分の感情がそのまま歌われている」とか、そんなふうに一箇所でも感じてもらえるといいなというのが、僕の気持ちです。
―歌詞を作る時、街に出て公園のベンチに座るわけでもないですよね…?
稲葉さん)
座らないこともないですよ(笑)。曲が先にある場合は、その曲を聞きながら。あとは、常に何かしら思いついたことを書いていたりはするので、「こんな曲をやる」っていう段階になった時に、その中から「これは合いそうだな」というものを選んで、その曲のために整理整頓していくことが多いです。
―街に出て情報収集というか、作品のための収集みたいなことをしているということですか?
稲葉さん)
思いついたりとか、見た場面が印象に残っていたりすると結構メモしたり。普通の「通り」でやっています。
―甲州街道とかですか!?
稲葉さん)
そういうことですね(笑)。こっちから、すごく能動的に調べるようにという感じじゃなくて、歩いたりしている時に、飛び込んできたりとか、印象的だなと感じた場面が多いかな。
―ご自身で見たものを大切にされているんですね。
稲葉さん)
そうじゃないと書けないのかもしれないです。
―言い換えるとリアルを追求しているということですか?
稲葉さん)
かっこよく言うと、そうなんですけど、そのスタイルじゃないと自分は書きにくいというふうになってしまいました。
―作詞を35年間続けられたのは、ご自身でなぜだと思いますか?
稲葉さん)
振り返ると、続いているのは「歌詞を書いて歌う」ということぐらいかなと。作品を作って、完成させて、お客さんの前で歌い、そのリアクションをもらう。それでまたインスピレーションが湧くという繰り返しです。だから、聞いてくれる人ありきだと思うんです。
―ただの繰り返しにならないために工夫していることはありますか?
稲葉さん)
飽きるということはないかもしれないですけど、疲れはしますよね。新しいものを作っていく中で、自分の思い通りにできないものも当然あります。ツアーをやると、単純にフィジカルは疲れていったりもします。僕の場合、喉を使わなきゃいけないので、その好調・不調が精神状態に関わってきたりもします。そういう意味でのアップダウンが多少あるんですけれども、やっぱりライブをやれば、満足感というか次につながるエネルギーをもらえます。やめないで続けていると、想像もしないようなことが起きてくるんですよ。それまで出会えなかったような人に会えたりとか。ニュース番組に出たりとかですね。結構色々あるなというのが実感で、やっているとまだまだ面白いことあるなと思っています。
【コロナ禍を歌ったSLEEPLESS】
―35年間で、社会のうねりや動きがあったと思うんですけど、それを意識して歌詞を作ることはありますか?
稲葉さん)
報道が大好きというレベルじゃなくても、日常生活の中に見えてきたり、聞こえてきたり、影響が出てくるようなニュースに関しては詞にも影響してきます。結局、同じ社会の中で生活しているので、その中で詞を書くとしたら、周りにある題材からピックアップするものは当然ニュースに流れていることと同じです。そういう意味では影響も多々あります。
―最近リリースした曲でそういうものはありますか?
稲葉さん)
新型コロナです。外に出られない状況とか、そういう時間が長かったじゃないですか。それは僕に限らず皆さんそうだったと思います。そういう状況でレコーディングをやっていたので、閉塞感もありました。今までなかった意識の違いが問題になったりとか、人と人が遠ざかったりするのがとてももどかしかったです。今までそんなのなかったのにという…。二次的な影響もどんどん出ていることが、もどかしいなと思いながらやっていたのは覚えています。
―去年リリースされた「SLEEPLESS」という曲はまさにコロナ禍が描かれていますね。
稲葉さん)
コロナウイルスがはやると、えたいが知れないので、やっぱり恐怖が先行して。とにかくそこから逃げるみたいな、我先に逃げるみたいな心理でした。当然僕も含めそうだったんですけども、そうした時に、どこかしら他人のことはそっちのけみたいになっていくと思うんです。
街の灯り(あかり)は消され
人々は戸惑い彷徨う(さまよう)
そもそも悪いのは誰?
探したって見つからん
「SLEEPLESS」(2022年)より
稲葉さん)
誰かが感染したら、その人との距離ができたりとか。そこで、いろんな人の意見の食い違いとか意識の違いで、仲良かったのに少し疎遠になったりとか。あとは、会えないっていうことだけで、疎遠になったりとか。「もしかしたら試されているのかな」という感じもしました。どれだけ絆が強いのか、信頼関係だとか。「こんな問題、コロナウイルスがはやらなければ起こらなかったのに」とは思っていました。
―その時期を言葉として残しておきたかったんですか。
稲葉さん)
シンプルに歌いたかったです。
―純粋に自分の気持ちや思いを伝えたいんですね。
稲葉さん)
そうです。その時にあった出来事による、人と人とのつながりに起きたこととか、生まれた感情とかっていうことを多分歌詞にしたいんだと思います。マニアックなことを書きたいとは思っていなくて、コロナウイルスの場合だと、本当にあれは書かないではいられないというか、それを聞きたくないという人も当然いるわけですが、衝動が勝ったというか。
【“命の重さ”を問いかける「あの命この命」】
―他に社会情勢に影響を受けた歌詞はありますか?
稲葉さん)
ソロだと「あの命この命」という曲があります。他にもいっぱいそういう曲がありますね。例えば、震災では家族を亡くされた方もいっぱいいらっしゃるじゃないですか。亡くなった方の写真だけが残っていたりとか、それに対する人の思いとか、そういうものもいっぱいニュースで届いてきました。ニュースが人に届いて、感じ方は人それぞれだと思いますけど、自分はこうだああだっていうふうに思ったりするのがすごく大事だと思います。
一歩踏み出すたびに 重いリュックが揺れ
その底にあの人の 手紙と写真
最前線(げんば)でためらうことは 許されず
こっちの愛のために あっちの愛を消す
あの命この命 どちらがどれだけ重いんでしょう
愛しい(いとしい)ものを初めて知った せめてあのぬくもりよ永遠に
「あの命この命」(2004年)より
―リリースは2004年なので、時期的にはイラク戦争の影響もあるのでしょうか。
稲葉さん)
戦争が起こった時に限らず、ニュースで「手術で誰かの命が救われた」とか、命に対してとても大切に扱う場面と、大ざっぱにというか、ぞんざいな扱われ方をする場面が日々交錯したり飛びかっていて、「これは何なんだろうか」というところから始まったんです。「爆弾が落ちて何百人なくなりました」みたいな話と、一人が助かりましたという話の“モノサシ”の違いというか。ニュースで毎日のように伝わってくるなかで、自分の疑問から始まりました。
―去年2月にはウクライナ侵攻が始まったという出来事もありました。
稲葉さん)
そうですね。正直言ってしまうと、自分が一番根本の問題を解決する力はないと思っています。ただ、「これってまずいよね」という当たり前のことを歌によって、人と共有できればと。ウクライナに限らず、イラクのときもそうですし、ニュースの中で例えば軍の人やその家族のストーリーもいっぱいあるし、そういう話がいっぱい出てくるじゃないですか。そういうものに非常に心動かされることはあって、それが歌詞に影響したりします。そういう状況を皆さんも知っていて、僕も知っている。その時代に一緒に生活していて「どうなんですかね?」という。それで戦争が止まると思わないけど、疑問を共有するというか、事実確認というか。
―「あの命この命」の歌詞を拝見した時に、直球で描かれているところが珍しいと感じました。
稲葉さん)
あまりああいうものを書いていなかったんですけど、ギターだけの簡単な曲で。昔は、反戦歌とかがはやった時代、フォークソングが歌われた時代もありましたけど、そういうスタイルを当時は意識してたんだと思います。
【“限られた言葉しか使っていない” 無限の言葉に向き合う】
―歌詞を多くの人に知って聞いてもらいたい。一方で、ヒットさせることだけが目的ではない。そのバランスを稲葉さんどう考えていますか?
稲葉さん)
プロとしてやる以上、ヒットさせたいと思います。ただ、どうやったらヒットするか分かっているわけじゃないんです。言葉ってほぼ無限にあるような状態じゃないですか、知らない言葉も含めて。それを考えると、歌詞に使える言葉は数え切れないぐらい無茶苦茶あるんです。一生かかっても使いきれないぐらい。なのに、歌詞にするときに結構限られたエリアの中の言葉しか使っていないと自分で思っています。なぜそうなるのかと、たまに考えるんですけど、それは何か自分の成功体験、例えばヒットした曲の歌詞の流れだったり、サビに来る言葉の雰囲気とかインパクト、そういうものが勝手に刷り込まれていて、作る時にそっちの方向に無意識に行ってるんだろうなと思っています。そこを意識して外すということも、もちろんできるし、外したからってそれがヒットしないとは限らない。「もっと色々できるのに」といつも思っています。
―それはいいことなんですか?悪いことなんですか?
稲葉さん)
課題のひとつです。
―日々ニュースを見たり、新聞や雑誌を読まれたりする中で、語彙を増やすということも?
稲葉さん)
本を読んでいても、新聞を読んでいても、いくらでも知らない言葉が出てきて、使いたいなと思うこともあります。ただ、無理して使っても説得力がないので、その中でメロディーに乗った時に使えそうなものは使う、という感じでずっとやっています。
―知らない言葉はあまり歌詞には使わないということですか?
稲葉さん)
全く知らない言葉は…。ただ、あまりにもインパクトがあって使いたいなと思ったら、なんとかなる場合はやるのかな…。分からないです。ただ、たいして知らない言葉を「知っていますよ」というふうに歌うのが嫌というか。どこかの時点で、納得できれば使うと思います。
―難しいですね。かっこよく言葉を紡ぎ出したいけれども、伝わらなかったら意味がないという。
稲葉さん)
歌にして届ける以上は、伝わらないとつらいです。
【作詞家・稲葉浩志さんが考える“言葉のチカラ”とは】
―ずっと言葉に向き合ってきた稲葉さんが考える言葉の面白さはどんなところですか?
稲葉さん)
例えば、「頑張れ」という言葉がうるさいなと思う人と、「言ってくれてありがとう」と思う人もいます。逆に「頑張らなくてもいいよ」という言葉を言ったとして、安心したり、少し気が楽になる人もいるし、「そんなこと言わないでほしい」という人もいます。一つの言葉でも、どういう場面でその人に届くかによって伝わり方が全然違うじゃないですか。それが面白いところで、シンプルな言葉でも、何十通りにも解釈される。届いた先を想像しながらやっていくのが、すごく楽しいと思うし、面白いと思います。それで人の生活に影響を及ぼすことができるのは、言葉の本当の力を感じる時です。
―「もし誤解されたら…」といった怖さのようなものはありますか?
稲葉さん)
誤解される可能性は常にあると思うし、単純に好き嫌いもあります。ただ、今は怖さというよりも逆に面白いなと思っています。極端に言うと、誤解されることも面白いというか。そこからまた生まれてくるものもあるし。「あ、そうなんだ」「なるほどね」と、新しい可能性が生まれる時もあると思うんですね。自分の歌詞が影響して、誰かが何かとんでもないことをしたということになれば、問題だと思うんですけど、言葉を聞いた人が誤解したりとか、いろいろな解釈をするのは逆に言葉の可能性でもあると思っています。だからこそ、頑張って使いこなして伝えようとすることが大事かなと思います。
―かなり気をつかいますね…。
稲葉さん)
気をつかい続けていくと、だんだん言葉の範囲が狭まっていくので、ジレンマもありますけどね。
―今後の稲葉さんの楽しみを教えてください。
稲葉さん)
なるべく自分でルールを決めないようにするというか、オープンにして、いろいろなものを受け入れていきたいなと思っています。歌っている人は喉・体が楽器なので、そういう意味ではある程度、制限時間もあるので、できる間にアイディアとか人との出会いから生まれてくるものを遠慮せずに受け入れたり、飛び込んでいきたいなと強く思っています。ここ数年のほうが、自分の中では力を抜いているというのは変ですけど、いろいろな方面に間口を広げるというか。それが自分の歌にも返ってくるし、すごく面白いですね。
―改めて、作詞家・稲葉浩志さんが信じる“言葉のチカラ”を教えてください。
稲葉さん)
生きるための道具じゃないですかね。すごい可能性があるものなので、使われ方の振れ幅ってすごいじゃないですか。例えば、社会情勢が不安定な時に誰かが演説する言葉は、いい意味でも悪い意味でもすごい。人を変えていく可能性があるものだから。でも、そんなものがみんなの周りに同じように散らばってるわけです。だから、うまくいろいろな言葉を拾い上げて、自分で感じたりとか、人に投げかけたりとか…。みんなが、本当に考えて使えば、ものすごい可能性があると思います。