青井実キャスターが見たアメリカ中間選挙 争点の「インフレ」を実感

NHK
2022年11月4日 午後2:46 公開

アメリカの今後を大きく左右する中間選挙を前に、青井実キャスターが、4つの州と首都ワシントンで現地取材しました。各地で実感したのは、対策をめぐって争点となっている「インフレ」。人々の生活やアメリカ社会そのものに大きな影響を与えている現場を直接見てきました。

各地で感じた物価高

「アメリカは物価が高い」。世界でも有数の生活費の高さで知られるニューヨークに到着した。一体、どれほどのものなのか、取材を開始した。まず空港で見つけたのは、荷物を運ぶカート。日本では無料だが、ここでの利用料は「6ドル」、およそ900円。数年前に来たときよりも値上がりしていて驚いた。車や電車に乗るまでだけに使うにはもったいないと思い、自分の荷物を引きずるように運んだ。そのカートの値段が張られたシールをよく見ると、何枚も上に張り替えられていた。値段は確実に上がっているんだと着いて早々実感した。

続いて訪ねたのは、ニューヨークのマンハッタンにあるスーパーだ。卵は12個入りで5ドル69セント(約800円)。食用油は9ドル99セント(約1500円)そして、生活必需品のトイレットペーパーは4ロールで6ドル99セント(約1000円)。予想以上に高い値段だった。そして、ニューヨーカーたちの食の台所である朝食スタンドにも物価高の影響が押し寄せていた。

店主

「ベーグルやサンドイッチなど2021年に一度25セント値上げをした。何とか値上げをせずに頑張っていたけれど、今まさに値段の張替えのシールを取り寄せている。これからベーグルやサンドイッチを50セントづつ値上げするんだ」

また車社会のアメリカで、市民が注目しているのが、ガソリン価格。6月にはレギュラーガソリンの全米平均の小売価格が1年前より60%上昇して過去最高値をつけた。最近はやや落ち着いているものの、10月、バイデン大統領は価格を抑えるため、12月に石油備蓄の放出を行うことを明らかにしている。こうした中、少しでも安くガソリンを入れようと、わざわざ郊外のスタンドまで出向くことが日常になっている人もいると聞いた。

アメリカの9月の消費者物価指数は前年の同じ月と比べて8点2%上昇していて、記録的な水準のインフレが続いている。共和党は、「インフレはバイデン政権の失策」と繰り返し批判。一方、バイデン大統領は、8月に「インフレ抑制法」を成立させ、エネルギー価格の引き下げや、国民の医療費の負担軽減につながると訴えている。

物価高が人手不足を引き起こす悪循環に

物価高の影響でアメリカではさらに深刻な事態が起きていた。インフレに労働者の賃上げが追いつかず、各地で人手不足に陥っているのだ。今、アメリカ全体でおよそ415万人もの離職した人が、労働市場に戻ってこないことが問題になっている。人手不足で営業時間を短縮せざるを得ない店もあり、私自身、飲食店で「ウェイターが不足していて対応できない」と、入店を断られることもあった。

ノースカロライナ州を訪ねると、地元の中学校では校舎を2023年の春までに完成させる予定だが、2か月遅れているという。また、高速道路の拡張工事も半年以上、遅れていた。このように、資材や燃料費の高騰に人手不足が重なり、公共工事が遅れたり、ストップしたりする状況が懸念されていると言う。必要な人材を確保できないため、入札自体を行わないというケースも全米で頻発していて、建設の業界団体の分析官は危機感を募らせている。

アメリカ建設業界団体 分析官 ケン・シモンソン氏

「21年間この仕事に関わってきた中で、これほどの人手不足は初めて。8月は、44万2000件の求人に対して、約半分しか補充することができず、工事に深刻な遅れが出ている。飲料水、港、高速道路、インフラ網全体の改善が遅れれば、この国は社会的な公衆衛生と生産性の両面で遅れをとることになる」

物価高と人手不足の悪循環。その仕組みをまとめると次のようになる。この悪循環から抜け出せるのか。政治が問われている。

①物価高で生活が厳しくなると、より高い賃金を求めて離職する人が増える

②さまざまな業界で「人手不足」に

③企業は人材をつなぎとめようと「賃上げ」

④賃上げ分は価格に転嫁されさらなる「物価高」を引き起こす

賃金以外に価値観の変化も影響か

なぜ労働者が職場に戻ってこないのか。賃金以外にも仕事への価値観が変わったことをあげる人にも出会った。ノースカロライナ州の郊外に住むクレッグ・スティーブンさん。妻と2人の子どもと暮らしている。30年近くニューヨークで会計士として働いてきたが、4か月前に退職した。会計士の時は月の半分は家を空けるような働き方をしており、仕事一筋だったというスティーブンさん。新型コロナの感染拡大時に在宅勤務をしていたとき、家族と過ごす時間が増え、人生で何が大切なのか深く考えるようになったと言う。そして、ライフクオリティを上げるために、ニューヨークを離れる決断をした。

スティーブンさんは、移住してきてから不動産関連で起業したものの、世帯収入はかつての10分の1になり、物価高の影響も受けて生活は楽ではない。それでも家族との時間には代えられないと言う。

「大きな収入を得ることが、今の自分にとって重要なことではないことに気づきました。もっと有意義なことは、子どもたちに目を向け、彼らと一緒に過ごすことなのです」

自分のペースで働きたい、自分のやりたい仕事をしたいという、ワークライフバランスへの意識の変化もまた、物価高や人手不足のアメリカ社会を見る上で重要な要素になっていた。

中間選挙 経済の影響に注目

各地を取材して、急激な物価高によって人々の暮らしへの負担は想像以上に大きく、影響は社会のあらゆる分野に広がっていると感じた。アメリカの景気は日本経済にも影響を及ぼしかねない。インフレが長引くアメリカでは それを抑え込むための大幅な利上げが続き、景気が後退することへの懸念も強まっている。有権者が景気の冷え込みを実感すれば投票行動にも影響する。それだけに中間選挙で有権者がどんな選択をするのか、目が離せない。                        

                      ニュースウオッチ9キャスター 青井実

                          放送日:2022年10月11日