荻上チキさんに聞いた~男女の“偏り”が生む「表現の不自由」とは?

NHK
2021年11月11日 午後3:05 公開

美術界におけるジェンダーギャップを浮き彫りにした「表現の現場調査団」による調査。美大生の7割以上が女性にも関わらず、評価する教員の8割が男性という“偏り”が判明しました。それが“自由”であるはずの表現の現場に何をもたらしているのでしょうか。

美術界におけるジェンダーギャップについて、芸術家たちとともに実態調査にも関わっている評論家の荻上チキさんにお話を聞きました。

美術館に収蔵されている作品の作者や大学教授に女性が少ない現状が調査で見えてきたことについて

「単に女性に才能がなかったからでは」という声も聞こえてきそうですが。

「たまたま勝ち抜いたアーティストが男性だからでしょう」、女性作家に対して「根性がなかったから」とかあるいは「才能がなかったから」ということはよく言われます。

しかし、評論の世界では過去にさかのぼって様々な作品を再発掘するということがあります。そうすると女性であれ障害のある作家であれ、様々な才能がそこに存在した、していたということに気づかされます。それは同時代の作家と比べても遜色がなく、様々な作品を発表して評価されてもおかしくないような人がそこにいたということになります。

なぜそうした作品が世の中に出にくいのでしょうか?

どこかのタイミングで世の中に出ることを妨げられていたのです。市場に出て行く入り口はフェアではない。私たちは結果だけを見て、競争の結果だろうというふうに思うかもしれませんが、その間にある様々なフィルターが目詰まりを起こしやすいような状況にある。特定の属性を持った人たちだけがそこでふるいにかけられている。私たちはもっと豊かな作品に出会う機会が奪われてしまっていたということなんだと思います。

今の女性アーティストがおかれた現状は?

身近なロールモデルがいない。大学で美術を学んでいる学生は女性が多いが、大学などの教育機関の教員、作品を発表しているアーティスト、賞の審査員に女性が少ないという状況では「自分は学校で学ぶことができるが、大きな展覧会で作品が飾られることはない」あるいは「審査員や教員として招かれることはないだろう」と、キャリアイメージが途中で消えてしまうことになります。そうするとやはり途中でその世界から退出することにつながると思います。

美術界で起こるセクハラなどのハラスメントについて

美術や表現の現場では、ハラスメントを経験した人が多いという調査結果もあります。 この現状をどうみていますか?

一般的な企業や社会で起きるハラスメントと同様に、表現の現場、あるいはアートの現場も、ハラスメントから自由な空間ではないということです。

ただ美術業界特有という点では、ハラスメントを受けたとしても声を上げたりそこから 逃げたりすることがより難しい。例えば一般企業に勤めていてハラスメントを受けた場合、声をあげて会社を変えるという以外に、その会社を辞めるという選択肢もあります。

ところが美術の世界は特定の業界や特定の分野に参加をするという意識があるんです。例えばこの大学の教授から嫌な目にあっても、その分野では人々がつながっていて、その教授がある賞の審査員だったり、個展の企画を行っていたり、雑誌で評論を書いてたりするわけです。そうするとそこを辞めるということは、業界から退出すると言うことになるのです。

つまりはクリエイターでなくなってしまうということに直結しやすくなってしまう。そうしたことがこの世界の様々なハラスメント対策を難しくしている1つの要因だといえます。

美術界特有のハラスメントはありますか?

指導時、あるいは指導を装った「レクチャリング・ハラスメント」と表現すべき実態が あります。指導を行う側と評価する側というのが一体であると、指導者に対して逆らうことができない。その指導者の言うことが仮に理不尽だったとしても、その問題点に気づきにくいというようなことがあります。

当然ながら女性だったとしてもハラスメント加害者になることがあります。しかしハラスメントを相互にチェックし合うという意味では、いろんな目線というのが入っているということが重要になると思います。その「レクチャリング・ハラスメント」が起きる現場では、男性指導者が圧倒的に多い。

また表現の世界での1つの特徴としては、評価軸というものがコミュニティーで共有されているわけではなく、自分が受けた指導が適切なのかどうかを判断する方法がない。自分の表現がダメだと言われたけれどもなぜダメなのかということを問い直すような尺度が少ないので、不透明な評価関係ということになりますね。

インタビューにこたえる荻上チキさん

偏るジェンダーバランスや多発するハラスメントの弊害について

美術界のこうした現状は、どういった弊害を生みますか?

当然、クリエイターたちのチャンスを潰されることがとても大きな問題です。あえて別の視点で説明するならば、市場にとっても損失であるということと、評判が下がり、評価経済に乗れないということがあると思います。

たくさんの表現があれば、その表現ごとに買い手が存在します。今までの作品にはぴんとこなかったけれども、この人の作品なら買う、この作品の作者だったら追いかけるという人が新たに参入してくれば、美術産業の中で定期的な客として付くでしょう。そうしたビジネスの機会というものを、最初の段階から芽を摘んでしまうということになってしまいます。

また「日本は男性の権力が強く、女性クリエイターたちが出てこない」といような評価がなされれば、そうした日本の作品をあえて買ったり応援しようという気分が下がってくるかもしれません。様々な損失をいろんな面で生む可能性があるという点からも様々な関係者が取り組まなければいけないテーマだと思います。

もし多様性が確保されなければ美術界はどうなってしまうのでしょうか?

たくさんの作品がこの世界に生まれることで、世界が豊かになり、この世界の姿を1つ描写することができるにようになる。作品が1つ生まれることで、この世界が拡張されていくと言えると思いますね。

「今すぐあなたの何かに役立ちます」ということであれば、衣食住やその他の製品などに置き換えることができるでしょう。しかし、その作品が存在する社会としない社会では大きな違いがあって、それは市場経済においても心理世界においても、両方において豊かさを確保する手段だということを言えると思いますね。

美術界に限らず、多様性がなくハラスメントも生まれる分野だと思われてしまえば、オーディエンスが離れていき、買い手もつかずどんどんどんどん衰退していくというようなことになっていくかと思います。

改善に向けて何ができるのか

多様な作品が生まれ、ハラスメントもない環境にしていくには?

どの職場でも言えることですけれども重要な概念としては公平感、公正感。つまり自分は対等に扱われていると信頼できることで、いろんな表現の価値や質を高めると言われています。「ジェンダーの偏りをなくそうということは、例えばハラスメントを減らすことや、女性に対する差別や就労環境を改善することなど、ターゲットを明確にした上で取り組んでいくことが大切です。

ただ数を揃えましたというだけではなく、その風土も変えましょうという問題設定が必要になります。そうしますと基本的には人数を対等にするだけではなく、対等にしながら様々な施策を打っていきましょうと、同時進行で行われていくはずなんです。

男女対等にしていくことと、働き方の改善やハラスメント対策など個別の対処を行うことをセットで進めていくことが有効だと考えられます。

※11月11日(木)のニュースウオッチ9で放送されました。