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作家・西加奈子さんから2022年の若者たちへ

NHK
2022年1月11日 午後0:00 公開

直木賞作家の西加奈子さん。2021年10月、「日本の若者の生きづらさ」をテーマにした長編小説「夜が明ける」を出版しました。本の表紙は歯を食いしばる若者の口元西さんが描いたものです。マスクの下を想像したときにこの表情しか思い浮かばなかったと言います。描かれているのは現代の若者を取り巻く「貧困」「虐待」、そして「過重労働」

小説に込めたのは「助けて」と声を上げてほしいという祈りだったと言います。現在、カナダで暮らしている西さんに和久田アナウンサーが聞きました。

1月11日(火)に放送されたインタビューの動画はこちらから。

◎西加奈子 1977年イラン・テヘラン生まれ エジプト・カイロ、大阪府和泉市育ち    2015年に「サラバ!」で直木賞を受賞

--小説を読ませていただいて西さんの問題意識、怒り、パワーのようなものを文章からひしひしと感じました。今回5年をかけて書かれた長編小説ということですが、いまどうしてこの物語を書かれたのでしょうか?

西さん:

いつからか日本で「自己責任」という言葉がよく聞かれるようになりました。自己責任という言葉が年々、年々鋭角を増して鋭利なものになって、「自己責任」という言葉が日本の「恥の文化」と結びついて、年々年々、人を苦しめているように感じて書いたという状況です。

自分が書いていいのかという葛藤

--作家として書かなければいけないという思いだったのでしょうか?

西さん:

この小説の主人公たちは貧困に苦しんでいたり、ブラックな労働環境に苦しんでいたりする。私はその当事者ではないので、自分が書いていいのかっていう葛藤はありました。一方で、彼らを苦しめる社会、世界のシステムを担っている加害者としての当事者でもあると気付きまして、ならば書かなければいけない。

もちろん自分にも刃を向けなければいけないですし、私から見ていまの日本はこう見えているという表明として書こうと思いました。

--西さんを執筆に突き動かした感情は、社会への怒りなのか、焦りなのか、違和感なのか?

西さん:

複雑ですね。とにかく、祈るような気持ちではありました。執筆中にコロナ禍になって、この物語の舞台は2016年で終了しますが、状況は正直2016年より悪くなっていますよね。日々苦しんでいる人が加速度的に増えている状況で、どうかひとりでも楽になってほしい、少しでも楽になってほしいっていう祈りの思いはありました。

ただ、いま政治はどこを向いているのかと考えたときに怒りはありました。特に政治を担っている方が「いや、あなたの苦しみは、本当に苦しんでいる人に比べたら、大したことない」という言葉のレトリックとして使われる「本当に」という言葉がすごく危険だと思っています。ただ現実、それがどんなグラデーションであれ、苦しんでいる人がいるのであれば、助けられるのが社会のはずですし、助けられるのが政治のはずだと思っています。

いま本当に苦しいのに、「あの人に比べたら私はましだ」、「感謝しなければいけない」などと周りが思わせる空気があると思うんです。「あなたは本当に苦しんでいない、あなたの貧困は本当の貧困じゃない、携帯電話を持っているじゃないか、お化粧しているじゃないか、あなたは貧困じゃない。貧困って人生を楽しんじゃいけない」と。人間性を剥奪されないと、貧困や苦しみとして認められないのはおかしいと思うんです。どんな人でも、いま自分が苦しいと思うのであれば、助けを求められて、その助けを誰かが受け止めて、手を差し伸べて受け止める社会でないとおかしいと私は思います。

苦しんでいる人がいれば助けろ

--物語を読んで強く印象に残るのが、主人公にかけられる「苦しかったら助けを求めろ」という言葉で、胸に刺さりました。この言葉にどういった思いが現れているのでしょうか?

西さん:

この小説で、一点反省するところがあれば、「苦しんでいる人がいれば助けろ」という言葉を書くべきやったと思うんです。「苦しかったら助けを求めろ」と。助けを求められない人が悪いみたいになっちゃうけど、本当はそうじゃない。言いたいことは、「あなたの苦しみを他者と比べる必要はない」ということなんです。あなたが苦しかったら、それはたったひとつの切実なあなたの苦しみなんだから、助けを求める権利があるということを言いたかった。

特に、男性は「弱音を吐いてはいけない」とか、「根性で乗り切れる」とか、「他者と比べてあの人は頑張れたのに、どうして自分は頑張れないんだ」とか、「おれは頑張ったんだから、おまえも頑張れ」とか、そういうことは一切捨ててほしいという思いが、あの言葉にありました。あなたの苦しみは、あなただけの苦しみなんだ。誰にもジャッジされることはない、声をあげる権利があるんだということを言いたかったです。

--今回小説を書くために取材を重ねる中で、そうした思いが強まったのでしょうか?

西さん:

取材をさせていただいて、奨学金で大学に行ってそれを全部返したという方ももちろんいらっしゃって、そういう方にお話を聞くと「自己責任だ」とおっしゃったんですね。それが私はすごくショックでした。「自分は頑張って返した、寝ずにアルバイトをして返したから、返せないのはおかしい」、つまり「自己責任」だと。でも彼らを責めることは全くできなくて、それを「そもそも奨学金返さなきゃいけないシステムがおかしい」とか、「学びたいものを学べないシステムがおかしい」とかを考えることが大切だと私は思うんですが、それを考えるにも心の余地が必要だと思うんです。

日本は個人の優しさ・力に任せすぎ

--カナダに移られてから日本社会の見え方は何か変わりましたか?

西さん:

私は日本が大好きで、カナダに来たからこそ日本のすばらしいところをたくさん見つけました。ただ、コロナの対応ひとつとっても、例えばカナダのトルドー首相は国民にコロナ対策を訴えかけるときに、お願いをするんです。でも、日本の政治を担っている方たちの言動を聞いている限り、もともと私たちの税金のはずなのに「給付金を与える」と。私は、国が国民を助けるのは当然やと思うんです。なので、なぜこんなに国民側が国にお願いする立場なんだろうというのはすごく違和感がありました。

--カナダと日本のマインドと違うのでしょうか?

西さん:

日本も個人レベルでは優しい方ばかりやと思うんです。誰かが困っていたら、みんなでファンドを立ち上げて援助したり、誰かが困っていたら個人が労働時間を延ばして助けたりしている。そんな優しいことはカナダにはあまりない。もちろん寄付をしたりしますけど、例えば仕事は仕事でちゃんと時間通りに帰るし、その前に国が何とかしようとするんですよね。だから、「自助・共助・公助」の順番が間違っていて、日本では個人の優しさとか、個人の力に任せすぎだと思います。

自分たちで何とか解決しちゃったりするわけですよね。それでまわる社会はやっぱりおかしいし、もちろん誰かの善意・優しさでまわる社会は一見美しいんですけど、そんな緊急事態に頼っていてはダメだと思うんです。助けた側の方たちもいずれつぶれてしまうし、優しさとか善意はもちろん美しいですけど、それで社会をまわそうとするのは、それで社会がまわった時に楽をするのは誰なんだろうって思います。

「他人事じゃない」が小さなに波紋に

--読者からも「他人事じゃない」といった感想が寄せられているということですが、いかがでしょうか?

西さん:

読者からのご感想はどんなご感想であれ、糧になるんですけど、私、むちゃくちゃ小説が大好きです。でも、この小説は1850円するんです。これを買える人いるかなと考え方が変わってきて、いま苦しい人、きょうの夜どう乗り越えたらいいんだろうと、精神的にも物理的にも考えている人がこれを読めるかなって、すごく考えるようになりました。ではどうするか。図書館に行くなどしていま読んでくださる人たちが「他人事じゃない」と思ってくださることが小さな波紋になるのではないかと願うしかないなって思います。

--世の中の人が「助ける側」と「助けられる側」に二分されているわけでは決してなくて、たまたまこの人もいま助けられる余地があるという意味ですか?

そうです。本当にそうです。すべてたまたまなんです。清廉潔白な美しい人間しか誰かに手を差し伸べていいわけではない、人を助ける余地があるなら人を助けるべきだし、それが偽善だってええやんって思うんです。本当に心から美しい天使みたいな人だけが世界を思って世界のことに胸を痛めていいわけでなくて、悪い瞬間もある。ある場面においてはくずでしかない人も世界を思って、胸を痛めていいはずです。

コロナのことは書けなかった

--物語が2016年で終わりますけど、ここで止めた理由は何でしょうか?

西さん:

2016年で止めようと思って止めた意識はないです。それは物語が要請した流れがあって。ただ、コロナのことは書けなかったんですよね。登場人物たちが2016年の時点で本当に闇の中にいる。これからもっと恐ろしい闇がくるということが示唆して終わるというのがこの物語の終わり方やったなと思います。

--2016年以降の日本社会の状況、若者がおかれた環境は西さんにはどう写っていますか?

西さん:

本当に過酷やと思います。私は「ロストジェネレーション」で、バブルの“のこりっペ”みたいなものをかろうじて感じられたくらい。それでも非正規雇用は増えて、40代も非正規雇用で、いまから就職しようとしてもできないという“捨てられたジェネレーション”でもあるんですけど、いまの若者は日本の景気のいいときを知らないですよね。そんな中で「自己責任」なんて乱暴な話やと思います。本当によく生きていてくださったというふうに思います。

ハッピーエンドでない初の小説

--小説のタイトルの「夜が明ける」にはどんな思いを込められたんですか?

西さん:

「ひとりでも苦しんでいる方の夜が明けますように」という祈りではあります。でも正直私は、本当に苦しんでいる当事者のところに行って「大丈夫、夜が明ける」とは言えないです。私は、いままであらゆる小説を書いてきて、ほぼハッピーエンドなんですね。でも今回、初めてハッピーエンドと言えない小説を書いたなぁと思います。安易にハッピーエンドにできなかったというのもあります。ひとりでも苦しい方を励ますようにという思いです。

--「夜が明ける」の装丁も西さんが描かれたんですよね。口元から首にかけての絵ですが、何を表現したものなのでしょうか?

西さん:

コロナ禍でみんながマスクをしていたので、みんなの口元を見たくて口元ばかりを描いていたんですね。その一環で、どうしても歯を食いしばっている絵しか思い浮かばなくて、もうそれは主人公の状況を絵で私なりに表現したかった。

苦しいときは助けを求めて

--これからを生きていく若者たちにメッセージをお願いできますか?

西さん:

ここまで本当によく頑張ってこられた。「これから楽しいよ」という社会を私たちが用意してあげられなかったのが本当に情けないですけど、これからもきっと「生きる」ではなく「生き延びる」という過酷な人生が続くと思うんです。ただ。この小説に書いたように、苦しいときは助けを求めてほしいですし、あなたの自由は、あなたの身体は、あなたの苦しみは、あなただけのものだっていうことを、とにかくお伝えしたい。社会に奪われてはいけないと思います。

※インタビューは2021年12月15日に行われ、読みやすくするために一部修正しています。