ウクライナに軍事侵攻したロシアに対して、欧米と日本は経済制裁で足並みをそろえています。制裁対象となっているのが「オリガルヒ」と呼ばれるロシアの超富裕層です。
国の内外に巨万の富を蓄え、プーチン政権を支えています。オリガルヒに対する制裁で果たして、プーチン大統領の侵略をとめることができるのでしょうか。
ソビエト時代からモスクワなどに駐在し、ロシア経済に詳しいロシア・ユーラシア政治経済ビジネス研究所の代表、隈部兼作さんにスタジオで田中正良キャスターが聞きました。
※文末に関連記事のリンクがあります。そちらも参考にしてください。
3月21日放送の動画はこちら。28日までご視聴いただけます。
👀ポイント
○英ロンドンは、ロシア語で都市を意味する“グラード”にかけて“ロンドングラード”と揶揄されるほどロシアマネーで潤った
○オリガルヒはウクライナ侵攻前に制裁を見越して、資金を移転済みで制裁効果は限定的
○“プーチン時代のオリガルヒ”は“エリツィン時代のオリガルヒ”と違う いまのオリガルヒにプーチンに立ち向かう力はない
○カギはオリガルヒの事業にどれだけ影響出るか、そして外交
【ロシアのGDP21%相当の巨額の資産】
プーチン大統領を取り巻く「オリガルヒ」の中にはサッカー・イングランドプレミアリーグ「チェルシー」のオーナーとなったアブラモビッチ氏もいます。アブラモビッチ氏はサッカーチームだけでなく、「スーパーヨット」と呼ばれる豪華な船も所有しています。
制度の抜け穴や時の政権とのつながりを利用して巨万の富を築いたとされるオリガルヒ。多くのオリガルヒがプーチン大統領に忠誠を誓いロシア経済の中枢を占めています。米経済誌「フォーブス」によりますと、2月23日時点で、ロシアは超富裕層が保有する資産のGDP=国内総生産に占める割合が21%に達するということです。
【プーチン大統領「口に入ったハエ」】
巨額の資産を持つオリガルヒを対象に、アメリカやEU=ヨーロッパ連合、日本などは制裁を行っていて、一部のオリガルヒの間から軍事侵攻に対して批判の声があがっています。
批判に対してプーチン大統領は今月16日、「国民は真の愛国者と人間のクズや裏切り者を口に入ったハエを吐き出すように区別できる」と述べました。
【“ロンドングラード”で激震】
オリガルヒが特に多くの富を蓄積してきた場所とされるのがイギリスの首都ロンドン。ロシア語で「都市」を意味する「グラード」をかけて「ロンドングラード」とも呼ばれています。今回の制裁強化で激震が走っています。
【アブラモビッチ氏の邸宅は140億円】
ロンドンはロシアの富裕層が多額の富を蓄積する街として知られ、国際NGOは2016年以降、ロンドンを中心にイギリス国内の不動産15億ポンド(約2300億円)分がプーチン政権との関係や不正行為が疑われるロシア人によって購入されたとする調査結果を2月に発表しました。
オリガルヒのひとり、アブラモビッチ氏の邸宅はロンドン中心部のケンジントン宮殿近くに位置し15ベッドルーム。9000万ポンド、日本円でおよそ140億円とも言われています。複数の邸宅のひとつだということです。
【デリパスカ氏の邸宅は抗議の人たちに占拠】
3月14日には、別のオリガルヒのデリパスカ氏が所有するとされる邸宅がオリガルヒに抗議する人たちに占拠されました。
【英ゴールデン・ビザでロシアマネー流入】
ロンドンが資金洗浄に利用されているとして抗議デモでは資金を洗濯機で洗う演出も。
NGOのレイチェル・デービス・テカさんは次のように話しています。
「イギリスは匿名で不動産を購入できるため汚い金を隠し、資金洗浄したい人にとって非常に魅力的な場所です。何十年にもわたり、レッドカーペットを敷いてそうした人たちを招き入れてきました。最近までイギリスには居住権を買えるという『ゴールデン・ビザ』制度があり、ショックです」
この「ゴールデン・ビザ」は、投資額に応じて居住権や、永住権が与えられる投資家ビザ制度です。オリガルヒの不動産購入にも利用されたと指摘され、イギリスへのロシアマネー流入の背景のひとつとなっていました。
資金の出どころがほとんど審査されないなどとして、制度が悪用されていると指摘されロシアのウクライナ侵攻の懸念が高まった2月半ばに廃止されました。
【英議員「疑わしい資金で市民権得た」】
長年、この制度を批判してきたイギリス労働党のマーガレット・ホッジ議員は次のように話しています。
「それぞれの適性を誰も審査していませんでした。内務省は銀行が審査していると思い、銀行は内務省が審査していると思っていて、疑わしい方法でお金を稼いだ人々が、それをイギリスに持ち込み市民権を得る方法になっていました」
【オリガルヒらの15兆円が制裁対象か】
さらに、イギリス政府はこれまでにサッカーのイングランドプレミアリーグ「チェルシー」のオーナーでもあるアブラモビッチ氏などオリガルヒとその家族51人を経済制裁の対象にすると発表。
イギリス政府は制裁を科されたオリガルヒ51人の資産の総額は1000億ポンド余り、日本円で15兆6000億円を超えると見ています。
制裁によって、イギリス国内の資産が凍結されるほか、イギリスの個人や企業との取引が禁じられます。
アブラモビッチ氏は、3月2日にクラブを売却する意向を明らかにしていましたが、制裁によって売却ができなくなったと伝えられています。
ロシア経済に詳しいロシア・ユーラシア政治経済ビジネス研究所の代表、隈部兼作さんとのやりとりです。
【オリガルヒはロシア財政に貢献】
--まず、オリガルヒが保有する資産がロシアのGDPの2割にも匹敵すると言われますが、ロシアでどのような存在でプーチン大統領の戦争をどう支えているのでしょうか?
隈部さん:
この戦争をどう支えているかよくわかりませんが、ロシアにとって外貨稼ぎで重要な石油やガスといった資源を握っています。財政にかなり貢献しています。
また、オリガルヒは大きなプロジェクトをやるときにやはり政府とのつながりで口利きをし、見返りも得ていると言われています。
【プーチン大統領と親しいオリガルヒたち】
--「新興財閥」などという言い方もされるオリガルヒですが、プーチン大統領との個人的なつながりが深い人もいるといわれています。特にプーチン大統領への影響力が強いとされている人は誰でしょうか?
隈部さん:
非常に親しいのはローテンベルク兄弟。特にお兄さんのアルガシー・ローテンベルク氏は建設関係で、(プーチン大統領とは)サンクトペテルブルク時代からの幼なじみで柔道の仲間として一緒にやっていました。今でも非常に親しくしています。
それから石油関係のセーチン氏。プーチン大統領がサンクトペテルブルクの副市長になったときから秘書のように一緒に仕事をしていて、プーチン氏が大統領になってからも市の高官になって、この方を通さないとプーチン氏に文書が上がらないのではないかというぐらいの権限をプーチン氏に対して持っているとも言われています。
【ゴールデン・ビザを得て資金洗浄も】
--オリガルヒはなぜロンドンなど海外に巨額の資産を移しているのでしょうか?
隈部さん:
ロシアの起業家は1990年代から海外に資産を逃避させるということで、かなりのお金を流していました。 キプロスあたりが中心だったのですが、2008年のリーマンショックによって、EU諸国の中でもイギリスは「黄金ビザ(ゴールデン・ビザ)」という制度をつくってロシアからのお金を引きこんできました。
特に居住権が取れるということロシアの人たちがこの制度を使ってかなりの人たちが入りました。
ロンドンは金融が使えるため、ここでマネーロンダリング=資金洗浄もできるということでロンドン、それとスイスにロシアから資金が流入し、そして人がかなり入っていると思います。
【侵攻前に制裁を見越して資金を移転】
--今回のオリガルヒを対象にした経済制裁は、彼らの活動にどれくらいの影響がありますか?
隈部さん:
資産凍結はある程度見込んでいたのではないかと思います。「ロシアがウクライナに侵攻するぞ」と4か月近く前から言われていました。「そうなれば経済制裁が科される」という話もありましたので、その間にもかなりの資金をタックスへイブン(租税回避地)に、名義を別にしてきれいにして、すでに移していると思います。
【欧米、日本の狙いどおりとならない】
--この制裁の最終的な目的はプーチン大統領の考えを改めさせることですが、隈部さんは欧米、日本の狙いどおりとなるのはなかなか難しいという見方ですか?
隈部さん:
結論から言うとそう思います。
【エリツィン下とプーチン下のオリガルヒ】
--今回のウクライナ侵略に対してオリガルヒの一部からは反戦を訴える意見も出ていると伝えられていますが、これについてはどうご覧になりますか。
隈部さん:
まず、エリツィン時代のオリガルヒ今のオリガルヒはまったく別だと私は見ています。というのは、エリツィン時代は1996年の大統領選挙のときに「これはもう負ける」と言われて、 このときにオリガルヒの力とお金を借りて再選されて、それ以降はオリガルヒがエリツィン大統領をコントロールできる、と。
ところが、プーチン大統領になってからは逆で、オリガルヒを抑え込み政治に口を出すな、ということで、それに反対する勢力については逮捕したりしました。
いまはプーチン大統領に「戦争をやめろ」などと反対できるような力が今のオリガルヒにないと私は思います。
【カギはオリガルヒの事業への影響】
--プーチン大統領の強圧的な手法でオリガルヒもなかなか発言ができなくなっているというのが現状なのですね。そうしますと、経済制裁を続けることでオリガルヒを追い詰めることはできると見ていますか?
隈部さん:
以前アメリカ財務省のFinCEN=金融犯罪取締ネットワークの文書がリークされました。海外のかなりの大手銀行がロシアなどの不正なお金を洗浄してわからないような形にしていたことがわかりました。これを本当にやろうとすると、かなりの時間と労力がかかってくると思います。
スーパーヨットや不動産は差し押さえられると思いますが、皆さんに知っていただきたいのは、オリガルヒはすごい金持ちなんですね。これくらいを差し押さえられてもそれほど影響はしないと私は思います。
むしろ彼らがしているビジネス、事業にどれだけの影響が出てくるか。例えば天然ガスにしても石油にしても供給はまだ止まっていません。そういったところは、しばらくは制裁はかけないということで、オリガルヒに圧力かけたとしても今すぐに戦争に云々というのは、私はそんなに期待しないほうがいいと思っています。
【最終的な決め手は外交】
--やはりエネルギー分野に対する制裁がカギになってくるということですね。ただ犠牲者が毎日毎日増えている現実は私たちもたいへん心が痛むのですが、プーチン大統領の侵略を1日も早く止めるために国際社会が打てる手は何でしょうか?
隈部さん:
最終的には外交になると思います。いま経済制裁を見ていますと、G7で制裁をかけてでどういう影響が出ているかをある程度予想して、特に今後エネルギー価格が上がっていきますし、穀物価格も上がる、と。
途上国の方とお話しすると「もう少し自分たちのことも考えてくれよな」と言われます。2008年のリーマンショックの前はやっぱりエネルギー価格が上がり、穀物も高騰したわけです。 数か月たったあと、エジプトなどでなんかで暴動が起きるわけです。
穀物やエネルギーは国際的な公共財だという認識で投機マネーを入れさせない。実需に基づいて価格決定させないと乱高下します。岸田総理がG7に行かれた際には日本から価格を何とか抑えるに当たって提案をしてほしいなと思っております。
--何よりも外交の力で1日も早くこの戦争を終えることが一番大事ということですね。隈部さん、ありがとうございました。
【田中キャスター「甘い幻覚」】
プーチン大統領が権力の座について20年余り。いま公然とウクライナを侵略し、毎日、市民の犠牲が増えていく現実を前に国際社会は、プーチン大統領の真の姿に気付いたわけですが、私たちは甘い幻想を抱いてはいなかったか。“ロンドングラード”の話は決してひとごとではないと感じます。