ロシアの軍事侵攻 歴史学者エマニュエル・トッド氏が予見_世界の“先”は

NHK
2022年5月8日 午後7:00 公開

【歴史学者が予見 世界の“先”は】

ロシアのウクライナ侵略で、世界はいま、重大な転換点に立たされている。

今後の戦争の行方は。そして、世界にはこの先、どのような激変が待ち構えているのか。

現代史に刻まれた重要な節目を予測してきたフランスの著名な歴史学者エマニュエル・トッド氏に話を聞きました。

(インタビュー 田中正良キャスター 放送は5月6日)

放送分はNHKプラスで5月13日まで視聴できます

【“世界の先”読む歴史学者 2つの“予想外”】

歴史学者のエマニュエル・トッド氏にパリ市内にある自宅で話を聞きました。

歴史学に、人口統計からの分析も合わせた独特のアプローチで、これまで数々の歴史的変化を予見。

かつてソビエト崩壊や、アメリカの金融破綻を予測し、世界的な注目を集めた人物です。

そのトッド氏をもってしても、今回の事態は「予想外」だったといいます。

田中キャスター:

「今回の軍事侵攻についてどう見ていますか?」

エマニュエル・トッド氏:

「とても大きな驚きでした。ロシアが開戦するとは、誰1人として想像していませんでした。ヨーロッパの人々にショックをもたらしました。再びヨーロッパに戦争が起きたからです」

驚きをもって受け止めたという、今回の軍事侵攻。

その中でも、2つの点で予想外だったと言います。

エマニュエル・トッド氏:

「われわれが予想していたのは、ロシアの軍事的な強大さと、経済的なぜい弱性でしたが、実際には正反対でした。軍事面での驚きは、私たちが想像していたほど、ロシア軍が強力でも有能でもなかったことです。2つ目は、より大きなもので経済面での驚きです。人々はロシアの経済や社会は、もっとずっとぜい弱だと思っていました。しかし、実際にはそうではありません。通貨ルーブルの価値は、ほとんど軍事侵攻前の水準まで戻ってきましたし、ロシア社会も安定しています」

【経済対立では“西側が不利”】

浮き彫りになったという、ロシアの「軍事的なぜい弱性」と「経済の安定性」。

そのため経済をめぐる対立においては、「脱ロシア依存」へと舵を切る西側諸国の側が、むしろ苦しい状況に陥るのではないかと指摘します。

エマニュエル・トッド氏:

「経済的な消耗戦においては、西側陣営の国々が勝利する方に賭ける気にはなれません。なぜならアメリカやイギリス、フランスの対外貿易への依存は途方もないレベルだからです。この戦争はヨーロッパの人々にとっては始まったばかりです。インフレーションや、供給の問題も起こります。ここで人々が自問するのは、『ロシア経済は想像以上に強固で、西側やヨーロッパの経済は想像以上にぜい弱なのではないか』ということです」

【ロシアに勝利ないが諦めない】

西側が経済面で苦戦を強いられる一方、ロシアも、もはやかつてのような力は誇示できないといいます。

エマニュエル・トッド氏:

「ロシアは、この戦争に真の意味で勝利することはできません。勝っても得るものはあまり大きくないのです。ウクライナでのロシア軍の無力さは、西ヨーロッパにとってロシアがなんの脅威にもならないことを示しました。ロシアがウクライナを征服できなければ、ポーランドやドイツを征服することなどあり得ません。自国の国境に対するロシアの懸念さえ理解すれば、それ以外の意味において実際にはロシアはまったく脅威ではないのです」

ロシアが侵攻を開始してすでに2か月以上。今世界が注目するのは、ロシアの「戦勝記念日」です。

田中キャスター:

「5月9日(戦勝記念日)には何が起こると思いますか?」。

エマニュエル・トッド氏:

「この日までに成果を出さねばならないというのは西側のメディアの理屈だと言いたいです。ロシア人はそのような考え方はしません。彼らにとっては、これはみずからの存続に関わる問題なので、必要なだけ時間をかけるでしょう。長期化するおそれがあると思います。もしロシア人が諦めることがあったら私は驚くでしょう」

【戦争を止めるのは“命の価値”】

さらなる戦闘の長期化が懸念される中、どうすれば事態を収束へと向かわせられるのか。

返ってきたのは、人口統計の研究者ならではの答えでした。

エマニュエル・トッド氏:

「今起きているのは世界的な戦争です。軍事的な側面にとどまらず、経済戦争や、グローバル化の破壊という要素もあります。この戦争にブレーキをかけることがあるとすれば、それは関係国の人口動態からみたぜい弱さです。今私たちが生きているのは人口が貴重になっている時代です。出生率の低下によって人口が非常に縮小しています。人口減少については日本もよくご存じでしょう。それはロシアもウクライナも同じです。人々に理性を取り戻させることができるのは、兵士の命の価値の高さへ意識が向けられることなのです」

田中キャスター:

今回の取材を通して、この戦争で、わたしたちは、歴史の重大な転換点に立っているということを改めて痛感しました。

もともとヨーロッパは、その多様性のゆえに、歴史的には、戦争の絶えなかった地域です。その反省にたって、「統合」という目標を掲げることで、安定と平和を築こうとしてきました。

ウクライナの戦争は、そんなヨーロッパでいま、ふたたび過去の忌まわしい記憶を呼び覚まし、根底から揺さぶっています。こうした状況の中、ヨーロッパの各国は、エネルギーや防衛をはじめ、これまでの政策を根本から見直しています。

わたしたちも、いったん立ち止まって、考える時期に差し掛かっているのかもしれないと、欧州の地で感じました。

(田中キャスターがフランス語でインタビューしました)