ロシアがウクライナへの軍事侵攻を始めてから半年。影響は北方領土の元島民にも及んでいます。北方四島の元島民たちは例年、この時期に、お墓参りなどのために故郷の島を訪れてきました。ただ、軍事侵攻の影響で、この夏は訪問ができない状況が続いています。93歳の元島民の女性が抱く故郷への思いを取材しました。
千葉県に住む福島イクさん(93)です。8月7日、娘の久美子さん(57)と2人の孫に付き添われ、生まれ故郷の国後島からおよそ40キロ離れた北海道根室市を訪れました。島を訪問できない中、海の上から先祖を供養する「洋上慰霊」に参加するためです。
福島イクさん
「懐かしいね。やっぱり記憶にあるんだよね」
昭和4年に国後島で生まれたイクさん。一家はコンブ漁や馬の放牧などで生計を立てていました。しかし、第二次世界大戦で日本が降伏したあとに、ソビエト軍が北方領土に侵攻。イクさんたちは、島を離れざるを得なくなりました。
以来、故郷を自由に訪れることを夢見てきたイクさん。5年前、交流事業に参加し、国後島の土を踏みました。島で過ごした頃の記憶が胸に押し寄せてきたと言います。
福島イクさん
「やっぱり小さい時の思い出がね。歩いただけで『ああ』って。夢のようだね」
当時、イクさんに付き添って国後島を訪れた娘の久美子さんは。
イクさんの娘・吉岡久美子さん
「子どもの頃聞いた昔話なんかにしても『この場所だったんだ』ってすごく腑に落ちるところがあって、初めて話を共有できたというか、共感できた」
この2年、新型コロナの感染拡大を受け、実施出来なかった交流事業。今年は3年ぶりの実施を目指して調整が行われていました。しかしロシアは、ウクライナへの軍事侵攻に対する日本の制裁措置に反発して平和条約交渉を中断。北方四島との交流事業も停止すると一方的に発表しました。実施はことしも見送られることになりました。
こうした中、代わりに実施されることになったのが島になるべく近づいて行う「洋上慰霊」です。イクさんは7月、新型コロナに感染し、体力が衰えを見せる中でも、この「洋上慰霊」に参加したいという意思を示していました。
吉岡久美子さん
「状況が状況なので仕方がないのかなという部分はあるんですけど。やっぱり歯がゆい思いはありますね。少しでも生まれた場所に近づいて潮のにおいを嗅いだり、波の音を聞いたり、風の流れを感じたりとか、そういう中で故郷を身近に感じてもらえたらいいな」
そして、待ちに待った洋上慰霊の当日。
記者「どうですか。これから船乗りますけど」
福島イクさん「そうかい。よかったね」
吉岡久美子さん「楽しみだね」
しかし、船に乗り込むと思わぬ事態が。悪天候で欠航になってしまったのです。船で国後島に近づいて慰霊を行う予定でしたが、代わりに港に停泊中の船内で慰霊式を行いました。
福島イクさん
「せっかく楽しみにしてたのに。しょうがないよね」
吉岡久美子さん
「もうちょっと先まで連れてってあげたかったな」
島を訪れたときに先祖に思いを届けるため練習を重ねてきた笛。今回、久美子さんは船の上から奏でました。
イクさんの孫・吉岡佳祐さん
「遠いですね。距離じゃない壁があるので、国後島までは」
吉岡久美子さん
「私たちはもう次は難しいのかなって思ってるんですけど、本人がまた来ればいいじゃないって言っているので」
福島イクさん
「また来るんだよ。頑張ってこよう」
生きているうちに島に行きたい。イクさんは思いを強くしました。再び島を訪問できる日はいつになるのか。ウクライナ情勢が依然として不透明な中、その見通しは立っていません。