【解説】プーチン大統領を戦争に突き動かす思想 頭の中は 愛国心

NHK
2022年4月4日 午後1:30 公開

今回の戦争を引き起こしたロシアのプーチン大統領。幕引きは、その一存にかかっていると言われています。

そんなプーチン大統領の思考を読み解くキーワードが「愛国心」だと指摘するのはロシアの政治思想・イデオロギーを研究してきた静岡県立大学准教授の浜由樹子さんです。「愛国心」を訴える根底には、西側諸国への強い「反発」があるといいます。

プーチン大統領はいま、どのような先行きを描いているのか、探ります。

(取材:ニュースウオッチ9 小久保峰花記者)

※文末に関連記事のリンクがあります。そちらも参考にしてください。

4月1日に放送された動画はこちら。4月8日までご視聴いただけます。

浜さん

大国としてのプライドが傷ついた、ぼろぼろに90年代になったロシアにとって最も必要なのは尊厳であると。それに加えて国民には愛国心をもたせていると」。

プーチン大統領もかつては他国に融和的なメッセージを送っていた時期がありました。2001年にはドイツ連邦議会で、「ロシアは友好的なヨーロッパの国だ。一世紀にわたり戦災を味わった我が国にとり大陸の安定した平和こそが最重要目標だ」と述べました。それもドイツ語で。

ところがその後、西側諸国への態度は一変。アメリカなどに対する強い不快感もあらわにするようになりました。2007年2月には、ミュンヘン安全保障会議で「「アメリカ一国があらゆる分野で国境を乗り越え経済・政治・人道分野においても他国に『アメリカ式』を無理矢理押しつけている。現代世界にとって『一極化』は受け入れがたいだけでなくまったく不可能なことだ」と発言。

浜さん

冷戦の敗戦国のように扱われてアメリカやヨーロッパが掲げる価値、自由とか民主主義とか人権とかそういった価値を押しつけられてきたんだと。それを通じて弱体化されてきたという強烈な(西側への)不満が根底にあって、そのうえに今のような政権についてからの流れがある

ロシアの勢力圏に西側の価値観が押しつけられることへの強烈な拒絶感や反発。

このプーチン大統領の考え方を解き明かすうえで、最近、注目を集めているのが、「ネオ・ユーラシア主義」と呼ばれる思想です。

1990年代、ソビエト連邦が解体され、国家の消滅を経験したロシア。新たな国のアイデンティティーを、“ヨーロッパでもアジアでもない「ユーラシアの国家」”だと再定義したのが、「ネオ・ユーラシア主義」です。

浜さん

ロシアは欧米とは異なるユーラシアという独特な空間なんだと。ネオ・ユーラシア主義全体に共通するものは、西側の価値が絶対普遍ではなくて、ロシアは西側とは異なる価値観とか精神風土を長い歴史の中で培ってきた.西側の世界とは違う世界観があるということ

この思想の提唱者の中でも、最右翼として知られているのがアレクサンドル・ドゥーギン氏です。「ユーラシア帝国の建設と反米同盟の形成」を主張。さらに、「ウクライナへの侵攻は、西側によって失わされたロシアの国土を回復するレコンキスタ(国土回復戦争)の第一歩だ」などという非常に極端な主張も展開しています。

浜さんは、プーチン政権は、そこまで過激な主張を取り入れている訳ではないと考えてきました。

浜さん

これは私の見方だが、プーチン体制ですね、政権というよりは、プーチン体制は自分たちを取り巻く状況が変わってくるなかで、使えるツールを使って、理念を策定し、その都度、自分たちの外交政策をブランディングしてきた側面が性格として強いので、何か最初から首尾一貫した信念のようなものがあるというわけではない

では、今回の侵攻は何に突き動かされてのことなのか。

浜さん

(勢力圏を守るということに)非常に過剰な反応をしてしまった。なぜ軍事侵攻なのかということに関しては、やはりまだまだ疑問が残る。プーチン政権ないし、プーチン大統領は、ことばやイデオロギー的な発信という意味においては、かなり情緒的な部分はありはしたものの、それでもやっていることはどこか必ず合理性があって、プラグマティストであると.20年来そう見てきたので、今回(の侵攻)に至っては、どうしてしまったのだろうという驚きをもって見ている。本当にどうやって終わったら良いのかが見えない

見えなくなったプーチン大統領の真意。いま、浜さんが、大きな懸念を抱きながら注目しているキーワードが「非ナチ化」です。

プーチン大統領は「ウクライナの非軍事化と非ナチ化を目指す」、「非ナチ化について話し合う準備がある」などと繰り返し「非ナチ化」ということばを使っています。

今回の侵攻が始まる前から、プーチン大統領がたびたび口にしているこのことば。浜さんは、ロシア人にとって、「ナチス」という単語は特別なことを思い起こさせると指摘します。

それは、第2次世界大戦において、大きな犠牲を払いながらも、ナチス・ドイツに勝利した記憶です。「大祖国戦争」とも呼ばれ、ロシア人が西側からの侵略者を打ち負かし、ロシアだけでなく、ヨーロッパ全体を解放したという強い自負心と結びついているといいます。

ロシアでは毎年、5月9日の戦勝記念日には、みなが、勝利の象徴でもあるオレンジ色と黒色のストライプのリボンを身につけます。

今回のウクライナ侵攻にあたり、愛国心のシンボルとして使われるようになったのが「Z」の記号です。

浜さん

オレンジと黒のストライプが大祖国戦争の記憶と結びついたシンボルカラー。これをZに使っているということは、ウクライナでの特別軍事作戦を大祖国戦争にオーバーラップさせて、国民からの支持を得る狙いがある

過去の歴史を利用し愛国心に訴える、プーチン大統領。事態の解決がますます遠のきかねないと浜さんは指摘します。

浜さん

非常に危険なことをやっていると言える.国民の感情をここまで動員して、続けるとなるとどうやったら終わりなのか。じゃあ、これで終わりです、と、どうやって(国民を)説得していくのかももちろん難しい

和久田キャスター:

静岡県立大学准教授の浜由樹子さんは、「プーチン大統領はどうしてしまったのか。驚きをもって見ている」とおっしゃっていました。ロシアの政治思想・イデオロギーを長年分析してきた研究者にとっても今回の軍事侵攻は、理解をこえた行動だということ、いまだ真意が見えないということが分かりました。

田中キャスター:

プーチン大統領は去年7月、ロシア人とウクライナ人の歴史的な一体性について」という論文を発表して、ロシアとウクライナはひとつの民族だと主張しました。これ対してゼレンスキー大統領は真の兄弟とは言えないという趣旨の反論をしました。独善的にも見える歴史観。さらに、大統領を恐れて側近が 確かな情報を大統領に入れていないというアメリカの分析をあわせて考えると、プーチン大統領に国際社会が望む判断を求めるのは、今後も難しいのかもしれません。