2022年、ノーベル生理学・医学賞を受賞したスバンテ・ペーボ博士が客員教授を務める沖縄科学技術大学院大学(OIST/オイスト)。ペーボ博士は「OISTは非常にダイナミックな組織。世界中から極めてすぐれた才能のある科学者を呼び込んでいる」と話していた。日本の大学の中で異彩を放つOISTとは。研究の最前線を青井キャスターが取材した。
《巨大キャンパス内でどんな研究が?》
沖縄科学技術大学院大学=OISTは沖縄県恩納村にある。「ここは異国の地のリゾートホテル!?」それが第一印象だった。大学全体の敷地面積は、東京ドーム20個分。研究施設だけでなく、寮やスーパーマーケット、保育園まで併設されていて、しかも、建物ひとつひとつが近代的でゴージャスな印象だ。
2011年、沖縄振興策の一貫として設立されたOIST。「国際的にトップレベルの学校を沖縄に設置する」と内閣府が提唱したことが発端だった。その後、2019年には、科学雑誌「ネイチャー」が発表した科学論文の生産性が高い研究機関ランキングで、国内トップ、世界第9位の成果をあげている。一体、学内ではどのような研究が行われているのか。一般人は入ることができない研究棟に特別に案内してもらった。
OISTは、「ユニット」と呼ばれる88の研究チームがあり、それぞれが個性的な研究を行っていた。まず訪ねたのは『認知脳ロボティクス研究ユニット』。日本人の谷淳博士が教授を務める。研究テーマは「ロボットに心は生まれるか」。こう聞いて、新たなロボット開発を想像したが、そうではなく、行っているのはロボットを使った人間の脳の研究だという。うーん、難しい。質問を繰り返してようやく分かったのは、人間の脳の神経回路を模倣したコンピュータープログラムをロボットに組み込み、例えば人と同じように教育などを行い、成長の過程でプログラムにどのような変化が起きるのかを調べているということ。つまり、人間の脳の構造をロボットを使って可視化しようという試みである。
(谷淳教授)
「ロボットを使い、人間の脳のメカニズムを調べている。発達の課程が可視化できれば、例えば統合失調症や自閉症などの要因もわかるかもしれない。人間の脳を見るのは難しいが、ロボットの中にある脳のようなコンピューターだからこそ、それができる」
続いては『エネルギー材料と表面科学ユニット』。大野ルイス勝也博士が説明してくれた。ここでは「次世代太陽電池の素材開発」を行っていて、研究室内には、複雑な装置が置かれていた。これを使うと真空空間の中で太陽電池のもととなる元素の特性を正確に調べることができるという。
(大野ルイス勝也博士)
「効率の良い太陽電池ができれば、1時間照射するだけで世界の1年分の電気がまかなえるという計算がある。日本は災害が多い国なので、新たな太陽電池を開発することで、社会の役に立ちたい」
他にも、魚を使った海洋科学研究など、分野の垣根を越えた共同研究なども盛んに行われていた。それぞれのユニットには教授か准教授が在籍しており、他にも研究スタッフや博士課程の学生など、10人以上のメンバーで構成されることもある。今回、話を聞かせてもらった研究者からは「自分の研究はいつか何かしらの形で社会の役に立つ」という意志を感じた。一見、地味な基礎研究で、成果をあげるには長いスパンが必要かもしれないが、その追求を見守る環境がOISTにはあるのだろう。
《独自の資金システムと若手研究者への支援》
学内を歩いていると目立つのは外国人の姿だ。実はOIST、教員の約6割、学生の約8割が外国人で、50を超える国と地域(2023年1月時点)から集まり、教育と研究はすべて英語で行われている。
世界中から研究者が集まる背景のひとつには、独自の研究資金の仕組みがある。日本では通常、研究資金を得るには国などに研究計画を申請し、審査で認められる必要がある。審査が通り、資金が提供されても、原則として計画に沿った研究を行わなければならない。
一方、OISTでは年間約200億円の運営費の90%以上を内閣府の沖縄振興予算でまかなっている。この予算をもとに、すべての教員に5年間、研究資金を提供。5年後に研究の質をチェックする仕組みだ。教員個人に対して、資金が与えられるため、自由度の高い研究ができるというわけだ。
OISTでは、学生など若手研究者の育成や支援にも力を入れている。話を聞かせてもらったのは、博士課程3年の大島アイシェ遥さん。海水に含まれる環境DNAを解析し、地球温暖化が魚群に与える影響を研究している。
(大島アイシェ遥さん)
「小さいときから動物は好きでしたし、魚は特に日本のような列島にとって、とても大事な資源。気候変動による影響は、危機的な状況なので、私の世代、次の世代のためにも関わらなければいけないと思っている」
トルコ人の父親と日本人の母親を持つ大島さん。19歳まではトルコで暮らしていた。幼い頃から動物が大好きで、よくトカゲを追いかけまわしていたという。その後、トルコの大学に進学し、生物学を研究し始めるも、資金面などは充実しておらず、思うような研究はできなかったという。「ルーツを持つ日本で勉強してみたい」とOISTへの進学を決めた。
大島さんは大学の寮で、イギリス人のルームメイトと2人で暮らしている。部屋に案内してもらうと「ピーピーピー」と何やら鳴き声が。大島さんのペットのインコだった。本当に動物が好きなのね・・・。OISTでは、学生も一人の研究者としていて、年間300万円ほどの経済支援を行っている。そのおかげで、大島さんも研究に没頭することができているという。今後も環境問題に関わる研究を続け、将来的には日本にも貢献したいと話してくれた。
《岐路に立つ“科学技術立国”日本 その未来は?》
今回、OISTを取材し、研究成果をあげるには、充実した環境や研究資金が不可欠であると強く感じた。しかし、日本全体で見ると、研究力の低下が懸念されている。「注目度の高い論文」世界ランキングでは、20年ほど前、日本は4位だったが、2022年の発表では、韓国などに抜かれ、過去最低の12位となった。
一方、OISTのように沖縄振興予算に多くを依存する仕組みをほかの大学に簡単に広げられるわけではない。さらに、OISTは財務省から「高コスト構造」と指摘を受けていて、抜本的な見直しを求められている。たしかにOISTのような研究機関が増えれば、若手のモチベーションや研究力が上がることが期待され、日本の科学研究力にとって大きな追い風になるだろう。ただ現実的なコストという問題と、どうバランスをとっていくのか。沖縄で独自の路線を進む一大研究拠点を取材して強く感じた。
ニュースウオッチ9キャスター 青井実 放送日:2023年2月2日