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6月の打率3割9分4厘、ホームラン15本、29打点はいずれもリーグトップ! アメリカンリーグの「月間MVP」=最優秀選手に選ばれた、大谷翔平選手の打撃絶好調の要因をデータからひもときました。
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分析したデータを大リーグで活躍した福留孝介さんに見てもらいました。
福留孝介さん)僕が一番思うのは「ボール球をしっかり見極められるようになったところ」、それが6月に状態が上がったまず第1の要因だと思います。やっぱりボール球はどれだけ良いバッターでもなかなか打てるものじゃないんですよ。それを見極めて「自分の中のストライクゾーン」でスイングできている。普通の人から見たら確かにボールかもしれないですけど、大谷選手から見るとそれが自分の中でのストライクゾーンなんですよ。自分のストライクゾーンというものをしっかりと持っている。そこから外れたボールは全く打つ気にもならないという状態に達していて「もう自分はここだけ振ればいつでも打てるのだ」という感覚でスイングできている。それが打率であったりホームランやいろんな数字が伸びた要因だと思います。
西阪太志アナウンサー)もう打つべきところがはっきり分かっているということでしょうか?
福留さん)と言うよりは多分、今はそこをスイングするためにしか体が動かない、反応しないのだと思います。バッターは不思議なもので、調子が悪い時はとんでもないボール球を振ってバットに当たらずに首をかしげるんですけど、見ている側からしても「何でそんなボール球を振るの」という時があるじゃないですか。あれはバッターからすると振る気はないんですよ。でも体が勝手に反応してしまう。やっぱり調子が悪い時は、どうしてもヒットがほしいとか結果がほしいとか、どんなボールにでも反応してしまうのです。もう全部追いかけてしまう(笑)。でも結果が良くなってくると、不思議なことにそんなボールに全く反応しなくなるんですよね。
西阪アナ)バッターの心理や感覚とはそういうものなのですね。ちなみに6月、早いカウント(0・1ストライク時)での打率がすごく高かったのもやはりボールを見極められているからでしょうか?
福留さん)対戦相手のバッテリーからすると、早いカウントでストライクを取らないと、ボール球で誘えないんですよ。なるべく早く、初球や2球目までに1ストライクを取りたいのが相手バッテリーの心情だと思うのです。けれども大谷選手が見極めだすと、ボール・ボールとなっていって「どうしてもストライクを取らざるを得ない」状況になっていって、逆に打たれる確率がもっともっと高くなっていく。さらに今、大谷選手は初球やファーストストライクで自分からスイングを仕掛けていくことができる状態にあるので、バッテリーからすれば今はちょっと攻めようがない。逆に言えば、ボール・ボールで行っても、もう1回ボールを投げて「何とか振ってくれないかな」という状況だと思います。
西阪アナ)手を出してくれることを期待するしかないということでしょうか?
福留さん)そうですね。誘い球で誘って、何とか打ち損じを待つという状態だと思います。
西阪アナ)大谷選手が「いい構えなら難しい球にも素直にバットが出る」と言っていましたが、やはり構え方は大事なのでしょうか?
福留さん)そうですね。自分はまっすぐ立っているつもりでも意外と体の調子によって実は少し斜めに構えていたり、自分の思っている感覚と映像で見る姿に若干のずれがあったりするんですよ。そこが一致していない時はあまり良い成績にはならない。さらにそのずれをスイングで無理やり修正しようとするから、そういう時は絶対うまくいかないのです。ちなみに僕は、構え方というのはつまり「ボールの見え方」だと思うんですよね。大谷選手もたまに調子が悪い時があって、三振するような時は少し前かがみになってのぞき込むような待ち方をしているのですが、それだとスイングする時に顔を1回起こすことになるので、もうその時点でボールの見え方がずれてしまう。見え方がずれると遠いボールにも自分の手が届くように錯覚してしまって、どうしても打ち損じが多くなってしまうのです。
ここ最近の大谷選手が立っている姿を見ると、力感がなくすごくまっすぐ素直に立っているように感じます。まっすぐ立てていると「自分のストライクゾーンの幅はここからここまで」というのが明確になって、厳しいボールを無理して打ちにいかなくて済むようになるのです。ボールが自分の体から遠いと思ったときには打ちにいかないし、ちょっと難しいボールにはぱっとバットを出してファウルにしてしまうなど、余裕をもって対応ができます。大谷選手はおそらく今、自分の構えというのがしっくりきていて、リラックスしていつでもスムーズにバットが出せる状態なのだと思います。
西阪アナ)これから大谷選手の立ち姿にも注目していきたいと思います。変化球に対しての打率は5月は1割台だったのが6月は3割台に伸びたのですが、福留さんの印象はどうですか?
福留さん)大谷選手は「軸の強さ」というのがあると思います。大谷選手の体の中には、頭のてっぺんから背骨を通ってまっすぐな1本の軸があって、それがほとんどぶれない。本当に体がコマになったように回れるんですよ。よく泳がされたり、崩れて体が前に出たりすると「軸がずれた」と言われるんですけど、体が前に行こうが実は大谷選手の軸は動いていないんですよ。ボールに対して体勢を崩して当てに行ったりバットの角度を変えたりせず、あくまでも1本の軸の中にいながら、コマのように回っているだけなのです。だから前で打っても差し込まれて打っても、自分の軌道の中でスイングしているので大きくずれることがないのです。
西阪アナ)たしかに、大谷選手も「いい軌道で打てた」というコメントを残していました。
福留さん)大谷選手は、緩いボールで抜かれようと速いボールが来ようと、無理して振っていないんですよ。「あ、抜かれたな」と思っても追いかけずそのまま自分の軌道の中で打ちにいけるんです。コマのように回るスイングの軌道の中にボールを呼び込んで打つといったイメージで、どんなボールが来ようと常に同じように振っていられるのです。でも、本人に聞いたことがないので分からないんですけどね(笑)。
西阪アナ)6月好調で「初の打撃タイトル」への期待もかなり高まってきていると思いますが、福留さんはどう見ていらっしゃいますか?
福留さん)今の状態でいけば「ホームラン王」。それから僕は、大谷選手が持っているものからすると十分に「首位打者」も狙えると思っています。そこに行ってほしいなとちょっと期待しています。2冠だ、3冠だと皆さん言いますけど、「ホームラン王」を1つ取るだけでもとんでもないことですからね。そう考えると今、すでに2冠3冠を視野に入れられている状態というのは「すごい」のひと言ですよね。でも大谷選手の場合はとにかくやることが多すぎて(笑)。ピッチャーのこともあるので本当に大変だと思うんですけど、何か大谷選手を見ているとあまり大変そうに見えないというのが、それもまたすごいなと思いながら見ています。それがどれだけ大変なのか誰も何も言えないですよね、やったことがないので。それを当たり前のように普通にやっているというのが、僕らからすればもう考えられないことですね。
西阪アナ)福留さんも大リーグで過酷なスケジュールの中、打撃の調整は難しかったのではないですか?
福留さん)それがアメリカと日本との違いでもあるんですけど、日本はどうしてもチームでの練習やそういうところがすごく大切にされて長かったりするのですが、一方でアメリカは「試合にベストな状態で出るためにどうするかをまず考えてくれ」というやり方なのです。練習しすぎたら監督、コーチが「ちょっとやめてくれ」とストップをかけるといった具合です。逆に日本であれば、打てなかったら「もっと練習しろ!」というのが普通ですけどね。アメリカでは「今の自分の体調や体の状態がどうなのか」など、どれだけ自分をしっかりと理解し把握しているかが大切でした。でも大谷選手がすごいのが、体つきから何から「この何年で自分がどうなる」ということをすごく意識した状態でトレーニングから何からしていること。昔の映像と比べると本当に体の大きさも変わってきていますし、「自分がこうなりたい、こうしたい」というビジョンをしっかり持ってやっているというのは、僕らにはできないことですね。
西阪アナ)最後に、大谷選手が打席に入った時にぜひ皆さんに注目してほしいポイントはどこでしょうか?
福留さん)今、大谷選手は反対方向に打球が飛ぶでしょう? 大谷選手は調子が良いとレフト方向に十分に飛ばせるので、その状態がある程度キープできているうちは大丈夫なのではないかと思います。ちなみに調子が悪い時、大谷選手は変化球などで体勢が少し崩されたときに打ち終わりで体がファースト側に流れてしまうんですが、しっかり前の壁が止まった状態で、体がピッチャー方向に向かっていきながらスイングできている時は何があっても大丈夫ですので、そういったところに注目してもらえたらと思います。
西阪アナ)ぜひ注目してみます。ありがとうございました。
西阪太志アナウンサーの取材後記
~ある日のおはよう日本でのキャスター陣の会話〜
「すごいという言葉では大谷選手のすごさが形容できない」「という言い方すらもう使い古されてきていない?」
という話になるほど、連日活躍を見せていた6月の大谷翔平選手のバッティング。その理由を表現できないかということが 、今回の取材のスタートでした。
アナリストによるデータ分析から浮かびあがってきた数字で見えたものは、ボール球には手を出さず、ストライクゾーンの球をしっかりとたたく、いわゆる「好球必打」。なぜそれができるのか? 福留孝介さんには「構え」「軌道」から迫って頂きました。
舞台は世界最高峰の大リーグ。高いレベルの中で「好球必打」を実践できてしまう大谷選手のすごさを改めて感じた取材でした。
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投打の二刀流で活躍する中、今シーズン、大谷選手は何を語ったのか。優勝に沸いたWBC開幕直前の3月8日から順に、大谷選手のことばを"大谷語録2023"として展開しています。