オートレーサー 森且行選手 けがからの復帰への思い

NHK
2023年8月18日 午後2:27 公開

トップアイドルから転身したオートレースの森且行選手。選手になって24年目で国内最高峰のレースで優勝しました。しかし、おととし落車事故で骨盤を骨折するなど選手生命を脅かす大けがを負い、ことし4月、レースに復帰しました。復帰の直前、「もう一度、日本一に」という思いを胸にオートレースに臨む心境を聞きました。

―練習走行している姿を拝見しましたが、調子はどうですか?

レースと一緒のコースを6周以上回るように練習しています。1周、2周は普通に走れますけど、そこからが課題なんです。徐々に3周走れるようになってきて、4周走るようになってきて。それでやっと今、5、6周までちょっと頑張ればいけるかなっていうところまではきていますね。レースは6周あるので、6周を同じペースで走りたいのですけれども、なかなか体もそうだし、同じペースで走れていない感じはしますね。

―事故の後と前ではバイクに乗っている感覚は違いますか?

やっぱり右足に力が入らない。ずっと力を入れ続けていると「もう入れるな」っていう信号が脳に出るんですかね、ちょっと力を抜いちゃう感じなんですよ。それと、左足の骨盤をいっぱい骨折しちゃったんで、いくら柔軟になるようほぐしても、可動域が出ないですね。これはもうしょうがないことだと思うんですけど。だからその可動域の中で、自分のハンドルの形を変えたり、乗り方をちょっと変えています。それから、今までレースをしてなかったから、目が優しくなったと言われるんですけど、そのままでは、たぶんレースに出ちゃうので、目つきは変えていかないといけないと思っています。ここまで来たら、とにかく頑張るだけですね。

―2021年1月に落車事故があり、振り返ってどんな事故だったのでしょうか?

他の選手と接触して、そのまま金網に突っ込んでしまって、意識はあったんですよ。自分でヘルメットも脱げたし、一緒に転んだ選手も大丈夫かなってぐらいは考えていたんです。あれっと思ったのは、足に力を入れても全く動かないんですよ。骨盤まわりがすごく痛くて、もしかしたら背骨をやっちゃったのかなと思って。それで医務室に運ばれてから、たぶんですけど、おしっこも漏らしちゃってると思ったし、そういう感じだったので。これは下半身がまひになっちゃうのかなっていう感じはしましたね。

―事故直後の心境というのはどういうものだったのでしょうか?

どんなけがなのか早く知りたかったという思いでした。とにかく痛みがすごくて、検査が終わるまで麻酔もできない状態で、どういう状態かも聞けなかったので。でも、自分の足で歩けるようになるっていう確率が少しでもあるのなら、やっぱりオートレースに戻りたいっていう気持ちは先生に伝えましたね。

―けがはどういう状態だったのでしょうか?

先生が教えてくれたのですけど、一番大変だったのがまず、骨盤の割れた骨が静脈を突き破って動脈に食い込んでいたらしいんですよ。事故を起こしたときに「もしも5ミリずれていたら出血がすごくて助からなかった」と言われましたね。でも5ミリずれたことによって、動脈に入っていなかったのです。骨を抜く手術がすごく大変だったみたいなんですが、そこはうまくできたみたいです。

―手術を5回されたと聞きました。

1回目は骨盤、2回目は背骨ですね。背骨の手術をしても足の感覚が戻らなくて、やっぱり神経に触れちゃっていたらしくて。3回目の手術では、背骨の一番下の尻尾みたいなところがあるじゃないですか、そこがもう粉々に割れていて神経に触れていたんです。その骨を全部取る手術をしました。そうして1か月後、いよいよリハビリが始まるというときに、いきなりお腹が痛くなっちゃって。それで検査したら、胆のうが事故の衝撃で、え死しちゃっていたのです。それで4回目の手術で胆のうを全摘しました。背骨にプレートを入れていて、それを抜く手術が5回目です。それでやっと背骨が曲がるようになりました。

―入院中はどんなことを思っていましたか?

入院するときは「絶対復帰する」っていうことを決めていたんです。僕は、オートレースをやめたら何もできないと思うんですよ。本当にオートレースのことだけを考えてこの25年間やってきたので、オートレースをやめてもやることがないなと思うし、やっぱり走りたいなっていう思いでした。オートレーサーでいたいっていうのがあったからなのかな。とにかく毎日リハビリはきつかったですけど、先生の言うことをしっかり守ってやっていればたぶん良くなるだろうなっていうのを信じていました。復帰に向けてもうずっと頑張っていましたね。妥協というか、ちょっと無理かなっていうことは考えなかったかなあ。

―仲間たちの言葉も復帰への思いを支えてくれたのでしょうか?

いろいろな方から本当にいろんな言葉をいただいて。中居正広くんからすぐきたのは「乗り越えられない人には試練を与えないって。だから乗り越えられるんだ、お前は」というメッセージで。ジーンとしましたね。すごく励みになりましたよ。ようし、乗り越えてやろうと思いましたもんね。でも結局は自分なんで。自分が戻りたいと思ったら、もう止められようがないですよね。その意志だけは強かったです。

―森選手の人生の中で、今の試練が一番重いものなのでしょうか?

そんなこともないかな。オートレースは勝ち負けの、勝負の世界なんです。だから復帰してからかな、最大の試練は。僕の人生の中でポンポンいくはずがないと思っているので、毎回そうなのです。不安ですけどね。でも、それが僕の人生なんです。勝てない状態が続いてきたときに、精神状態がどうなるかがちょっとわからないのですが、復帰してからが一番の試練だと思います。

―お父さんにオートレース場に連れて行ってもらったのが、オートレーサーを目指したきっかけと聞きました。

オートレーサーの勝負服ってカラフルじゃないですか。幼稚園のときにそれを見て、戦隊ヒーローだと思ったんですよ。僕、戦隊ものが大好きで「わっ、何で戦隊ヒーローが走っているんだ」みたいな。かっこいいなって思って、もうそこで「なりたい」って、おやじには言ったらしいんですよね。やっぱり僕にとって、オートレーサーという職業がヒーローなんですよ。大好きなんです。なくてはならない。なくなったら困っちゃう。めちゃくちゃ迷惑をかけて芸能界を出てきたぐらい好きだったのです。こんなけがで、そう簡単に諦めたら、オートレーサーとして申し訳ないっていうか、みんなにも申し訳ないし、迷惑をかけてきた分、ここは、もう1回復帰しようと。けがをして休んだ2年3か月かけてはい上がって、そこでまたダメなら、1回立ち止まって考えようかなと思う。でもそれまでは、一生懸命、諦めずに妥協せずに、頑張りたいと思っています。

―森選手のこれからの夢は何ですか?

夢は「もう一度、日本一」になりたいですね。やっぱり1回じゃなくて、もう1回、日本一になってみたいですね。47歳で初めて日本一になったっていうのも僕が初めてなので、それを塗り替えたいですね、50、 51、 52歳あたりぐらいで。最初から日本一になりたいって言って始めて、日本一をとっても、やっぱりまた日本一になりたいっていうのが夢ですかね。ただ、エンジンもそうだし、体もそうだし、いろんなことが重なり合わないとなかなかとれないものです。でも練習が大好きだし、人の3倍練習して、はい上がっていければと思っています。本当に大好きなんですよ、オートレースが。オートレースしかないんで、僕には。楽しいんですよ。楽しむためには練習をして、つらい思いで猛練習をして、結構きついですね、やっぱり。でも楽しいのが勝っているんです。