「打席に立つ恐怖感もあった」
22歳の青年は私の目をしっかりと見て、そう語った。日本選手のシーズン最多となる56本ものホームランを打ち、史上最年少で三冠王に輝いたヤクルトの4番・村上宗隆選手だ。
村上選手は常に平常心で、誰もが「プレッシャーに強い」と思っていた。
だがシーズン終盤に訪れた大スランプでは、胸の内で苦しみ続けていたのだ。
"自分自身と向き合い続けた"村上選手が教えてくれたこととは――。
(おはよう日本 キャスター 伊藤海彦)
熱気に包まれた会見場
11月14日、ヤクルトファンの私は、取材者として日本記者クラブの会見場にいた。
村上選手にどうしても聞きたいことがあったからだ。
会場には100人はいただろうか、大勢の報道陣の姿があった。
手元のメモに目を落とす。主にメンタル面に関する質問案が羅列されている。
私自身、野球に打ち込んできた1人として、どうしても、このことを聞きたかった。
予定時間より少し遅れて会見場に入ってきたスーツ姿の村上選手が、私の真横を通り過ぎる。
無数のフラッシュがたかれ、テレビカメラが、若き大打者の一挙手一投足を逃すまいと追う。
「大きいなあ」。周囲の記者たちから思わず声が漏れる。
私には、1メートル88センチ、98キロの身体が、普段見慣れているユニフォーム姿ではないからか、少しスリムに見えた。
そして会見が始まる。
初めに村上選手から「今シーズン目標にしていたことが実現でき、こういう会見を開けることを誇りに思う」という言葉があり、その後、各社の質問に移る。
語られたのは"打席に立つ恐怖感"
1人目、2人目、3人目。指名されない時間が続く。
そして4人目。誰よりも早く手を挙げた私がついに質問者として指名された。
「村上選手のメンタル面についてお伺いします。今シーズンここぞというところでホームランやヒットを積み重ねてきましたけれども、56号のホームランが出るまで、実に60打席以上を費やしました。その時のご自身のメンタルに関してどのように感じていたのか、そして逆境に立たされた時にどのようにメンタル面を立て直そうとしていたのか、具体的に教えてください」
村上選手は私の目をまっすぐ見つめて、丁寧な口調で心境を語り始めた。
「正直、自分の中で立て直したというより、そこまで踏ん張って、踏ん張って、試合に出続けた結果が最後の56本だと思っているので、立て直し方というのはまだわからないんですけど。こうして最後打ったというところは、苦しみながらももがき続けて、相手のことを考え続けて、自分の調子が良くないとわかりながら打席に立つ恐怖感もありましたし、そこを乗り越えたところが最後のご褒美だったかなと思います」
“打席に立つ恐怖感”
意外だった。
調子の良し悪しに関してのコメントはあっても、村上選手の口から恐怖感という言葉は、私はこれまで聞いたことがなかった。
55号が出てから60打席ホームランが出ず、その間の打率は1割台前半。
ヒットすら出ない状況の中でも「もっともっと押しつぶすくらいプレッシャーをかけてほしい」と強気の発言をしていて、強すぎるメンタルに頼もしさすら感じていた。
どんなボールでも打ち返してきた22歳の4番は、王貞治さんを超える日本選手最多の56号を前に、心の底から苦しんでいたのだ。
会見後、村上選手と直接話す時間が少しあった。
私は、もう一度聞きたかった。
「ご自身のメンタルは強いと思いますか?」
間髪入れず「弱いですよ」という言葉が返ってきた。
意外すぎる答えに、その次の質問が出なかった。
<村上選手と記念撮影、左はヤクルトファンの出川解説委員(日本記者クラブ企画委員)>
"恐怖感、弱い"発言の真意は
「打席に立つ恐怖感」「メンタルが弱い」
発言の真意はどこにあるのか、そして村上選手とはどんな人間なのか。
私は関係者への取材を始めた。
まず話を聞いたのは、村上選手が中学時代に所属していたチームの監督、吉本幸夫さんだ。
村上選手のメンタル面について聞くと、
「しっかりしていますよ。動揺は見せないし気持ちが安定しているタイプ」と話す。
打席に立つ恐怖感という発言については「王さんを超えるというプレッシャーなんですかね。こいつでもそういうプレッシャーあるんだなあという気持ちで見えていた」と話した。
メンタルについて弱いという発言に関しては「わからない」と話した。
次に話を聞いたのは、村上選手の恩師でもある九州学院高校野球部前監督の坂井宏安さんだ。
「坂井さんは村上選手のメンタル面をどう見ていますか?」と聞くと、
「しっかりしていますね。高ぶる場面でもルーティンを守り、表情に出さず、自分をコントロールできている。昔から変わらない」
吉本監督と同様、しっかりしているという回答だ。
打席に立つ恐怖感という発言に対しては「正直な気持ちでしょうね。優勝を決めてからどっと疲れが出たのか、身体がついてこないように見えていた」
実は村上選手は優勝を決めた翌日、坂井さんに優勝を報告するため電話をしている。
56号のホームランがなかなか出ない村上選手に対して、坂井さんは「走塁も守りも一生懸命やっていてチームに貢献している。いつか打てるよ」と伝えた。
“これまでもちゃんと打ってきたじゃないか、大丈夫” という思いを込めたという。
そして「メンタルについて弱い」という発言に対して、坂井さんの回答はとても興味深いものだった。
「ホームランが出ない状況で、自分の状態をもとに戻すのに想像以上に時間がかかった。まだまだ自分は未熟だったという意味で、“弱い”という言葉が出たのではないか」
私は坂井さんのこの言葉を聞いて、村上選手の来季のさらなる活躍を確信した。
最後に話を聞いたのは、この1年の村上選手の活躍を取材し続けた人だ。
ヤクルト担当の坂梨宏和記者。私の同期だ。
坂梨記者は、村上選手について「良い意味で飄々としている。取材に対してもへりくだるわけでも自信満々という感じでもなく、常にニュートラルの状態。自分の芯を持っている。メンタルが弱いとの発言は、非常に高い次元での話なのでは」と語った。
そして披露してくれたのは、とっておきの話。
今年に入ってからの変化についてだ。
「1球単位で気持ちを切り替えるようにした」。村上選手は坂梨記者にそう語ったという。
56号を打った試合の後、気持ちの切り替えについて聞かれた村上選手は、こう語っている。
「自分の気持ちを変えるのも自分次第。打てない間、たくさんの人たちから励ましをもらったが、自分の気持ちは自分にしかわからない部分があるから、自分が自分自身と向き合い、自分の心で解決することが重要だ」
最後は自分…。
そういえば、記者会見の会場でも、村上選手は、「自分自身がやらないといけない」「最後は自分」など、「自分」という言葉を繰り返し使っていた。
実際、私の取材ノートを見返すと「自分自身という言葉、何度?」と記していた。
色々な関係者に聞いても、口をそろえて「自分で考えて自分で練習することができるのが村上の強さ」と言う。だからこそ苦しみぬいたシーズン終盤、村上選手は自分の心と向き合い続け、自分で考え、気持ちの切り替えを繰り返したことで、シーズン最終打席での56号のホームランにつながったのか。
恐怖感やメンタルの弱さという一連の言葉は、極めて高い次元で自分を考え、自分を鍛え、自分を追い込んでいる村上選手の境地だからこそ生まれたもので、やはり村上選手は段違いに「強い」のだ、そう、確信した。
おこがましいかもしれないが、私は、自分の仕事とも重ね合わせた。
与えられた仕事を言われたままやる。マニュアル通り進めてミスをしない。大切なことかもしれないが、私の性格にはどうしても合わない。だから自ら取材し、独自の目線で発信をし、常に自分で考え、新しい何かを生み出すことを大切にし、目指している。村上選手の自分を考えて鍛える姿勢に、改めて勇気をもらえた…そんな取材だった。
最年少の三冠王は、個人記録は二の次
もう一つ、取材を通して強く感じたことがある。
村上選手の関係者3人が、皆、共通することを口にしたのだ。
それはチームのためが第一で、個人成績は二の次ということ。
高校時代の恩師 坂井さんは
「彼の中では優勝が第一で、その次に自分のこと。仲間のため、チームのため。自分が打った時よりも他人が打った時のほうが喜ぶ、そんな人間なんだ」
中学時代の監督吉本さんは
「チームの勝利のために、人が打てば喜ぶし、常に一番前で大きな声を出していた」
ヤクルト担当の坂梨記者は
「個人の成績について語ることはほとんどなく、彼の口から出るのは常にチームのこと」
試合中、仲間が打席に立っている際、村上選手がベンチで大きな声を出して応援し、打てば飛び跳ねて喜んでいる姿を何度も見てきた。
他人のことを思い、チームのために全力を尽くす。
自分自身としっかり向き合い、気持ちを常に切り替える。
その姿勢こそが史上最年少の三冠王につながったのだろう。
そして、チームで番組を作り上げていく日々の私にも、強く響く言葉だった。
11月14日の会見の最後、「来年、三冠王を“防衛する“プレッシャーは?」という問いに、村上選手は
「期待に応えるのも自分自身なので自分のやるべきことをしっかりやって、結果がついてきてくれると信じているのでプレッシャーは特にない」と言い切った。
来年はさらに進化した姿を見せてくれるのではないか。
ヤクルトファンとして、野球を愛する1人として、楽しみでしかない。