日本代表がドイツとスペインを下し、ベスト8まであと一歩まで迫ったサッカーW杯が幕を下ろしました。「W杯の取材が夢だった」という西阪太志キャスターが現地カタールで感じたのは"W杯は人をつなげる"ということ。井上二郎キャスターに熱く語りました。
"西阪ノート"に記されたスタジアムの興奮
西阪太志キャスター
お疲れ様です。カタールから帰ってきました。この帽子、ドーハの市場で売ってたんです。 ずっとワールドカップで仕事したかったので、夢がかないました。
井上二郎キャスター
夢がかなったし楽しかったのも分かるけど、ちょっと浮かれ過ぎじゃないですか? ちゃんと仕事してきた?
西阪)もちろんです。サッカーを子どものころからしていて、選手としては全然うまくなれなくてたいしたことなかった。でも何かしらサッカーの現場に関わりたいと思ってNHKに入るときに面接からずっと言っていたので、W杯を現地で取材することができて、しかもドイツ・スペインに勝つという。日本が勝ったらこんなふうに盛り上がるんだとか、勝つチームはこういう空気で練習して選手はこうコメントしていくんだとか本当に肌で感じることができました。
西阪)仕事の取材ノートが3冊までいったんです。最初のドイツ戦は中継のインタビュアーを担当したので、これがドイツ戦のときの取材メモです。お互いの先発メンバーで、試合でどんなことがあったかって書いて。
井上)あの、一生懸命やったのはすごく伝わるんだけど、字が読めないね・・・。ひょっとしてアラビア語じゃない?これ。 西阪くん、短期間で現地の言葉習ったんだ。
西阪)日本語です(笑)。選手のインタビューを3人担当したので、試合終了直前に誰がどこに来ると決まる。そこからこうちょっと試合のこととか振り返って質問を考えるんです。
井上)ここらへんとか、だってもう、ちょっとごめん、1文字も分からないわ。
<指さしているのが「点取ろう」(西阪談)>
西阪)これは浅野選手のコメントですね。「持っているものをすべて出し切る。(前田)大然(選手)とは互いに、点、取ろう、全力出し切ろう」と話している。
井上)「点取ろう」って、これ絶対文字数足りないじゃん!西阪くん、ちょっと習字やろうよ。
でも実際に日本がドイツ、スペインに勝てると思っていた?正直によ、正直に。
西阪)でもチャンスはあるんじゃないかなとは思ってました。ドイツは直前の親善試合でそんなに調子よくなかったですし、スペインもパスは回るけどそんなに得点力が高いチームじゃないと思っていたので勝負はできるんじゃないかと、願望込みですけど。
ドイツ戦は中継のインタビュアーだったので、前半が終わったときはこのまま負けてしまったときにどういうことを聞くかも少し考えていたんです。だけど、だんだん試合展開が変わってきて。インタビューエリアには早めに着いておかないと選手がすぐに来てしまうので、後半の15分ぐらいにスタンドから移動してスタジアムの室内にあるエリアに下りたんですけど、日本のチャンスが増えてきたので周りの歓声が大きくなってくるんですよね。スタジアムがわーってなる。室内にいてもそれが感じられて。インタビュールームのモニター越しでしたけど、点が入ったときはもう僕とカメラマン、ディレクターと、やったーってめっちゃ叫んでました。
井上)あんまり西阪が叫ぶところは見たことないもんね。
西阪)追いついた、逆転した。一気にそこで試合の重要性、勝利の価値が変わってくるわけじゃないですか。すごくドキドキしながら何を聞くか考えて。やっぱり後半なぜ変わったのかってことにこだわってインタビューしようかなって。何を狙っていたのかとか、どういうところが良くなったのかというのを聞いて。
井上)それが書かれているのがこの"西阪ノート"なわけね。遠藤、伊東っていうのは読めるけど、ほか何書いてるか分からない。
西阪)インタビューは3人のアナウンサーで分担したんですが、私が担当する選手は遠藤航選手、伊東純也選手、酒井宏樹選手の3人に決まりました。2019年からドイツでプレーしている遠藤航選手はドイツ戦に「運命を感じる」と話していたんですね。
インタビューでは「ドイツ戦に運命を感じると話していたなかでこの勝利をどう感じるか」と質問をして、「ドイツでやってきたところを証明できた。正直この試合に懸けていた、あとのことは考えずにまずこの一戦、勝ち点3をとりたいと思っていた。それを達成できて非常にうれしい」という言葉が聞けた。本当に強い思いを持って臨んだんだなっていうのをインタビュアーとして間近で感じることができてすごくよかったなって感じましたね。
カタコトの英語でも"W杯が人をつなげてくれる"
井上)現地では暮らしとか文化も違うでしょ。大変だったんじゃない?
西阪)まず気候が、あちらは気温が日中35度前後くらいまでいきました。
最初に数日街の中を取材したときに、昼間に外に行くと誰もいないんですよね。だから開幕前、W杯盛り上がっていないんじゃないかなって思ったんですけど。気温が下がった夜に市場に取材に行ったらすっごい盛り上がっていろんなところでサポーターが歌っていて、中にはボールを蹴っているグループもいて。
<モロッコとメキシコのサポーターと>
アラブ諸国の皆さんがすごく多くて。初めはツアーで来ているサポーターがたくさんいるのかなと思ったんですけど、モロッコとかチュニジアの方はけっこうカタールに働きに来てカタールに住んでいる人がすごく多い。話を聞いたら、「5年前からカタールに住んでいるけど、もうずっとワールドカップ待ってたよ!」と楽しそうに言ってたのがすごく印象的でした。チュニジアも今回1次リーグでフランスに勝ちましたし、モロッコはアフリカ勢で初のベスト4まで進んだということで、あの出会った人たちきっと今、喜んでるんだろうなと思って。
井上)なるほどね。出会いや交流もあったんだ。
西阪)いろんな国の方とありましたね。日本が勝ったことも大きくて。
ドイツに勝った夜、スタジアムから国際放送センターまでおはよう日本の中継をしに移動する道中でおめでとうって言ってもらって。国際放送センターに入るときセキュリティーチェックがあるんですけど、警備の人に「ジャパン?」って聞かれて、コングラチュレーションみたいな感じでサムアップされたりとかですね。
<声をかけてきてくれた各国のサポーター 撮影:西阪太志>
井上)うれしいね。・・・でも何かさっきからずっとカタコトだね、英語。
西阪)いや、それでも通じるぐらいこう、日本がドイツに勝った、ジャパン、ツー、ワン、ジャーマニー。
井上)なんて!?
西阪)僕も英語できないけれど、言葉ができなくてもサッカーとかW杯があるっていうと、なんだかそれを飛び越えていけるんだ。通じるところはありましたね。
井上)なるほどね。 W杯が人をつなげてくれるっていうのはいいね。サッカーファンだけのものじゃなくて、なんかこう人と人が出会ってつながる場所みたいっていうのは。
西阪)サッカーの結果はもちろん勝っていくにこしたことはないと思いますが、試合で戦ったよね、見たよねっていうことを共通の話題にして会話ができるっていうのはすごくうれしかったです。東京オリンピックも北京パラリンピックも現地に行ったんですけど、無観客だったので。
井上)確かにそうだよね。僕らもおもてなしをしようと東京で待っている側だったけれども、交流っていう点だとちょっと残念なところがあった。今回は世界中が集える場だったんだ。
西阪)NHKでサッカー解説を務めている山本昌邦さんに大会前にお話を伺ったときに、「W杯は"地球の祭典"だから、ぜひそれを感じてほしい」とアドバイスいただいたんですよ。
井上)サッカーの祭典じゃない?
西阪)サッカーというスポーツを通して、全世界が盛り上がると。
ドーハの街はコンパクトなので、いろんなスタジアムに地下鉄で行き来できて、両チームのサポーターが一緒に乗っている。僕が見た限りではそこでぶつかるっていうよりも「お互い試合を楽しもうぜ」みたいな感じで。ウェールズのサポーターが乗っている地下鉄に乗ったんですけど、ウェールズは64年ぶりの出場だったんですよ。「待ってました!」という感じでサポーターがスタジアムの最寄り駅までの車内で歌っている。アメリカ戦だったんですけど、アメリカのサポーターも一緒に歌っていました。
<日本―スペイン戦の終了後、両国のサポーターが共に盛り上がっていた 撮影:西阪太志>
井上)すごい光景だね、やっぱりスポーツってそういう力があるんだね。だから「サッカーに興味ないんです」っていう人も今回楽しめたような気がするんだよね。
西阪)日本代表も最後クロアチアに負けましたけれども、そのときも実は日本以外の国の方も日本のユニフォーム着てけっこう応援してくれていたんですね。サウジアラビアの方が「サウジアラビアも負けちゃったし、日本はすごくいい試合してるから」って日本のユニフォームを着ている人もいました。
夢をかなえると欲張りに 西阪キャスターの"新しい景色"とは
井上)西阪自身、夢をかなえた気持ちっていうのはどういう感じなの?
西阪)夢はかなったけれどもじゃあこれで満足してもういいやとは全然思わないです。現地で日本代表の歴史的なシーンを取材することができてすごくうれしかったですけど、じゃあこれで終わりかといったら、また次もっとすごいものが見たいとか、もっといろんなこと知ってみたいっていうことはすごく思いました。ちょっと欲張りになったかもしれないですね。
井上)夢かなえると欲張りになるんだ。
西阪)なんていうんですかね、これで終わりじゃないんだって。僕が知って「ああよかった」で終わっちゃダメなんで。視聴者の皆さんに、しっかりお伝えすることが役目ですから。
あのスペイン戦の後、日本時間の朝6時ぐらいに試合が終わり、急いでおはよう日本の電話中継の準備していました。するとモロッコの親子が「オー、ジャパン、コングラチュレーション」みたいな感じで、よし写真を撮ろうと声をかけてくる。アルゼンチンのサポーターからは「ユニフォームを交換してくれ」とも言われました。そのときのバタバタとか、見ず知らずの外国人が声かけてくれる喜びを伝えられたことはすごくよかった、自分としてもうれしかったなと思って。だけど、大会を通じてもっと上手く伝えられたのではとか、反省したことも沢山あります。
私もスポーツアナウンサーとして伝え方、表現のバリエーション、いろんなものを磨かないと。4年後はもっとたくさん喜びを伝えて、ベスト8に行ったらどんな景色が見られるのか。選手はどう見たのかっていうところまで伝えていきたいなと思っています。