ことばで命を守りたい ~そしてアナウンサーはスタジオを飛び出した~

NHK
2023年6月6日 午前10:38 公開

私・徳永圭一と井上二郎アナウンサーは5月、奈良県十津川村にいました。気持ちのいい緑と、川のせせらぎ…和歌山県との県境も近いところです。

私たちが放送に出る合間をぬって、いま力を入れているのが、アナウンサーによる「防災教室」です。なぜ「教室」なのか。それは、私たちアナウンサーが「ことばでもっと命や暮らしを守れないか」と考えていくうちに、各地に「仲間を作りたい」という思いに至ったからでした。

(おはよう日本リポーター 徳永圭一)

放送に出るだけがアナウンサーじゃないんです

ここ数年、NHKではアナウンサーが各地に出向いて授業する機会を増やしています。私も、前任地であり、ふるさとでもある岡山で実際に登壇してきましたし、今は全国にアナウンサーを派遣・サポートする事務局を担当しています。コロナ禍で思うように実施できない時期もありましたが、今年度は対面での機会を増やしています。

地震や大雨、大雪などの災害時にニュースを伝え続けている私たちの経験が、少しでも地域の防災のお役に立てないかというねらいです。全国の中学校や高校に募集したところ、多くの学校からリクエストをいただき、できる限り巡ろうとしています。

災害時、人命を守るうえで、最も大切で、かつ難しいのが“避難をうまく行うこと”です。そこで重要なのが、身近な人の呼びかけなのです。

これまで放送であらゆる呼びかけをしてきた私たちが、そのコツやノウハウを各地に伝えれば、もっと多くの人の命が助かるのではないか…。とりわけ子どもたちに伝えれば、親やおじいちゃん・おばあちゃんは、より行動を起こしてくれるのではないか、そう期待しての取り組みです。

東京から約8時間 こんなすてきなニッポンが!

そうした中、今回向かったのが、奈良県の十津川村でした。

事前の電話でごあいさつした学校の先生は「遠いところですが、お待ちしています!」

アナウンス室の同僚も「有名なバス路線だから、ぜひ公共交通機関でいくといいよ」と。

行ってみてよくわかりました。東京・渋谷から、新幹線、地下鉄、私鉄、それにJRの在来線を乗り継ぐこと5時間あまり。着いたのは奈良県のJR五条駅。降りてすぐのバス停には長い路線図が記されていました。

ここからさらに路線バスで3時間余りの旅になります。そして、この3時間が快適そのものでした。

この深い緑、まるで壁のような山肌を“ぼーっと”眺めているうちに着いてしまいました。ちなみにこの吊り橋は、十津川村有数の観光名所です。歩くとギシギシ音がして、揺れます。「多くの人が同時に歩いて渡らないように」と注意書きがあったのが印象的でした。

あまりに村がすてきだったので、少し話がそれました。ここが、今回訪ねた奈良県立十津川高校です。全校生徒62人、ボートや木工芸など、自然豊かな環境を生かした独自の学びや活動に力をいれています。

そして、まるで映画に出てくるようなたたずまい。私も井上アナも「いいところだなあ」ということばが思わず出ました。と同時に、考えさせられることもありました。

学校のすぐ下には「ダム湖」が。そして反対側を見ると…

斜面に点在する家や公民館が見えます。聞けば、学校の教職員のみなさんは、大半がこの近くに家を借り、生徒も半数が村に在住、もう半数が寮生活だといいます。もしここで豪雨災害が起きたら、どうすればいいのだろう?普段ニュースを担当する身として、すぐさま頭をよぎりました。

授業には2年生14人が来てくれました。気が付けば先生たちの姿も…。

十津川村は12年前の2011年、紀伊半島豪雨で甚大な被害を受けた場所です。学校では、半年にわたって防災や減災について考える授業を行っていて、その一環で私たちを招いてくださったとのことでした。普段のスタジオでは実感できない、視聴者のみなさんと直接触れ合う場、身の引き締まる思いがしました。

伝えたいのは12年間の蓄積

教壇に立ったのは、同じく「おはよう日本」で働く仲間、土日祝キャスターの井上二郎アナウンサーです。「紀伊半島豪雨が起きたのは12年前。同じ年、東日本大震災がありました。私たちNHKのアナウンサーが災害報道への向き合い方を改めて考える年でした」と語りかけました。

経験したことのない被害が次々と伝えられたあの日。もっと視聴者の命を守ることはできなかったのかとアナウンサーみんなで考えました。そして出来たのが「命を守る呼びかけ」です。

今、地震や水害などのニュースを伝える際には、原稿に書かれた情報を読んで伝えるだけではなく、大雨の被害が予想される時は「雨が強まる前に、地域のハザードマップを確認するなど、近くに危険な場所がないか確認してください」、地震が起きた時は「近くに一人暮らしのお年寄りやお子さんなどがいれば、声をかけて無事かどうかを確かめてください」などと呼びかけます。

実は災害時のニュースでは、画面の映っていないところにも大勢のアナウンサーがいて、用意しているたくさんの呼びかけの中から「これが適切ではないか」というものをメモにしてどんどん渡しているのです。

身近な人だからこその呼びかけ

井上アナが「呼びかけ」の舞台裏の様子を話すと、みんな真剣な顔つきになっていました。そこで井上アナが畳みかけます。

私たちアナウンサーは日々思いを込めて呼びかけの文言を考えているけれど、実はテレビ・ラジオのアナウンサーの言葉よりも、身近な人の熱のこもった呼びかけの方が、避難行動につながるということが調査でわかってきています。村の人を守るには、皆さん自身が呼びかけを考えることが一番。今から一緒にオリジナルの呼びかけを考えませんか」と。

これが、防災教室の「肝」です。十津川高校では「大切な友人に伝える」「校内放送で避難を呼びかける」「村の人に広く呼びかける」の3班に分かれ、大雨で浸水するおそれが出てきた想定で、オリジナルの呼びかけを話し合いで決めてもらうことにしました。そして、30分後・・・

聞こえてきたのは、私たちアナウンサーも思わず感心する、地域に住む人ならではの「呼びかけ」でした。

全校生徒に校内放送で呼びかける時

ダム湖の河原の石が見えなくなってきたので、校舎に水が上がってくるかもしれません。急いで、込之上の公民館に逃げてください」(込之上は地元の地名)

と、学校の寮や近くに住む人だからこそピンとくる表現でした。

村全体に呼びかける時

高くて安全なところまで逃げてください。山の斜面から離れた場所に避難してください。逃げる時間がなければ身近にある高いところに避難してください

と、村の地形全体を意識した表現になっていました。

思わず感心する井上アナと私。起きてほしくはないけれど、いざという時には、この言葉が生きればいいな、そう感じた1日でした。

さあ、あなたも“ことばで命を守る仲間“に

あなたは、誰に避難を呼びかけますか?そして、なんと言いますか?

ストレートに伝えますか?それとも、さりげなく誘いますか?

1度考えておくと、いざという時にふと思い浮かぶものです。

“晴れの国”と言い続けてきた後悔

最後に、どうして徳永がこんなに防災教室に取り組んでいるのかを書かせてください。

5年前の2018年夏に、地元、岡山局に勤めていた私は、西日本豪雨に直面しました。

岡山は私のふるさとです。昔から、ことあるごとに「岡山は災害が少ねえけん、ええとこじゃ」と言ってきました。

しかし、災害は起きました。石碑や文献をみれば、かつて何度も水害が起きていたことが記されていました。もっと、普段の放送で危険性を伝えておくべきではなかったか。防災への意識を高める雰囲気を地域に作ることはできなかったのか。それらを公共メディアの1人として担うべきではないのか。そうみずからに問いかけてきたのです。

教室で集まった人と触れあううちに感じていることがあります。それは「教室と言っているけれど、ことばで周りの人の命を守る“仲間”をつくっているのだな」ということです。この活動が、もしもの時、役に立てば。そう願ってやみません。もちろん何も起きないことが一番なのですが…。

NHKでは、アナウンサーの呼びかけの一部をウェブサイトで公開する取り組みも始めています。大雨や大雪に加えて、新たに熱中症の呼びかけもご覧いただけるようになりました。みなさんも、ぜひご活用ください。

NHKアナウンサーの命を守る“防災の呼びかけ”