なぜ上がり続ける?出産費用

NHK
2023年9月26日 午後6:50 公開

「出産費用が高すぎて、産むのをちゅうちょしてしまう…」

取材中、出産した親から聞いた言葉です。

出産費用の全国平均は年々上がり続けており、10年前から6万円以上値上がりして2022年度は48万2000円と高騰しています。

見えてきたのは少子化の影響で費用が上がり続ける構造でした。

(おはよう日本 ディレクター 大間千奈美)

出産費用の負担、大きすぎる…

「出産費用、どのくらいかかりましたか?」

東京都内の子育て支援の広場で、出産した親に話を聞くと、負担が大きいとの声が次々と上がりました。

ことし5月都内で出産した母親「10万円以上になりました(出産育児一時金50万円を除く)。収入はあまり上がらないし、子どもでお金がどんどんかかっていくのに最初に産んで大変なときに一気に出費があると『いたいな』って。住んでいるところの周りに産婦人科の数があまりなくて、破水とかした時にタクシーで行ける距離で選んだので、その産科一択みたいになってしまい、選ぶこともできなかった」

ことし4月都内で出産した母親「なにかをプラスしてオプションをつけて豪華にしたとかでもなんでもないんですけれど30万円近くかかりました(出産育児一時金50万円を除く)。生活していく上では圧迫するなと感じています。経済的負担がどうしても大きく、次の子を産むっていうことに対してはちゅうちょしてしまいます」

「地域」や「施設」によって大きく異なる費用

一方、住む地域によっては負担がそこまで大きくないという声もあります。

実は、出産費用は地域によって大きな差があるのです。

平均の出産費用が最も高い東京都では60万円を超えているのに対し、最も低い熊本県では36万円。24万円もの差があります。さらに、公的な病院よりも私立大学病院などの私的病院の方が高いなど、産科施設ごとの差も大きいのです。

こうしたバラツキが生まれる背景には一般的な医療費と異なる仕組みがあります。

出産は費用を自由に決められる「自由診療」

通常私たちが病気やけがをした時は「保険診療」で同じ治療を受けると料金は全国一律。通常その3割を患者が負担しています。

一方、出産は“病気ではない”ということから、原則保険のきかない「自由診療」です。費用をいくらにするのかは産科施設が自由に決めることができ、制限はありません。ただし、妊婦の経済的な負担を軽減するため、健康保険から出る出産育児一時金が全国一律で支払われる仕組みになっています。出産育児一時金はこれまで子ども1人あたり原則42万円でしたが、実際にかかる出産費用の全国平均がそれを上回る状況が続いていたため、政府はことし4月、原則50万円に引き上げました。

厚生労働省が行ったアンケート調査によると、出産育児一時金の引き上げが決まった去年12月の翌月以降、出産費用を値上げした施設は26%にのぼっており、ことし5月時点の平均出産費用は50万3000円と去年より2万円余り増えています。

産科施設が出産費用を上げれば妊婦の負担の軽減につながらず、出産育児一時金をまた上げるといういたちごっこになるのではと子育て支援を行う団体を中心に問題視する声もあります。

赤字も… 厳しい産科施設の経営

産科施設が出産費用を上げる背景に何があるのか?

取材を進めると、コストの上昇によって経営が厳しさを増していることが見えてきました。

<静岡県焼津市 前田産科婦人科医院>

静岡県で30年前に開業した診療所です。去年ここで生まれた赤ちゃんは522人。出生数が年間800人ほどの焼津市の出産を支えています。

基本の出産費用は52万円。妊婦の負担を最小限におさえるため10年以上値上げしていませんが、年々経営が厳しくなっており、去年は3000万円の赤字を計上したといいます。

「人件費」「医療機器」…上がる↑固定費

コスト増加の最大の要因は「人件費」。

30年前の開業当初と比べると非常勤の医師は10人増えて11人、助産師・看護師にいたっては3倍の21人の態勢になっています。

背景には高齢出産の増加などで、より安全な出産が求められるようになり、夜間緊急の帝王切開や、産後ケアなどに対応してきたことに加え、働き方改革で長時間労働が難しくなったこともあるといいます。

さらに、高額な医療機器も負担になっています。

<1台200万円以上の「分娩監視装置」 7~8年に1度は買い換えも必要>

胎児の心拍を図る「分娩監視装置」は1台あたり200万円以上。一度に出産が集中することもあるため、10台設置しています。

他にも1台2000万円近くかかる「超音波診断装置」や、手術中の停電に備える「無停電装置」なども常備しておく必要があり、定期的に買い換えが必要になるため大きな負担となっています。

少子化で収入↓ 担い手不足も深刻

少子化の影響で分娩数はこの5年で130件ほど減少しています。一方、人件費や医療機器を減らすことは難しく、経営は厳しさを増しています。

<院長がほぼ毎日泊まっている当直室>

医師や助産師、看護師の勤務時間も不規則です。

いつ起きるか分からない出産に備えるため、24時間スタンバイの状況が続きます。妊婦に安心してもらうため、出産はできるだけ同じ人で対応したいと院長自らが担っており、院長が自宅で寝るのは年に2回ほど。ほぼ毎日診療所に泊まる生活を続けています。

地域に根ざす常勤医を見つけることも難しく、後継者もいないため、続けられなくなれば地域全体にも影響が出てきます。

前田院長は妊婦の経済負担軽減だけでなく、地域の出産を支えている産科施設が持続的に経営できるような仕組み作りも必要だと考えています。

<前田産科婦人科医院 前田津紀夫院長>

前田津紀夫院長「医療機関が減っていけば、その分妊婦さんが遠くまで通わなくてはいけなくなると思いますので、特に出産のときに遠くまで行かなきゃいけないっていうのは大変不安だと思います。医療安全の観点から言っても、一部の産科的な疾病は10分~15分で病院に来ないと赤ちゃんが危ないというケースがあり、それが達成されなくなってしまうことも問題です。妊婦さんにとっても産む場所がなくなるといくら金銭的に援助しても逆に困る事態になるんじゃないかなというのは懸念してます」

少子化が費用高騰に拍車をかける?

厚労省の委託で出産費用の研究を行った田倉智之日本大学医学部教授は、医療経済学の観点から見ると「少子化で出産費用が上がりやすくなっている」と言います。

田倉智之教授「産科施設側から見ると収入が減っても減らせない固定費があるため、少子化になると1人あたりの出産費用が大きくなります。一方、妊婦側から見ると、出産年齢が上がるほど、また1人あたりの出産回数が少ないほど、出産費用が高くなり、価格の安さよりも安全・安心を優先する傾向が強くなることが分かっています」

そのうえで出産費用が上がり続ける状況が続くと、問題はより深刻になっていく可能性があると言います。

田倉智之教授「出産費用が上がり続ければ、経済的に厳しい家庭であればあるほど負担が大きくなり、それを理由に産めない人が多くなると少子化はより加速してしまいます。また、出産育児一時金の財源は健康保険であり、社会全体で負担している以上価格を適正化していく必要があります」

出産費用の「見える化」は来年4月から 「保険適用」の議論も

上がり続ける出産費用の問題をどうにかしようと、いま、国も動き始めています。

まず取り組んでいるのが費用の「見える化」です。

厚生労働省は来年4月をめどに公的病院、私的病院含めたすべての産科施設の費用やサービスを専用のウェブサイトでまとめて公開することにしています。

<見える化ウェブサイトのイメージ(厚労省の資料より)>

これによって複数の産科施設の費用などが比較検討できるようになれば、妊婦が産科施設を選択する際の材料が増えます。また産科施設側の積極的な情報提供などにより、どのサービスにいくらかかっているかが分かれば、必要なものだけに絞って予算を調整するなど、産科施設側と相談しやすくなるといった効果も期待されます。

また、通常の医療と同様に保険適用すべきという議論も出てきています。

費用が全国一律になりサービスも標準化されて、公平で適切な社会負担が進む一方、固定費が高い地域などでは産科施設の収入が減り経営難になるという指摘もあります。

出産を支える産科施設が減ってしまうと、妊婦が遠くまで通うことになり、身体的な負担が大きいだけでなく、場合によっては母子の健康に悪影響が出かねません。子どもを産みたいと思ったときに経済的な理由で諦めることがないよう、経済的負担の軽減も喫緊の課題です。持続的な出産のあり方を考える時期に差しかかっているのではないでしょうか。

この問題について、皆さんと一緒に考えていきたいです。

あなたの周りで起きている出産費用にまつわる問題や困っていることはありませんか?ぜひ声をお寄せください。

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