私、三宅民夫は今70歳。もし人生が100年あるとしたら、まだあと30年あります。ワクワクする思いもないわけではないですが、正直なところ「30年どうやって生きよう…」と重苦しい気持ちのほうが大きくなってしまいます。そんな"人生100年時代”を「素晴らしい贈り物だ」と受け止め、生き方を提言しているのが、リンダ・グラットンさんです。
いったいどうすれば前向きに生きられるのでしょうか。リンダさんが語ったのは人生のステージを柔軟に考えることと、「学び」の大切さでした。
(元NHKアナウンサー 三宅民夫、おはよう日本ディレクター 山野弘明)
6割以上が「うんざり」!? 人生100年時代に必要なのは「マルチステージ」
リンダ・グラットンさんは、明るい笑顔を浮かべてインタビューの部屋に入ってきました。
会話を初めてすぐ、2023年はポジティブな1年になるだろうと伝えてきました。
リンダ・グラットンさん
「私は、この1年は新型コロナのパンデミックを振り払う1年になると考えています。ですから、古い友人と再会してまた新しい友人をつくる"友情の年"でもあると思います。私はいつも前向きです。2023年は私たちが前進する年です。これから起きることにすごくワクワクしています」
リンダさんはイギリス・ロンドンビジネススクールの経営学の教授で、"人生100年時代"の到来とその生き方を説いた著書「LIFE SHIFT」は世界的なベストセラーになりました。
少子高齢化が進む日本には何度も訪れ、政府が立ち上げた「人生100年時代構想会議」で”終生現役“の社会を提案しています。
ただリンダさんが「ワクワクする」という人生100年時代ですが、人材教育などを行う「ライフシフト・ジャパン」が5000人を対象にして行った意識調査では、「ワクワクする」よりも「どんよりする」のほうがはるかに多く、61.2%に及んでいます。その理由としては、健康寿命が短い、年金・老後資金が不安など、健康やお金に不安を感じる人が多いという結果でした。
どうすれば「うんざり」せずに生きていけるのか、リンダさんは、まず人生を"これまでとは違うサイクルで"捉える必要があるといいます。
リンダ・グラットンさん
「昔は教育、勤労、引退の3つのステージで人生を送っていました。でも私たちが長寿になり、技術革新が進む今、ライフサイクル全体に対する考え方を変えなければならないのです。教育は人生を通じてずっと続くものだと考えなければなりません。仕事についても、若いうちに休みを取って子どもと一緒に過ごせるように、もっと柔軟に考えなければなりません。年をとったら、例えば旅行や勉強のために休みをとることもできます。引退についても、働きながら引退も同時にできるように、もっと柔軟に考えなければなりません。それが著書でも紹介した「マルチステージ」という考え方です。多様な生き方や働き方をするということで、今年こそそれに挑戦する年だと思います」
―人生100年時代になると、なぜ「マルチステージ」の生き方が大事なのでしょうか?70歳の私のような高齢者はどうすればよいのでしょう。
「3つのステージだけでは、あまりに融通が利かないと思うからです。『引退』という言葉が、私たちの考え方や生き方を硬直化させたのだと思います。働いていたと思ったら、次の瞬間にはぷっつりと途切れて引退するというようにね。例えば60歳で引退してゴルフだけをして過ごすには、100年の人生は長すぎます。他に人生を楽しむ方法を見つけなければなりません。三宅さんや私のように70代まで働くこともできます。家族と過ごす時間を大切にしながら旅行したり、小さなビジネスを経営することもできるかもしれません」
現役世代に必要なのは「独自のスキル」
私たち高齢者にとっては、まず「考え方を切り替えることが必要」だというリンダさん。
ではもっと若い世代はどのように準備していけばいいのか、続けて聞いてみました。
―会社でバリバリ働く現役世代は、人生100年時代を生きるために何が必要ですか?
「40代、50代の人たちは一生同じ会社に勤めるのが当たり前の時代で過ごしてきましたが、今や世の中が変わりました。転職は日本でもっと受け入れられると思います。日本の労働市場は人材不足で、職を求める人より求人のほうが多いのですから。ただ30代、40代で新たな職を見つけるためにはスキルが必要です。現役世代は、カバンにいれて持って行けるような“持ち運べるスキル”を身につけることが賢明だと思います。具体的には、私は文章を書くことやプレゼンテーションが得意です。こうしたスキルは別の会社でも生かすことができます。必要なのは『独自のスキル』です。さまざまな仕事で応用できるものでなければいけません」
―ただ日本では、総務省の「労働力調査」によれば、働く人の36.7%はパートや派遣などの非正規労働者です(2021年の1年間の平均)。学ぶ余裕もお金も無いという人も多いと思います。そういう状況で、どうすれば「独自のスキル」を身につけることができますか?
「どの国でも同じ問題に直面しています。別の仕事に就くために新たなスキルを学ぶためのお金や時間の余裕がある人もいる一方で、シングルマザーや低所得者など、それができない人もいます。それぞれの国で、政府がどんな支援をすべきかが問題になっています。イギリスでも、学んでスキルを身につけるために政府がどんなセーフティーネットを提供するべきか議論になっています。ベーシックインカムのような形で国民に現金を支給している国もあります。世界中のそれぞれの国の市民にとって非常に重要な問題なのです。簡単な答えはありません」
「人生100年時代」を生き抜くためには、学びたいことを学んで「自分だけのスキル」を身につける仕組みづくりが必要だとリンダさんは強調していました。
ただ、全ての人が実現するのは簡単ではありません。
リンダさん自身どこでも通用する手法はなく、難しい問題だということを認めています。
この理想をどう実現していくのか、社会のあり方が問われているのです。
若者よ!リスクをとれ
最後にうかがったのは、より若い世代の生き方についてです。
意識調査では10代から20代の若い世代も、「人生100年時代」に対して、39.8%が「どんよりする」と答えていました。
少子高齢化が進み、経済も停滞が続く日本で、若者はどのように100年の人生に臨めばよいのでしょうか。
―日本では、今年18歳になり成人を迎える若者が112万人と推計されています。これから社会に出る18歳や若い世代へのアドバイスはありますか?
「さまざまなことを学び、自分の選択肢を増やすこと。これをやめてしまうと、将来の可能性を閉ざすことになります。いま若い人たちは、長い人生で“自分は何ができるのか”“どれだけいろんなことができるか”が問われています。18歳に伝えたいのは、リスクを負う覚悟を持ってほしいということです」
―リスクを負うといっても、若い人たちは心配しています。収入がある仕事に就けるのか、高齢者を支えていけるのか、そういう重い気持ちを持っています。
「日本の若い人たちは、高齢者の面倒をみることを負担と感じているようですが、そんな心配をする必要はありません。高齢者は、自分の面倒は自分でみられます。若者に面倒を見てもらおうと思ってはいけないのです。私たち高齢者が子どもたちを解放し、新しいスキルを身につけて人生を最大限に活用できるようにしなければなりません」
―それは、元気な高齢者は若い人たちが元気になるようにしないといけないということでしょうか?
「そのとおりです。これは母親としての私の意見ですが、親がすべきなのは、子どもを束縛せず、心配しすぎないこと。そしてリスクを取らせ、失敗する機会を奪わないことです。日本はいま、以前ほど新しいものを生み出す国ではありません。起業家が生まれる土壌がなくなったことが理由です。日本が繁栄するためには、親は子どもを自由にさせること。そうすれば子どもは起業家にもなれるし、リスクも取れる、そして世界に羽ばたくこともできます。もし私たち大人が子どもたちを箱の中に閉じ込めてしまったら、成長できません。「人生100年時代」とは「贈り物」です。世界には100歳どころか50歳まで生きられない人がたくさんいます。だから100歳まで生きられるのは、幸せなことだと思って生きてほしいのです」
取材を終えて "ひとしく挑戦できる社会へ"
聞いてこそ分かることがある。インタビューの醍醐味です。リンダさんに会ってまず驚いたのは、その前向きな明るさ。「人生100年」の意味を伝えたいとの気持ちが、みなぎっていました。それはどこから来るものなのか?
耳を傾けると、終盤、特に思いが胸に響くところがありました。「リスクを負う覚悟を持って」という若者への言葉。「親は子どもを束縛せず、失敗する機会を奪わないこと」と続け、それを日本社会の課題との認識も示しました。実は収録では、彼女は21歳の頃みずから中東・アフリカなどを旅し、息子が18歳の時にインドや中国などに住むように勧め、「不安をこらえ別れを告げた」との思い出も語っています。「探検」と呼び、新しい技術を学び、友人をつくる大事さを説きました。
長くなる人生。回り道もよい。それが社会の力となり、老後も豊かにしてくれる。若い人たちが、ひとしく挑戦できる社会!これからの豊かさかもしれないと考えさせられました。