【なぜ】ウクライナ軍事侵攻 そもそもの背景・ロシアの思惑は? 石川一洋解説委員

NHK
2022年2月28日 午後6:05 公開

ウクライナへのロシアの軍事侵攻の背景、今後の動き、そしてプーチン大統領の思惑は。旧ソビエト時代から取材を続ける元モスクワ支局長・石川一洋解説委員が徹底解説します。

(2月27日の放送をもとに、読みやすいように文言を一部加筆・修正しています)

「キエフの攻防戦が今後の帰趨を決める」

――長年ロシアを取材してきたが、今回のロシアによる侵攻を予想していましたか。

石川 あるかもしれないと思いつつ、いやそんなことはないと思っていたのが正直なところで、非常に衝撃を受けています。

<石川一洋解説委員 元モスクワ支局長 旧ソビエト時代から取材>

――いまの戦況を石川さんはどうみますか

石川 プーチン大統領は権力の中枢である首都キエフをおさえて早期決着を目指していると思います。彼が恐れるのは、戦闘が長期化して戦死者が増えて泥沼化し、ロシア国内での反戦機運、反発が強まることだと思うんですね。

ウクライナ軍はロシア軍が東部・北東部から来ると思っていたからそこに精鋭部隊を配置したけれど、首都キエフの守りが手薄になった側面がある。そこをベラルーシと共同演習を終えたロシア軍に北から突かれた。

ただウクライナ側は長期戦に持ち込むと徹底抗戦の姿勢は崩していません。キエフの攻防戦が今後の帰趨を決める重要な戦いになると思います。

なぜプーチン大統領は侵攻を決断したのか。石川解説委員が考える要因は大きく3つ―

①ウクライナのNATO加盟阻止

②プーチン大統領のウクライナへの強い執着

③国境線への不満

この3つを軸に掘り下げていく。

侵攻決断の理由①ウクライナのNATO加盟阻止

「ウクライナのNATO加盟阻止」については30年前にきっかけがある。1991年、それまで1つの国だった旧ソビエトが崩壊し、15の独立国ができた。NATOはもともと旧ソビエトとその同盟国の脅威に対抗するための軍事同盟だった。そのNATOに旧ソビエトの同盟国だったポーランドなどが加盟。さらに旧ソビエトから独立した国々までもNATOに加盟し、プーチン大統領は強いいらだちを隠さなかった。その後も加盟国は増え続け、ウクライナもNATO加盟に意欲を示す。

プーチン大統領は、ウクライナのNATO加盟は越えてはならない一線だと警戒している。

――かつての同盟国や旧ソビエトの国も加盟しているが、なぜウクライナだけだめなのでしょうか?

石川 過剰な防衛本能の権化がプーチン大統領と言えるんですね。

ウクライナがNATOに入りミサイルが配備されればモスクワまで数分で届くという危機感、それは確かにある。またロシアが弱かった90年代に傷に塩を塗り込むような形でNATOが拡大したという恨みもあるでしょう。

ただ私は、この安全保障の問題であれば交渉でアメリカとの何らかの妥協、交渉を続けることは可能だと思っていました。

なぜかというと、今ロシアが侵攻しましたが、ロシアの安全保障の強化につながるのですかと。決してそうではないですよね。侵攻した結果として、ウクライナは徹底抗戦する、国際社会は制裁する、アメリカはヨーロッパに軍を派兵する、ヨーロッパは軍事力を強化しています。
侵攻の結果、ロシアの安全保障はむしろ危うくなっている。だから私は、プーチン大統領は踏み切らない、踏み切ってほしくないと思っていたけれど、私自身もプーチン大統領のいわばウクライナへの執着というのを過小評価していたと思っています。

侵攻の理由②プーチン大統領のウクライナへの「強い執着」

プーチン大統領のウクライナへの強い”執着“が、決断を後押ししたのではないか。そこにはロシアとウクライナの歴史が深く関係していた。ウクライナの首都キエフの歴史から紐解いていく。

ドニエプル川の岸辺に広がる街・キエフ。旧市街の聖ソフィア大聖堂は世界遺産に登録され、ウクライナだけではなくロシアやベラルーシにとっても特別な街だ。9世紀、今のロシア・ウクライナ・ベラルーシの地域には、東スラブの人々が国家を形成し「キエフ・ルーシ」ができた。東方正教会もこの地で受け入れられ宗教も言語も同じだった。今のロシアという名前もこの「ルーシ」から来ている。

キエフは長らくキエフ・ルーシの中心だったが、13世紀、モンゴル帝国によって破壊される。そしてその後台頭したのがモスクワだ。こうした歴史からプーチン大統領はウクライナを「兄弟国」と呼んでいる。

――ウクライナは兄弟だというくらい強い思い入れつながりを感じているんですね。

石川 プーチン大統領は去年7月に発表した論文の中で「ロシア人とウクライナ人は同じ民族、ナロードだ」と述べてるんですね。私はこの言葉を聞いて、30年前、ノーベル文学賞作家でロシア愛国者のソルジェニーツィンが「生木を裂くようにロシアとウクライナを分けるようなことはやめてくれ」と叫んでいたことを思い出すんですね。

ただ、愛国者としては分かるんだけど、それから30年たっても大統領が同じようにウクライナを兄弟だと思って、自分から離れてNATOに加入するのを許さないというのは驚きです。プーチン大統領の意識はまだソビエト時代にとどまっているようにも思います。

――ウクライナはどう思ってるのでしょうか?

石川 ウクライナには、そうした兄弟の意識は今はないと思いますね。ウクライナは当初はあいまいだったウクライナの国民意識というものを30年間でつくり上げてきた。

ゼレンスキー大統領はこの戦争の前にロシア国民への呼びかけの中で“ロシア人とウクライナ人は違っている。でも、違っているからそれがなぜ対立する原因とならなきゃいけないんだ”と言ってるんですね。

――ウクライナは国ができて30年たっていて、それぞれの国で道を歩んでるのだからそれでいいじゃないか、と。

石川 30年でウクライナの国民意識というものができてきたわけです。

――日本に在住するウクライナ人女性に話を聞くと「ロシアがストーカーのような気がしてならない、それぞれ違う道を行っているのになぜついてくるんだ、執着してくるんだ」と話していました。

石川 その気持ちは分かりますね。

侵攻の理由③国境線への不満

石川解説委員が、ロシアが侵攻した要因としてさらに挙げたのが「国境線への不満」。実は軍事侵攻の前にプーチン大統領の考えが読み取れる演説があった。

プーチン大統領(2月21日)

「いまのウクライナはロシアによって作られた。しかもレーニンとその仲間(共産主義者)がロシアの歴史的な領土を切り離す形で」

石川 プーチン大統領によれば、本来はウクライナの東部と南部はロシアの土地なんだ、それを無理やりレーニンがウクライナに含めてしまったんだと。ソビエト連邦崩壊のときに当時の両国の首脳はその境を国境としよう、ただしそれは「友達であれば」という条件だった(と、ロシアは思っている)。しかし今ウクライナはプーチン大統領にとっては友達ではなく、NATOという敵になろうとしてる。じゃあ友だちではくなるのだったら領土を返せとプーチン大統領は言っているようなものです。しかし国境線についてはその後ロシアとウクライナの2国間の条約で確定していますから明らかに国際法の違反なんですね。

――軍事侵攻したプーチン大統領は何を目指しているのでしょうか?石川さんは「ウクライナの非武装化と中立化」とみていますが。

石川 今のロシア軍の動きを見てみますと、まずウクライナ軍の武装を破壊して軍事的な抵抗能力をなくすと。そしてまず首都の権力中枢を抑えてウクライナに事実上の降伏による停戦と中立化に関する条約なものを飲ませるのが狙いのように思います。

――ウクライナの中立化とは具体的にどういうこと?

石川 端的に言えばNATOに加盟しないと約束させること

ロシアの侵略は国際法違反の暴挙で正当性は全くありません。だからおそらくウクライナの大統領と議会、つまり今の正統なウクライナ権力の枠組みを残して彼らにロシアの要求をのませ、その後ウクライナ政府の名の下に軍の戦闘停止と武装解除の命令を出させるのが私はプーチン大統領のシナリオだと思います。

――ウクライナ・ゼレンスキー大統領の考えは。

石川 ゼレンスキー大統領の発言で胸を打たれたのは、 「誰も我々のために戦ってくれない」と述べているんですね。アメリカのバイデン大統領は、当初からアメリカ軍は派兵しないことを明言していました。ここに国際政治の非情さというものを感じて胸が痛むのですけど、逆に言えばいかに苦境にあるウクライナを支援するか、国際社会のほうが問われていると思います。

――ロシアへの制裁にはどこまで効果があるものと考えてよいのでしょうか。

石川 ロシアというのは経済が言ってみれば自己充足的で、ソビエト時代、孤立した経験があって、はっきり申し上げて、経済制裁があっても我慢できる国なんですね。

――とはいえ侵攻は許されるものではない。

石川 全くですね。僕は今回みていて、30年前、連邦崩壊の時にロシアとウクライナの当時の首脳は、いろいろ不満はあるけれど国境線のことを問題に出したら戦争になると。だから、そのときの境界を国境線にしよう、戦争をしないようにしよう、とした。その原点を30年経ってプーチン大統領が破ったと。ロシアでもなぜウクライナと戦争かと多くの人が感じていて、戦争を歓迎する熱狂的な雰囲気は何もないんですね。戦争は人が死ぬことで、特に大切な、若い人が死んで、彼らの未来がなくなるということで、全く暗澹たる気持ちです。まずロシアが、軍事行動をやめて、早急に平和的な交渉の道に戻ってほしいと思います。

【2022年2月27日放送】

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