実現する!? 「台風制御」研究の最前線

NHK
2022年10月5日 午後7:57 公開

台風などによる気象災害は近年、激甚化しているとされています。

先月、日本列島を縦断した台風14号も記録的な大雨をもたらしました。

台風による被害を何とか抑えたいと、新たな研究プロジェクトが始まっています。

その中には台風に飛行機で突入し、観測を行う研究者もいました。

(取材:森下絵理香アナウンサー、中村優樹ディレクター)

(イラスト:森下絵理香アナウンサー)  

台風の実態を明らかにする

台風研究の第一人者、名古屋大学の坪木和久教授は、台風の実態を明らかにする最新の研究に取り組んでいます。

名古屋大学 坪木和久教授

「台風は日本人になじみが深いので、よく分かっていると思われるかもしれませんが、 台風にはまだ分かっていないことがたくさんあります」

台風14号は9月7日にフィリピンの東の海上で発生し、発達しながら北上。

17日未明には中心気圧は910hPaに達しました。

台風に飛行機で突入する

坪木さんたちは、まさに発達中のこの台風14号を16日と17日に観測を行いました。

その方法は、なんと飛行機で台風に突入し、中心にある「目」にまで入って直接観測を行うというものです。

そんなことができるのかと驚く人もいるかもしれませんが、台風の中で風が強い状態になるのは地表から高度3キロから4キロまでだそうです。

観測用の飛行機が飛ぶ高度はそのさらに上です。

研究者によれば「飛行は事前に国に届け出を行い、安全性を確認したうえで行っています」とのこと。

9月17日、観測用に改造された小型のジェット機は、研究者たちを乗せて沖縄県宮古島の飛行場から離陸しました。

そして1時間20分後、台風の分厚い雲の中に入ると窓から見える光景は真っ白になり、さらにレーダーを頼りに飛行を続けます。

すると窓から入る光が明るくなり、機内に声が響きます。「目の中に入った!」

<機内から見た台風14号の目>(画像提供:T-PARCII/名古屋大学・横浜国立大学)

機内では慌ただしく人が動き観測を行います。

使うのは「ドロップゾンデ」と呼ばれる観測用の機器で、台風の目の中やその外側でおよそ50個を投下します。「ドロップゾンデ」は落下しながら気圧、気温、風速などを1秒ごとに測定しデータを送信してきます。

得られたデータは、坪木さんの所属する名古屋大学を通じて気象庁や世界中の気象予報機関に即座に共有され、より精度の高い予報に活用されています。

新たな発見もあった観測

今回の観測で、台風の急速な発達のメカニズムの謎を解く手がかりを得ることができたということです。

台風では、中心の目をとりまく「壁雲」(かべぐも)と呼ばれる垂直方向にそそり立つ巨大な雲ができます。その「壁雲」もどのように発達するのか詳しくは分かっていない部分が多くあります。

16日の段階では、まだ形がはっきりしていなかった「壁雲」は、17日には分厚く発達していました。

台風が急速に発達するまさにその状況がわかる貴重なデータが集まりました。

名古屋大学 坪木和久教授

「この台風は16日から急発達というプロセスを経てスーパー台風になったわけです。まさにそのスーパー台風になる前からスーパー台風になった後 、その変化を観測することができたというわけです」

坪木さんによると、最大風速60メートル前後に達するいわゆる「スーパー台風」への発達期を2日間にわたり目の内部で観測できたことは、学術目的としては世界初のことだといいます。

こうした研究を積み重ね、台風のメカニズムを解明することで、被害を減らすための研究につなげていきたいと考えています。

名古屋大学 坪木和久教授

「まずは相手をよく知って、そしてその何をどうすればこう変わるということが分かることが必要です。そうすれば、台風を制御するということにつながっていくわけですね」

“台風を制御”するための研究も

台風による被害を減らすための「台風制御」という技術開発を目指すプロジェクトもスタートしています。

その名も「タイフーンショット計画」。ことし9月、全国から60人の専門家が集まってキックオフミーティングが行われました。会場は去年、横浜国立大学に設立された台風専門の研究機関です。

この会議を取材したのは、「おはよう日本」のキャスターで気象予報士でもある森下絵理香アナウンサーです。

この会議の中ではいくつもの手法が検討されています。

台風を横から断面を見ると、台風の目に向かって風が吹いていて、この風の通り道に沿って暖かい海からの水蒸気が「目」の周りで雲に発達することで、台風は勢力を強めていきます。

この水蒸気 が台風を発達させるエネルギーになっています。

このエネルギー源である水蒸気を断つことで台風の勢力を抑えることができないかという研究です。

その手法の中から例として紹介します。

▽台風から少し離れた周辺で、飛行機から“雲の発生を促進する物質”を散布し、雲を発生させます。そうすると別の風の通り道ができて台風の目に向かう水蒸気が減るため、台風の発達を抑えることができるというものです。

▽もう一つは、船などでアプローチし、検討中のいくつかの方法で海水の温度を下げ、発生する水蒸気の量を減らそうというものです。

さらには、台風で発電して「台風を利用してしまおう」という計画もあります。

無人の船を台風の真下の海上を航行させ、風のエネルギーを電気に変えようという構想です。風のエネルギーを奪うことで、台風の威力を弱めることにもつながります。発電を行う「風車」にあたる部分は船の上だと壊れてしまうので、船の下に取り付け、台風の風で起きる強い海水の流れを使って発電することを考えています。

プロジェクトのリーダーを務める横浜国立大学の筆保弘徳教授によると、こうした台風制御の手法を用いて台風の最大風速を3メートル抑えることができれば、被災する建物の数を3割減らすことができるというシミュレーションもあるそうです 。

横浜国立大学 筆保弘徳教授

「台風制御という誰もまだやったことのない前人未到な研究をこのプロジェクトではやりたいなと思っています」

2050年の実現を目標に

今回のプロジェクトには、飛行機を使って台風の直接観測を行っている坪木さんも参加しました。

台風の研究者だけでなく、防災、海洋工学、さらに台風被害の補償に詳しい損害保険会社などさまざまな分野の専門家が集まりました。

2050年までの実用化を目標に研究を進めることにしています。

横浜国立大学 筆保弘徳教授

「台風は見方を変えると、我々の生活にプラスになることも実はあるのではないかと思っています。もっともっと台風という怖いものから、台風って恵みになるんだよっていうことを示したいなと」

台風の制御や利用など、壮大なプロジェクトになりますが、人が台風のような自然現象をコントロールしてしまって大丈夫なのかという不安もでてきます。

制御した結果、台風の進路が変わって直撃を受けた場合にはどのように考えるべきなのかなど、新たな課題も生じる可能性があるからです。

そのため、タイフーンショット計画には法律の専門家も加わっていて、あらかじめ法的・倫理的な検討も行うことにしています。

今回、取材した中で印象的だったのは、日本列島は世界でも有数の暖かい海域の近くに位置しているため、日本が台風の観測や制御の研究を発展させることは東アジアや世界の防災に貢献していくことにもつながる、という指摘でした 。

台風研究の未来を見届けたいと思いました。