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“ウイルスとの闘い”を描く舞台劇 2010年口蹄疫
NHK
2021年7月10日 午後4:00 公開

今月(7月)、都内で“ウイルスとの闘い”を描く異色の舞台劇が上演されます。題材はコロナウイルスではなく、2010年に宮崎県で発生した口蹄疫ウイルス。牛や豚などに感染し、当時29万頭もの家畜の命が奪われました。
人と動物という違いはあるものの、コロナ禍のいまだからこそ、舞台を通して多くの人たちに届けられるメッセージがあると、上演にむけて準備する人たちを取材しました。

当事者の生の言葉が反映された舞台劇

去年、宮崎県の演劇人が上演した舞台「29万の雫」。
口蹄疫が発生してから終息するまでのおよそ4か月を時系列で描くドキュメンタリー形式の舞台です。当初、事態の深刻さを理解できずにいた畜産農家などが、目に見えないウイルスに、徐々に翻弄されていきます。リアリティにこだわり、セリフはすべて100人近い当事者の言葉をもとに作られました。

この舞台を演出したのは、宮崎県出身の演出家・古城十忍さんです。今回、東京の舞台に立つのは、口蹄疫を詳しく知らない19人の役者たち。古城さんは当時、宮崎で起きた現実をまずは知って欲しいと、勉強会を開きました。

2010年に宮崎で記録された映像に映っていたのは、ウイルスの感染拡大を防ぐために殺処分されることが決まった家畜の姿でした。大切に育ててきた牛を前に、畜産農家の悲鳴にも似た声が聞こえます。

口蹄疫とは?

口蹄疫は牛や豚などがかかる伝染病で、強い感染力が特徴です。万が一発生した場合は、家畜伝染予防法に基づく防疫措置が求められます。
口蹄疫が国内で最後に発生したのが、2010年の宮崎県でした。感染は瞬く間に拡大、定められた地域の家畜を全て殺処分する前例のない措置が取られ、29万頭もの家畜の命が奪われたのです。

さらに影響は畜産関係者に留まらず、国内ではじめて非常事態宣言が発出。ウイルスは人や車などに付着して感染が拡大するとされ、県民には外出自粛が求められました。飲食店は廃業の危機に。イベントの中止なども相次ぎ、街から人の姿は消えました。いまだ、どこからウイルスが侵入したかは分かっていません。

舞台を“他人事”から半歩でも抜け出すきっかけにして欲しい

現在、東京に暮らしている古城さん。コロナ禍のいまの状況は、かつての宮崎と重なって見えると言います。しかし、東京の街には人が増えはじめ、ウイルスに対する緊張感が薄れ始めていることを危惧し、今回の舞台が、ウイルスとの向き合い方に改めて思いを寄せるきっかけになればと考えています。

古城さん 「(街に人が)これだけいるんだっていうのは(自粛が)やっぱり繰り返されているから、そりゃあ気が緩むよな。(舞台は)コロナのことを無視して語れないと思って、他人事であることから半歩でも抜け出すきっかけがこの芝居にはあるんじゃないかなと思う」

今回、古城さんは現在のコロナ禍を反映したセリフを新たに加えました。
口蹄疫の当事者たちは、いまの状況をどう感じているか、直接取材して声を集めました。

新聞記者役 「規模感が違うっていうのはありますよ。でも全体的な自粛ムードだったり閉塞感だったり、そういったところはなんか口蹄疫のときとやっぱり似てるなって」

獣医師役 「休業要請されているのに休業しないとか、そういうことで社会的に非難される、バッシングを受ける。その非難が尋常じゃないのでそれが怖いです」

そして宮崎の人たちは、口蹄疫の経験から何を学んだのか。

畜産農家役 「いまは口蹄疫があったからその意識が上がったんすよね。仕事ができて当たり前やったのができなくなって、ほんとに仕事が生きがいだなって改めて思ったし」

この畜産農家役を演じているのは、役者歴20年の宮田幸輝さんです。これまで100近い作品に出演し、経験を積んできました。演じる畜産農家は、大切に育ててきた自分の牛の殺処分が決まったにも関わらず世話を続けていた当時の苦悩を語ります。

畜産農家役・宮田幸輝さんのセリフ 「牛乳は、1週間分くらい溜められる尿溜めがあるんで、そこに全部捨てていました。でも牛は殺処分が決まっているのに、次の日もその次の日も、パンパンの乳を出してくるわけですよ。それを毎日搾って、毎日捨てて、こんなに嫌な仕事はないなって思ってました。『もう出荷せんから休んでいいよ』とか言って、牛が体の中で牛乳を作る作業を人間は止められないじゃないですか。もう必要ないのに牛たちにさせている。させ続けている。それがしんどかった。・・・ちょっと割り切れない。僕はちっちゃい頃から牛乳で生活してきたんで、それを捨てるっていうのは・・・牛を殺すよりも、牛乳を捨てるほうが辛かったかもしれません」

宮田さんは自分なりに畜産農家の気持ちを想像して演技をしましたが、演出家の古城さんからは厳しい指摘が。

古城さん 「どんな気持ちで喋ってる?」

宮田さん 「説明というか、インタビューに答えているみたいな…」

古城さん 「その人の本心というか本音をおもんぱかったら、相当悔しかっただろうなとか、相当不安だっただろうなっていう事をこっち側が租借して理解して喋らないと繋がっていかない」

当事者の言葉を責任を持って語り継ぐ

セリフが、他人事に聞こえると指摘されたしまった宮田さん。口蹄疫で苦しんだ農家は、当時どうウイルスと向き合っていたのか。
稽古を抜けて、演じる畜産農家に直接電話で話を聞くことにしました。

宮田さん 「牛さん豚さんとのお別れがあったというのは本当に歯がゆいなって」

畜産農家 「マイナスに物事を考えようとは思わないし、常にプラス思考じゃないとものすごく大変なんです。理不尽なことばっかりなので、自然って」

畜産農家の男性は、抗えない事態に陥っても、目の前の事から逃げず、自分のできることを続けたと、教えてくれました。

宮田さん 「お電話できてイメージできる感触がある。(口蹄疫が)10年前にもあって、いままたそういうウイルスがあって、また10年後に何かあるかもしれない。ちゃんと僕らが形に残していくというか、それが失われないように仕上げていきたいと

演出家の古城さんは取材の最後にこの舞台で最も伝えたいことを教えてくれました。

古城さん 「(舞台を見た人に)“意識を変えなきゃいけないんだな”っていうふうに思ってほしい。いっぺん変えることはできないと思っているけども、(舞台を)やらないよりはマシ。いろんな事がみんな本当はあすは我が身じゃん。だからそういう事に、警鐘を鳴らすっていう偉そうな感じもないんだけど、考えてる?とか、気にしてる?ぐらいのメッセージは送れたらいいなとは思っている」

かつてあった“ウイルスとの闘い”を、いまにどう生かすのか。
演劇人たちは、舞台から私たちに問いかけようとしています。

(おはよう日本 ディレクター 河野公平)

【2021年6月28日放送】