被害者の声を聞き 伝える ~新制度に遺族・現場は~

NHK
2023年12月1日 午後5:49 公開

被害者や遺族が抱える悲しみや苦しみを、事件を起こした加害者に伝えるという新たな制度が2023年12月、刑務所や少年院で始まります。被害の回復と加害者の真の反省につなげようというこの制度が何をもたらすのか。期待を寄せるある遺族の思いと、制度開始に向けて模索を続ける現場を取材しました。

(社会部 白井綾乃)

新たな“心情伝達制度”とは

今、法務省は制度の開始に向けた研修を各地で進めています。東京・昭島市で行われた研修に参加していたのは新制度を担う刑務所や少年院の職員、「被害者担当官」たちです。

<法務省HPより>

新たな制度では、「被害者担当官」を務める矯正施設の職員が被害者や遺族と加害者のあいだに立つ役割を果たします。

① 制度の利用を希望する被害者や遺族から「被害者担当官」が話を聞き取る。

② 「被害者担当官」は聞き取った内容をまとめ、事件を起こした加害者本人に直接、伝える。

③ 加害者の反応を被害者や遺族に書面でフィードバックする。

(※加害者への伝達やフィードバックの有無は被害者や遺族の希望に応じて行われる)

原則どのような犯罪の被害も対象で、複数回利用することもできます。

加害者が被害者の置かれた状況を理解することで心から反省すること、また被害の回復へつなげるねらいがあるといいます。

これまでにも加害者が仮釈放され、保護観察を受けるいわば「最終盤」の段階で、被害者や遺族が気持ちを伝える制度はありましたが、「もっと早い段階から被害者の声を聞いてほしい」と指摘されていました。新制度によって、矯正施設に入っている段階から被害者や遺族の思いが伝えられるようになるのです。

14年前の事件

今回、新たな制度の導入を特別な思いを持って見つめている人がいます。

大久保巌さんと妻のユカさん。14年前、次男の光貴さん(当時15歳)を殺人事件で奪われました。

2009年6月。光貴さんは、光貴さんの交際相手に一方的に好意を寄せていた当時17歳の少年に大阪府富田林市の河川敷で、木づちや木製バットで殴られ、殺害されました。

光貴さんが高校に入学してわずか2か月後のことでした。

大久保 ユカさん

光貴が中2のころ家族でスキーに行ったとき、スタッフに『息子さん大きいのに、一緒に来てくれて、幸せですね』と言われたんです。私も思わず『はい、幸せです』って答えました。毎年恒例だったスキー旅行は、その年で最後になってしまいました。光貴は頼もしくて、いつもまぶしい子で。自分が生きるうえでのエネルギーの根本でした

大久保 巌さん

友達の多い子でした。俳優になりたい夢もあって、オーディションを受けたりして、家族のムードメーカーで中心的な存在でした。事件後は、まずその事実を受け入れられなくて。朝の通勤で学生服の子を見ると涙が止まらなかったです

裁判員裁判の判決では、「被害者に落ち度は全くなく、あまりに理不尽」だとして、当時の少年法では、有期懲役の場合の上限となる懲役5年から10年の不定期刑を言い渡しました。

裁判長からは「10年の懲役刑でも本来十分とは言えない。仮釈放や刑の終了処分は慎重にされるべき。これを機に少年法の適切な改正が望まれる」と異例の言及もなされました。

被害者の思い伝えたい

加害者が刑を受けている間、大久保さんはみずからかけあって、保護観察所や少年が入る少年刑務所の担当者などと面談を重ねました。

時に遠方の九州にまで赴いて施設を訪ねました。「更生に携わる人たちに、裁判長の言及や遺族の思いを伝えたい」という一心だったといいます。

6年の間、担当者との面談を続けた大久保さん。印象に残っているのは、刑務官や保護観察所の担当者など加害者の更生に携わる人の多くが「受刑者の起こした事件の遺族と直接会い、話を聞くのは初めてだ」と話していたことだといいます。

大久保 巌さん

被害者の声を聞いてこなかったことにびっくりしたんですね。『被害者の声を聞かずに色んな判断をしてきたの? それで本当の更生になるの?』と思いました。加害少年を処遇するであろう人たちに、被害者の心情をわかったうえでの教育をやってほしかったんです

そのうえで、今回の新たな制度はこうした状況を変えてくれるのではないかと期待しているといいます。

大久保 巌さん

本当の更生はすごく難しいし、時間がかかることです。人間の根本を変えることですから。だからこそ早い段階で被害者の声を聞くことが大切だと思います。自分のやったことの反省、それを振り返って初めて、次があるわけでね

大久保 ユカさん

いろいろな被害者がいて、なかなか気持ちを言えない人もいると思います。それぞれに沿った寄り添い方をしていただきたい。『どうしたらこの方の心情を聞いてあげられるのか』と掘り下げて関わってくれる方がいてほしいです

どう聞き、どう伝えるか 現場の模索

いかに被害者に寄り添いながら話を聞き、加害者に伝えるか。重要な役割を担う「被害者担当官」。今、模索を続けています。

ことし7月に行われた研修では、被害者からの聞き取りを想定したロールプレイングが行われていました。

娘が強制わいせつの被害にあった母親からの聞き取りを行う想定でのやりとりです。

被害者の母親役

なんで娘がこういう目に遭わなきゃいけないのか。ただ仕事から帰っていただけなんですよ。なんで娘の一生は台無しにならなくちゃいけないんですかね。どうしたらいいんですかね

被害者担当官

そのお気持ちを本人に伝えたいと思います。私たちも寄り添って、何かできることがないかと考えていきたいと思います

被害者の家族役

被害にあわせたのは1人だが、家族の人生もめちゃくちゃにしている

被害者の家族役が打ち明ける切実な思いに対して、担当官がことばを発せない場面も見られました。

これまで刑務所や少年院の職員として働いてきた担当官たち。被害者と対面し実際の声を聞き取るのは、まったくの新しい仕事となります。研修では率直な不安や、思いを新たにする声が聞かれました。

どこまで踏み込んでいいのか、すごいプレッシャーだ

聞き取りは被害者の方につらさを思い出させること。初対面の人に話す負担もあると思う。こちらはなんとことばを返したらいいのか

受刑者と接するプロだと思ってやってきたが、被害者の人権を考えて訓示・指導してきたかというと正直そんなことはなかった。一から考え直さなきゃいけない

被害者からの聞き取りだけでなく、加害者への伝達についても難しいケースが想定されています。

10月の研修で行われた加害者への伝達を想定したロールプレイング。担当官が被害者の思いが書かれた書面を読み上げますが、真摯に聞く加害者役、聞く耳を持たない加害者役、開き直る加害者役、とさまざまです。

『施設に入っていることで自分は罪を償っている』と開き直っている加害者に、被害者の思いをどう理解させるか

一方的な読み上げでは、加害者に伝わらない。伝え方にも工夫がいるのではないか

つらい思いをして被害者が語ってくれた思いをどう伝えるか、加害者への伝達にも「被害者担当官」の力が求められます。

千葉刑務所 処遇部  豊田 一成 副看守長

受刑者の中には自分のやったことにふたをしている人や素直に向き合えていない人もいますが、それはよくないことです。生の声を聞くことで自分のやったことを受け入れて反省し、しょく罪の気持ちを深く持ってほしい。加害者と被害者の橋渡しの役目を担えたらと思います

運用上の課題は

今回の制度の検討に関わった専門家は、運用を担う被害者担当官の育成が何よりも重要だと指摘しています。

琉球大学法科大学院 齋藤 実 教授

被害者にとっては自分の気持ちを整理する機会となりえて、加害者・被害者双方にとってこれまでにない大きな試みだ。被害者担当官は、被害者の話に耳を傾け文章にまとめる高い専門性が求められる。制度が形だけにならないよう、研修を行うなど人材の育成が何よりも大切だ

【編集後記】

ことし10月、少年犯罪で子どもを亡くした遺族の集会を取材した際に、発言した多くの遺族が、加害者から誠意ある謝罪がないこと、そして、損害賠償金が支払われない状況が起き、苦しめられていることを語りました。

こうした状況のなかで、導入される新たな制度。会を主催した「少年犯罪被害当事者の会」の武るり子代表は「どんな加害者も『なぜあなたは矯正施設に来たか』が原点で、被害者と向き合うことを考えてほしい。加害者が施設に入っているときから被害者のことを認識させることで変わっていくと思っています」と変化を期待していました。

今回の制度が被害者、そして矯正の現場、加害者にどのような変化をもたらすのか、今後も取材を続けていきたいと思います。