「生物ってなぜ死ぬの?」東京大学・小林武彦教授に聞く 生物学からみる「死」と進化

NHK
2022年1月7日 午後4:00 公開

生物はなぜ死ぬのか――

日頃考えることは少ないけれど、誰もがドキッとする“死”について、生物学の視点で解説した新書が10万部以上、売れています。少し怖いけれど、気にせずにはいられない“死”について、著者の東京大学定量生命科学研究所の小林武彦教授に聞きました。

コロナ禍で考えさせられる“死”

――著書が多くの人に読まれているのはなぜでしょうか。

小林:こんなに多くの方に読んでいただけるとは思っていませんでした。ちょうど時代がコロナ禍というのが理由の1つかもしれません。私たちは、何もないときには「なんとなくあと何十年ぐらいは大丈夫かな」と、死があまり現実味を帯びてないと思います。ただ新型コロナで、連日の死者何名だと報道されると、死を最終的な人生のゴールとした場合には、ゴールの方から近づいてきたようなイメージがあって、ちょうど私の本が心に入ってきた方がおられたのかなと思います。私は生物学者なので、人の死だけを書いているわけじゃなくて、生き物全般に共通して存在する死の原理、原則について書いていますが、こういった今の時代も、読まれていることに関係しているのかなと思いますね。

老化や寿命にかかわる遺伝子の仕組みを研究している小林さん。人間と共通の遺伝子を持つ酵母菌で寿命を制限する遺伝子を発見し、若返りや寿命の解明に挑んでいる。多くの人に生物学に関心をもってもらおうと生物学への入門書も執筆。2021年4月に出版した「生物はなぜ死ぬのか」(講談社現代新書)は、これまでの死生観を変える1冊。

<これまでの死生観を変える「生物はなぜ死ぬのか」>

<これまでの死生観を変える「生物はなぜ死ぬのか」>

“生物学からみると、これまでの無数の死があるから進化し、私たちが存在する”

――生物学からみて“死”は、どういうことでしょうか。

小林:まず皆さんにご理解していただきたいことが1つあります。それは「生物は進化が作った」ということです。勝手にぽっと現れたのではなく、進化の結果、生物が出来たと。
進化には、進化のプログラム、進化の法則というものがあって、簡単に言うと「変化して選択される」ことです。変化というのは専門用語で言うと変異です。遺伝情報が変わること、性質が変わること。姿、形が変わること。これが変化です。
続いて選択について。生物が変化した中で、たまたま、あるいは偶然、あるいは何か都合がよくて生き残るものがいるんですよ。生き物の最初はものすごく単純な物質でした。これが変化して自分で増えるようになった。その中で増えやすいものだけが生き残ってきた。これが「選択される」ということです。この変化と選択を繰り返すことが、進化のプログラムです。
他の選択されなかった生き物はどうなったかというと、分解して材料になったんです。それが生物学からみた死です。ですから、変化して作りかえられて新しいのができて、他はまた分解して材料になって、また新しいのができて、よいもの・増えやすいものが残って…という進化のサイクルは生命が誕生した38億年前からずっと続いています。その結果が、いまの私たちなんです。
だから進化というのは、目的があってこうなろうと思ってなったのではありません。偶然、変化と選択を常に繰り返すことによってその都度、その都度、都合のいい形、性質を持ったものが生き残ってきた。その結果、私たちが存在している。ですので、生物学から見ると、これまでの無数の死があったから、進化できて、私たちが存在しているんです。

進化は “運がいいものが生き延びた”結果

――生物の進化は、生き残るためにあるイメージでしたが。

小林:進化って、強いものが生き残るというイメージあるかもしれませんけども、実際にはそうじゃないですね。偶然がほとんどです。どうしてかというと、地球の環境ってものすごく変わりやすいんです。その中で、生き延びたのは強いものというよりも、運がいいもの。隠れるのがうまかったり、小さい生物など、いろんな性質が関係して生き残ってきたんですよ。

例えば、3億年ぐらい前の古生代。恐竜の時代が中生代なので、古生代はその前の時代です。この時代には、羽を広げると70センチのトンボがいました。これは肉食で強いと想像します。ただ、この大きなトンボはあっさり絶滅しました。今どういうトンボが残っているかというと、例えば蜻蛉(かげろう)。成虫になったら、数時間から数十時間しか生きられない本当につかの間の命です。あまりにも短いから、口すらないんです。そんな一見弱そうな生き物が生き残っていて、幅70センチあるトンボは絶滅しているんですよ。だから、強い方が生き残ったんじゃない。たまたまその条件で生き残れるものが生き残れた。
地球の環境は、長い目で見ると暖かくなったり冷たくなったり、空気の組成が変わったり、いろいろ変わっているんですよ。その中で、たまたまその条件で生き残ったということなんです。
中生代の終わり、今から6650万年前にユカタン半島に巨大隕石(いんせき)が落ちました。それで気候の変動が激しく起こって、恐竜が絶滅しました。恐竜だけじゃなくて、中生代の生き物の約70%が絶滅しました。その中でたまたま生き残ったのが、われわれのご先祖・小さな哺乳類です。たまたまの理由は隕石です。それまで地球を支配していた大型のは虫類、恐竜がいなくなったおかげで、われわれの小さなご先祖である哺乳類は適応し、いろんな場所で進化して、子孫がずっとずっとわれわれまでつながっているわけです。

“子孫を残すために進化”は “人間の創造”

――いま、私たち人間が存在するのも偶然なのですね。しかし、人間をはじめ多くの生き物が生きたいと思い、子孫を残してきていると思いますが。

小林:そういうふうに思うのは、私たちが主体として生きているからです。進化の長い歴史の中では、そういう生物が生き残ってきただけですね。例えば、すべての生物は、怖い物から逃げる、痛いものを避ける、逃避本能や生存本能があります。これがなければ生き残るわけがないですから。そういった逃避本能だとか生存本能が強いのが生き残ってきたんです。

<ウナギが深海で産卵するのも“進化の選択”>

<ウナギが深海で産卵するのも“進化の選択”>

何か目的があってこうなろうと思ってなったのではなくて、どういうものに選択圧がかかったかということが重要ですね。例えばウナギ。ウナギはものすごく遠くに行き、200メートルぐらいの深さに行って卵を産みます。だから、いまだにどこで産んでるのかよく分かっていません。そこでふ化してシラスウナギっていう、小さいウナギが戻ってきます。じゃあ何でわざわざそんなことをしているかというと、説明できません。それは結果だからなんですよ。より遠くで産むから、卵が食べられなくて生き残れたんですね。それをずっと繰り返しているうちに、もうすごく遠くになっちゃったんですよ。たまたま最初からそこに行こうと、すごい深海に卵を産もうと思っていた、そんな物好きなウナギは1匹もいなくて、そういうウナギが多様性の中でたまたまいて、それだけが生き残れたんですよね。いろんな生き物を見ていると、すべての生き物にこうした結果があります。なので、目的を設定するのは、人間には知性があって、物語を作ろうと思う、ある意味、人の創造性によるものだと思いますね。

人間にとっての死と老化

――人間は死を恐れますが、どのように向き合っていけばいいと思いますか。

小林:人間には知性があります。また社会性のある生き物なので、他の動物以上に死を恐れます。自分が死んだら周りの人が悲しむだろうなという想像力もあります。ただ、死は100%きます。それをどうやって理性的に受け止めればいいのかっていうと、やっぱり頭で分かっていても、受け入れるのは非常に難しいと思います。
“老年的超越”という概念があります。例えば85歳とか90歳とか、そのぐらいまで年齢が達すると気持ちが楽になるっていうか、幸福感に満たされる。若いときには、どんな幸せそうなことをやっても、なかなか幸福感に満たされることはない。でも、これがだんだん年をとってきて、ある程度いろんなことを達成してきて、多くの失敗を反省しつくすと、だんだん幸福感に満たされてくると。それがある意味、老化の意味かなと思います。

<“今こそ生物学を学んでほしい”と語る小林教授>

<“今こそ生物学を学んでほしい”と語る小林教授>

多様性はなぜ必要か

――いま、地球環境が大きく変化しています。私たちにどのような影響があるのでしょうか。

小林:残念なことに、地球は第6回目の大量絶滅期に入っています。その前の5回目は、恐竜など地球上の生き物の約70%が絶滅した中生代の終わりの大量絶滅です。今は800万種ぐらい地球上には生き物がいると推定されていますが、今から十数年の間にそのうちの100万種ぐらいが、この地球から消えて無くなるんじゃないかと言われております。それはとりもなおさず、人のせいです。環境変動のせいです。やっぱり多様性が減るということに関して、われわれはあまり危機感を持っていないのかもしれません。なぜなら、そういうことにあったことがないからです。
でも、実はすごく重要で、生物学者は多様性がとても重要だと思っています。例えば、ゴキブリとか人の血を吸う蚊とか、こんなのいなくてもいいって思っている人いるかもしれません。でも、生態系の中でわれわれは全部つながっていて…つながっているというのは、もともと1個の細胞から全部始まっているんです。それが進化して、38億年かけて進化してすべての生物になっているので、もともとみんな兄弟っていうか親戚なんですね。つながりがあるんですよ。お互いの多様性というか、違う種類でも支え合っているんです。
例えば、多様性の重要性をいちばん簡単に説明する例は、ハチです。ハチに直接お世話になっている人は少ないと思うんですが、実は日本の農作物の7割から8割ぐらいがハチによって、花粉が媒介されています。ハチがこの世から消えたら、農作物は打撃を受けて、生産量が減ります。そういう関係は実はたくさんあります。昆虫が1種類減っただけで、絶滅のドミノ倒しが起こるんです。それが起こった時にはもう手遅れだと思います。人間が巻き込まれる可能性もあると思います。人間はいろんな生き物を食べながら生きていますが、その食べるものが減ってしまった場合には、生きていけないので。
多様なものが地球にたくさんいて、その中で進化が起こるということが、ずっと地球が繰り返してきた中で、今、急激に多様性が減少しようとしていている。今後どうなるのかっていうのは非常に心配ですね。

――多くの人に生物学に親しみ、考えてもらいたいことはありますか。

小林:私がいまいちばん危機感を持っているのは環境問題です。受験の関係もあって生物学を勉強する高校生が少なくなっていますが、やっぱり若いときに自然の中で親しんでもらいたいです。環境が重要だとか、多様性が重要だとか、いろんな生き物が世の中にいる、あるいは森は気持ちがいいなとか、ペットをかわいがったり。そういった生き物との触れ合いを子どものときに体験してもらうことで、いま地球で起きていることを実感できるのだと思います。ぜひ、大人も子どもも生物学の奥深さを知ってもらいたいですね。

(取材:おはよう日本ディレクター 磯貝健人)

1月10日に放送したインタビュー企画はNHKプラスでもご覧いただけます(※配信期間は1週間)

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