安倍元首相銃撃の波紋 “宗教2世”の苦悩

NHK
2022年8月25日 午後5:56 公開

「いま容疑者の生い立ちが大きく取り上げられるようになって、自分と重ねてしまうことが多くなり苦しいです」

母親がある宗教団体の信者だったという女性が語った言葉です。

安倍元総理大臣が演説中に銃で撃たれて死亡した事件から1か月余り。事件を起こした山上徹也容疑者は「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の信者である母親が多額の献金をしていたことで家庭がめちゃくちゃになった」と供述、教会に恨みがあったとみられています。

山上容疑者と似た境遇に置かれている宗教団体の信者の子どもたち、いわゆる“宗教2世”の間には、いま動揺が広がっています。

“親が旧統一教会” 幼少期から続いた異常な生活環境

両親が旧統一教会の信者だったという40代の女性は、両親が多額の献金を続けたうえに教えを強制されたことで、異常な幼少時代を過ごすことになったと話しました。

両親が旧統一教会の信者だったという“宗教2世”の女性

「家を担保にお金を借りている時期があったんです。額は数千万円にも上っていました。それ以外にも、教会が売らなければいけないものとして、ニンジン茶や壺、印鑑やマッサージ器もありましたが、そういったものがノルマに達したかどうか、廊下にいつも貼られていました。外向けのノルマがこなせないとなると、自分たちで買うこともやっていましたから、家にはそういうものがたくさん積んである状態でした」

女性は幼少時代のほとんどを旧統一教会の教団施設で育ちました。自らのきょうだいや親以外にも30人ほどの信者がいる環境でした。

施設での生活は貧しく、食べるものにも困ったといいます。

「何も食べられるものがなくて雑草を食べたり、ファストフード店のゴミ捨て場をウロウロして食べ物を拾おうともしていました。教団施設には大きな冷蔵庫があり、すべての食べ物・飲み物に名前が書いてありました。でも私の名前が書いてあるものは見つからず、空腹のあまりお姉さんの名前が書かれたヨーグルトを食べてしまいました。そんな私をみんなは「神の子が泥棒になった」と非難し、母は私をベルトなどで何度も打ちのめしました。

私が病気になった時には、医療費の立て替えをどうするかでもめ事になっていました。どんなに高熱を出しても冷たい布団に一人で寝かされ放置されました」

周囲からの孤立 誰も助けてくれなかった…

そして、女性は次第に学校や地域で周囲から孤立を感じていくようになりました。

周囲に助けを求めても解決することはなかったといいます。

両親が旧統一教会の信者だったという“宗教2世”の女性

「着るものが汚く、やせていて遠足などの行事に弁当を用意できない私に、先生や近所の大人は心配して声をかけてくれました。でも母や施設の人間が私の友達の親や先生、地域の人を宗教に勧誘するので、次第に私は孤立していきました。

嫌ならやめればいいじゃないかと、親とちゃんと話しなさいという方もいらっしゃるんです。でも、それができたらこんなことになっていません。相手は話が通じない、カルトに洗脳された大人なんです。子どものときから反抗すると、食事を抜かれる、せっかんされる、罵倒される、産まなければよかったと言われる。明らかに虐待ですが、そういったことを繰り返しされてきて、それでも勇気を振り絞って児童相談所や学校に助けを求めたのに『おうちのことはおうちでね』と言われたら、もうそれ以上、何もできることはないとなりますよね」

〈教会が決めた相手と結婚する際の書類〉

女性はその後、教会側が決めた相手と結婚。しかし、DVの被害を受けるなど、大人になってからも苦しみ続けました。30代半ばで弁護士に協力を依頼し、離婚・脱会に至りました。

今回、安倍元総理大臣の銃撃事件を起こした山上容疑者について、次のように話しました。

「本当にこんな事件があってはならないと、人を殺す事件なんて起きてはいけないというのは本当に大前提ですが、容疑者の背景みたいなものが報道されていくにつれて苦しかったですね。親がどんどん宗教にのめり込んでいってしまう。山上容疑者の母親が多額の献金をしている。その一方で、困っている子供がいるわけですね。その気持ちは本当に痛いほどわかるし、誰にも相談できなかったんだろうなというのも、本当にその状況がわかってしまうことがつらかったです」

「自分と重ねてしまう苦しみ」 “宗教2世”たちが抱える苦悩

事件によって、旧統一教会だけでなく別の宗教の2世たちにも波紋が広がっています。

事件から2週間あまりが経過した7月下旬に開かれた “宗教2世”たちが語り合う自助グループでは、7名の“宗教2世”や“3世”がオンラインで参加し、自らの体験とともに事件後の苦しい胸のうちを語りました。

宗教2世の参加者 (母親が新興宗教の信者)

「子どものころからいろんなことを我慢して、我慢して、我慢してきました。母親の信仰のせいで自分が苦境に立たされたと感じる一方、母親がいたからこそ生きてこられたという思いもあり、ずっと葛藤しています。それでも最近では宗教や母親と距離を置くことで落ち着いていたのですが、いま容疑者の生い立ちが大きく取り上げられるようになって、再び母親と自分というのを重ねてしまうことが多くなり苦しいです」

宗教3世の参加者 (家族が新興宗教の信者)

「事件が起きたことで宗教2世の問題が大きく取り上げられるようになり、これから何か変わるといいなという期待の一方、『やっぱり宗教2世って危ない』みたいな、偏見も同時にふくらんでいることを感じています」

〈座談会を主催する横道誠さん〉

自助グループを主催するのは、京都府立大学准教授の横道誠さんです。

横道さん自身も“宗教2世” で、身近な友人にも宗教のことで苦しんでいることを打ち明けられず悩んだ経験があったといいます。

そこで、当事者同士で語り合う場を設けようと2年ほど前から自助グループを主催しています。

事件のあと、会に参加する人たちから「容疑者と自分を重ねてしまう」という複雑な思いを多く聞くようになったといいます。

京都府立大学 横道誠さん

「どうしても自分の問題としか思えない、それでみんな苦しんでいる。そういう意味ですごく胸がつまってしまうんです。事件の詳細を目にするたびに自分や親との関係も振り返るし、当然教団との関係も振り返るしということで、大変つらい状況にあると思う

この日の会では“宗教2世”たちが相談できる場が少ないという切実な声が上がっていました。

宗教2世の参加者たち

「大学生のときどこに相談したらいいんだろうとか、そもそも相談していいんだろうか、そういったところを悩んでいて、相談窓口がなかったなというのを思い出しました」

「私の体験としては、相談に踏み出すまでのハードルがものすごく高かったなと。相談先を知っていても、マインドコントロールの影響だと思いますが、メールを打ったり電話をしたりするまでに相当な恐怖心がありました」

横道さんは「孤立しがちな2世たちにとって、自助グループが家族との関係や生きづらさについて語り合う意味のある場になっている」と話します。

そのうえで、多くの人に2世や3世の問題の深刻さを知ってもらうことで、親の宗教が理由で困難を抱える子どもたちが公的な支援につながる仕組みが必要だといいます。

横道誠さん

「参加者の多くが相談先につながれず、子どものころに悩みを一人で抱えた経験があります。公的な窓口に相談したにも関わらず『宗教の話は家で解決してください』と言われ、話ができなかったという人もいました。

事件をきっかけに2世たちの問題が大きな注目を浴びていますが、関心が一過性で終わることを危惧しています。いまの状況がきちんと改善される仕組み作りが必要だと強く考えています」

“宗教2世”の苦しみ 旧統一教会は…

2世たちの置かれた困難な状況をどう考えているのか、

NHKが旧統一教会に取材したところ、次のように回答しました。

「悲痛な声を上げる2世たちがいることを存じ上げておりました。そのような状況に対して当法人では、2世信徒の悩み相談に応じることのできる体制づくりに励んで参りました。『宗教2世』を抱えるご家庭に寄り添い、心に傷を負われた2世信徒に対して、心からの謝罪を行っております。2009年のコンプライアンス宣言を契機として、過去の行き過ぎた活動を反省し、すべての信徒が満足することのできる教会づくりを目指して、鋭意努力を続けております」

“宗教2世”の苦しみ 理解と支援を

40年近くにわたって旧統一教会からの被害を訴える信者らの相談に乗ってきた山口広弁護士も、孤立し、追いつめられる2世たちを、国や自治体がもっと支援する必要があると指摘します。

山口広弁護士

「親の宗教を子どもに押しつけた結果、子どもたちはいろんな形で悩みます。場合によっては自殺行為にまでにもつながることも考えられます。例えば、児童福祉施設でもこうした問題を学んで理解していただいて、対策を講じていく必要があると思います。他にもフランスのように民間のボランティア施設や団体に国から資金援助をしていただいて、もっと子どもの支援につないでいってほしいです」

【宗教団体に関する被害や宗教2世の悩みなどの相談先】

「全国霊感商法対策弁護士連絡会」

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【放送日:2022年7月27日】