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ヘイトスピーチ解消法5年 残された課題と対策

NHK
2021年6月25日 午後0:48 公開

今月(6月)、施行から5年を迎えた「ヘイトスピーチ解消法」。日本で初めて人種差別をなくすために作られた画期的な法律です。

そもそも「ヘイトスピーチ」の意味をご存じでしょうか。この法律の第2条の定義には、「日本以外の国や地域の出身であることを理由にして地域社会から排除することを扇動する不当な差別的言動」とされています。この法律は与野党の議員立法で成立したものですが、なぜ法律を作る必要があったのでしょうか。それは、当時、東京の新大久保や大阪の鶴橋、そして川崎市など在日コリアンが生活しているコミュニティーに、ヘイトスピーチを伴う排外主義を訴える大規模なデモが頻発し、地域社会で生活する権利が侵害される状況に対して、国際的にも問題になっていたからなんです。2013年には、こうしたデモが100回近くも行われていました(市民団体調べ)。

ヘイトスピーチは、時に差別を動機とする犯罪=ヘイトクライムへとつながる恐れもあり、放置することはたいへん危険です。例えば、アメリカではいま、新型コロナウイルスの感染拡大によってアジア系住民に対するヘイトクライムが頻発し、米国在住の日本人も深刻な被害にあっています。些細なきっかけがトリガーとなって、ヘイトクライムを誘発してしまうことは絶対にあってはならないことです。

この法律は罰則のない理念法のため、当時からその実効性には限界があると指摘されてきましたが、この5年で法律を元に、各地の自治体が条例やガイドラインを作り、排外主義を訴える大規模なデモは、昨年は9回まで減少し、過激な発言も減り、一定の成果がありました。

しかし、公道でのデモは減っても、ネット空間では、水面下に潜るかたちで匿名のヘイトスピーチは続き、標的にされる在日外国人の被害も続いています。

“より陰湿に…”水面下で続くヘイトスピーチ

長年、差別の被害を実名で訴え、ヘイトスピーチ解消法の成立にも尽力してきた、在日コリアン3世の崔・江以子(チェ・カンイヂャ)さんは、この5年でヘイトスピーチがより陰湿になったと感じています。

3月、崔さんの元に、封筒に入った一通の文書が送られてきました。書かれていたのは民族を侮蔑する文言や、繰り返された「死ね」の文字。さらに「コロナ入り残りカスでも食ってろ」と書かれ、封筒の中には菓子の空き袋まで入れられていました。

恐怖を感じた崔さんはいま、外出する際、いつも防刃ベストを身につけていると言います。

崔江以子さん 「差別、憎悪でもって死ねと強く複数回書かれていることを受けて、普通ではいられないです。次はどんな事が自分の身に襲いかかってくるのかっていう。恐怖に支配されてしまって」

さらに崔さんが、特に深刻だと感じているのがネット上の匿名での書き込みです。SNSで「“ゴキブリ”“いなくなれ”」といった悪質な書き込みが続き、恐怖を感じた崔さんは、ツイッター社など企業に対策をとるよう訴え続けてきました。しかしネット空間の状況は思うように改善されずにいます。

崔江以子さん 「インターネット上で名前や写真を用いて特定をされて、集中して攻撃を受けるっていうことが続いています。決してヘイトスピーチが許されない社会が実現できたとは残念ながら言うことができません」

ネット上のヘイトスピーチは、実際に多くの人を傷つけています。2月、公益財団法人・朝鮮奨学会が日本に暮らす韓国籍と朝鮮籍の学生に行った実態調査では、1030人が回答し、ネット上で民族差別的な表現を見たと回答した学生がおよそ74%。さらに、全体の4人に1人がそうした書き込みを見るのが嫌でネットの利用を控えたと答えていました。

被害者の多くが泣き寝入り ネットの匿名の加害者を訴える難しさ

ネットのヘイトスピーチがなくならない要因の1つが、匿名の加害者を訴える難しさです。
崔さんの息子の中根寧生さんは、3年あまり前にネット上で被害を受け、裁判を続けてきました。当時、中学生だった寧生さんは、母親の崔さんとともに、路上で行われていたヘイトスピーチに抗議の声を上げていましたが、そうした行動が注目され、名指しで心ない言葉を浴びせられるなど、ネット上で攻撃の対象にされたのです。

寧生さんは、差別に屈したくないと投稿者を訴えようとしましたが、多くの労力を要しました。まず、投稿したパソコンを特定するため、裁判所を通じてプロバイダーに「IPアドレス」の開示を要求。さらにその「IPアドレス」を元に、ネットの接続業者に個人情報の開示を求めた結果、ようやく投稿者が、大分市の60代の男性だと特定されました。

判決が確定したのは先月。東京高裁は、「投稿は人種差別に当たる。差別的な言動をあおり、極めて悪質だ」として、大分市の男性に130万円の賠償を命じました。

NHKは大分市の男性に、自身の行った行為をどう考えているのか直接話を聞きに行きましたが、男性は取材を拒否しました。男性は賠償の支払いには応じたものの、裁判に一度も現れず、謝罪や反省の言葉もありませんでした。差別の被害者が勇気を出して実名で告発しても、加害者は沈黙したままです。どうすれば、差別を根本から解決できるか、裁判は終わっても課題はいまも残されています。

寧生さんは、裁判に向き合った日々は本当につらく今でもトラウマになっているとしたうえで、被告の男性に対して次のように語ってくれました。

中根寧生さん 「自分がしてしまったことの経緯をしっかり反省して話して、そうやって差別のない社会をいっしょに作れていけたらなっていうのが僕の思いです」

法律の施行から5年。国は、今後どう対策を進めようとしているのか、法務省の担当者に問いました。

法務省人権擁護局 田中晋人権擁護推進室長 「相談がありましたら、(法務省が)違法性を判断した上で、プロバイダー等に対して書き込みの削除要請をする。インターネット上のものを含めてヘイトスピーチの解消に向けて適切に対応して参りたい」

ネット事業者 対策の現状は

表面上は減ったように見えても、実際は水面下に潜る形で続いているヘイトスピーチ。

ネット事業者はどんな対策を取っているのか、取材をしました。

ヤフーは、

▼AIを使った差別投稿の自動判定・削除を強化

▼人力による24時間体制の監視も行っている

としています。

その一方で、

▼ヘイトスピーチの法律上の基準が明確でないため悩みながら対応している

と回答しました。

またツイッタージャパンは、

▼ヘイトスピーチに対する規約は常に更新し、差別的な投稿は減っている

とする一方で、

▼行政からの削除要請に従うかは、表現の自由の観点から慎重に判断している

と答えました。

ネット事業者は対策の難しさを上げていますが、法務省はホームページに、ヘイトスピーチの具体例を掲載して注意を喚起しています。

http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken04_00108.html (※NHKサイトを離れます)

特定の国の出身者であること又はその子孫であることのみを理由に, 日本社会から追い出そうとしたり危害を加えようとしたりするなどの一方的な内容の言動が、一般に「ヘイトスピーチ」と呼ばれています。

例えば、

(1)特定の民族や国籍の人々を、合理的な理由なく、一律に排除・排斥することをあおり立てるもの   (「○○人は出て行け」「祖国へ帰れ」など)

(2)特定の民族や国籍に属する人々に対して危害を加えるとするもの   (「○○人は殺せ」「○○人は海に投げ込め」など)

(3)特定の国や地域の出身である人を,著しく見下すような内容のもの   (特定の国の出身者を,差別的な意味合いで昆虫や動物に例えるものなど)

などは、それを見聞きした方々に、悲しみや恐怖・絶望感などを抱かせるものであり、決してあってはならないものです。

ネット事業者には、今後も対策の強化が求められています。

差別解消の理念に向けて いま社会に何が求められるのか

一方で、ネット上の対策だけでは、問題の根本的な解決にはつながりません。今後、何が必要なのか。ヘイトスピーチの問題に詳しい2人の専門家に聞きました。

差別問題に長年携わってきた師岡康子弁護士は、ヘイトスピーチ解消法は人種差別撤廃のためのスタートラインで大きな第一歩だが、解消法だけではヘイトスピーチを止められないため、法的な規制を強めるべきだと指摘します。

師岡康子弁護士 「解消法ははっきり法的に禁止している条項がなくて、(ヘイトスピーチを)誰も止めることができない状態が変わっていない。人種差別全体をなくすための基本法や禁止法を作っていって、悪質なものは刑事規制するとか総合的な法律が必要だと思います」

一方で、法規制に慎重な立場の北九州市立大学・中村英樹教授は、裁判支援の充実など、現に被害を受けている人の救済は急務だとしたうえで、中長期的には、いまの枠組みの中で司法判断を重ね、差別に対する社会の共通認識を深めることが、大事だと指摘します。

北九州市立大学法学部 中村英樹教授 「裁判例が蓄積していくことで『これはヘイトスピーチに当たるんだ』、『これはそうじゃないんだ』とか、そういった社会の共通認識というのが積み上げられていく。そのプロセスを経た上で、必要があれば国が何らかの法規制に乗りだすとかですね、あるいはそれを敢えてやらないでおくとか、そういった判断が行われるというのがより良いのではないか」

実際に、被害者にとって裁判をすることは非常に負担が大きく、ほとんどの人は泣き寝入りしているのが現状です。「ヘイトスピーチ解消法」の基本理念、第3条にはこう書かれています。「国民は、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消の必要性に対する理解を深めるとともに、本邦外出身者に対する不当な差別的言動のない社会の実現に寄与するよう努めなければならない」ヘイトスピーチを被害者だけの問題とせず、社会全体の問題として認識を深め、行政や事業者、そしてメディアそれぞれが課題に取り組むとともに、私たち一人一人がその理念を実現するために努力することが求められています。

(おはよう日本 ディレクター 大淵光彦)
(福岡放送局 ディレクター 渡邊覚人)

【2021年6月15日放送】