学習塾の講師が教え子の女子児童を盗撮したとして逮捕されるなど、教育現場で子どもが被害者となる性犯罪は後を絶ちません。
子どもに接する仕事に就く人に性犯罪歴がないことを確認する新たな仕組み「日本版DBS」について、国は議論を進めています。
こうした中、子どもたちが安心して学習できるよう、独自に対策を講じている塾もあります。塾業界の取り組みの現状を取材し、子どもが性犯罪にあわないために気をつけるポイントを専門家に聞きました。
(おはよう日本 ディレクター・福田みなみ 記者・本多ひろみ)
教室にカメラ 死角を作らない
広島県などを中心に西日本で60以上の教室を運営する「鷗州塾」を取材しました。小学校受験から大学受験まで対応しています。
この塾はもともと数十人を一人の講師が指導するスタイルを取っていましたが、2017年から個別指導を開始。
保護者からの不安の声もあったことから、個別指導の教室にはカメラを設置しました。授業の様子は、教室の責任者が常に確認することができます。また、教室内には仕切りを置かず、死角を作らないようにしています。
<鷗州塾の個別指導用教室>
保護者とはチャットでやりとり
保護者と密に連絡をとれるようにしています。
塾との間で直接連絡をとることができるチャットを4年前に導入しました。主に出欠連絡などを目的としていますが、講師と子どもとの関係なども含めて不安なことや相談があったときは気軽に塾へ伝えることができるツールになっています。
また、本部のスタッフが対応するフリーダイヤルの問い合わせ窓口も設置しており、保護者に周知しています。
こうしたチャットや窓口を通じて性犯罪の予兆と見られる出来事を塾側が早い段階で把握し、対応につなげたい考えです。
<塾が保護者との連絡に用いるチャットの画面>
採用時に禁止事項を明示
アルバイト講師の採用時には、▽どんな理由があっても体に触れない▽個人的な写真撮影をしないなど、8つの禁止事項が明記された契約書を交わしています。
また採用時だけでなく、夏期講習が始まる前や年度初めなど、講師に対して定期的に禁止事項の通達を行っています。
どうしたら塾に通う子どもたちの安全を守ることができるのか、模索しながら取り組みを続けているといいます。
「鷗州塾」を運営している AICエデュケーション 吉野綾子さん
「生徒に安心して塾に通っていただきたいという思いが大きく、様々な取り組みを行っていますが、今の対策が完璧だとは思っていません。塾での性犯罪が相次いでいる事実をしっかり受け止めて、今の対策をさらに強化していく必要があると考えています」
採用段階で厳しくチェック
講師の採用段階から対策を行っている塾もあります。
東京・多摩地域を中心に7つの教室を運営する「ING進学教室」では、応募者の名前をもとにインターネットを活用して経歴や犯罪歴がないか調べています。元教員などの場合、官報などを調べて処分歴がないか確認しています。
一方、個人情報保護との兼ね合いもあり、難しさを感じているといいます。
ING進学教室 岡田弘行 代表
「採用の際には一定の期間を通して応募者の経歴や犯罪歴などを調べていますが、個人情報が守られている時代でもありすべてを調べるのは難しい。講師は単に勉強を教えるだけでなく、生徒の未来も預かっているという責任感や意識を持っている人を慎重に見極めて採用活動をしています」
このほかの塾業界の対策について、記事の後半にまとめています。
どうなる「日本版DBS」
子どもが被害者となる性犯罪が相次ぐ中で、政府が検討を進める「日本版DBS」に注目が集まっています。
「日本版DBS」は、子どもを性犯罪から守るため、子どもに接する仕事に就く人に性犯罪歴がないことを確認する新たな仕組みです。
制度のあり方について、2023年9月、こども家庭庁の有識者会議で報告書がまとめられました。
制度の対象となる事業者の範囲については
▽学校や保育所、児童養護施設などについては利用を義務づける
▽民間の学習塾、認可外保育施設や学童クラブ、スイミングクラブなどについては任意の利用としたうえで、認定制度を設けて国が認定した事業者を公表することなどで利用を促していくべき
確認の対象については
▽“裁判で事実認定された性犯罪の前科”としたうえで被害者の年齢は限定しない
▽更生を促す観点も考慮し、対象となる前科の期間については一定の区切りを設ける
▽条例違反については都道府県ごとにばらつきがあることなどから対象に含めることができるかさらに検討する
▽“不起訴”や行政による懲戒処分などは確認の対象に含めない
一方で、事業者の範囲を広げるべきだという声も上がっています。
400あまりの学習塾が加盟する「全国学習塾協会」は、「学習塾や習い事に通う子どもが増える中、民間の塾も採用時に性犯罪歴を確認できるようにしてほしい」と話しています。
一方、「日本版DBS」については個人情報の安全管理や職業選択の自由との兼ね合いなどへの懸念の声もあります。
国は報告書の内容を踏まえた法案を2023年10月に召集される臨時国会に提出することを目指していましたが、確認の対象とする範囲をさらに議論する必要があるとして、提出は見送る方向で調整しています。
塾の対策一覧
今回、NHKでは事業規模が比較的大きい学習塾や予備校50あまりを取材しました。取材に応じた13社の取り組みを紹介します。(五十音順)
●栄光ゼミナール
「教室の廊下側の壁や出入口の扉に大きなガラスを取り付け、外から教室内が見えるようにしています。また採用時には、子どもと関わる適性があるか確認する適性検査を実施しています」
●河合塾
「授業中や休み時間には校舎を定期的に巡回し、不審な動きがないかチェックしています。採用時には、応募者の経歴や犯罪歴などの情報をインターネットで調査しています。性犯罪に限らず1999年ごろからハラスメント啓発活動を行い、パンフレットを配布しているほか、外部講師を呼んだ研修などを実施しています」
●サクシード
「運営するすべての校舎にカメラを設置し、生徒の少ない時間帯にはカメラの死角に入る場所での指導は行わないよう注意しています。採用時には適性検査を実施し、記事検索のシステムを使用して犯罪歴などを調査しています」
●サピックス小学部
「教室の扉に大きな窓を付け、一部教室にはカメラを設置しています。また授業中には警備員、もしくは講師が巡回し、死角を作らないようにしています。講師にはスマートフォンなどの電子機器を教室に持ち込ませないよう指導しています」
●スクール21
「全教室にカメラを設置し、本部や教室責任者のパソコンから映像を確認することができます。採用時には、応募者の名前をインターネットで検索しています。また生徒と連絡先を交換してはいけないという禁止事項を設けています」
●スプリックス
「運営する塾の全教室にカメラを設置しています。また全講師に入社前や研修で『塾外で生徒と会わない』『SNSで生徒と繋がらない』などの禁止事項を通達しています」
●成学社
「全ての校舎にカメラを設置しています。採用時には適性テストを実施し、また応募者の犯罪歴などの情報をインターネットで調査しています。学生講師には、『生徒に触れてはいけない』『生徒と私的な連絡をしてはいけない』など明記された講師手帳を配布しています」
●全教研
「トイレに不審点がないか毎日確認し、付近にはカメラを設置しています。採用時には適性テストを実施しています。また応募者の名前などをインターネットで検索し、過去の報道や経歴、犯罪歴などを調査しています。塾、保護者、そして生徒がつながることができるメッセージ機能も導入しており、出欠連絡のほか個人的な相談もすることができます」
●東京個別指導学院・関西個別指導学院
「授業中は、教室長や副教室長による見回りを実施。社員・講師ともに、採用選考時に賞罰歴の確認をします。 服務規程にて、会社の許諾なく、生徒との教室外での接見、連絡先交換、他に誰もいない状況での授業(生徒と2人だけになること)等を固く禁じています」
●日能研
「防犯カメラは全教室に設置しています。また、コンプライアンスに関する研修などを行っています」
●野田塾
「教室のドアを閉めず、死角を作らないようにしています。また子どもを預かる上での注意事項について倫理規定を設け、月1回読み合わせを実施しています」
●プラドアカデミー
「個別指導の教室にはカメラを設置しています。採用時には適性テストを実施し、また応募者についてインターネットやSNSから情報を収集しています」
●ベネッセグループ
「教室はガラス張りにしたりカメラを設置し、死角を作らないようにしています。また子どもとの接し方のルールを設け、周知を徹底しています」
親ができること、子どもができること
子どもが性被害にあわないために子どもや親ができることについて、追手門学院大学の櫻井鼓准教授に聞きました。
嫌だと伝える!逃げる!
子どもたちに意識してもらいたいことです。
・一般的には水着で隠れる場所=プライベートゾーンを触られたり、性的なことを言われたりしたら、相手に「嫌だ」と自分の気持ちを伝える
・プライベートゾーン以外の場所を触られる、例えば頭をなでられて不快な気持ちになった場合も相手に「嫌だ」と伝える
・「嫌だ」と言えなかったらその場から逃げる
・逃げられなかったら、親や信頼できる周りの大人に伝える
不快だと思うことがあった場合は早期にその芽を断たないと、「らせん階段状」に被害が大きくなるのが、性犯罪の1つの特徴だということです。そのため1度でも不快だと思ったら、すぐにその気持ちを伝えることがとても大事だということです。
「何かあったら言ってね」と日頃から声かけを
次に親ができることです。
・プライベートゾーンについて子どもたちに説明する
・プライベートゾーンに限らず、「こんなことをされたら嫌だ」と感じる「境界線」についても説明して理解させる
・日頃から子どもの様子をよく観察する
・普段から子どもとの関係性を保ち、「何かあったら言ってね」と伝える
・メッセージを発してきた時には「あんなによい先生が?」「本当に?」などと思わずに子どもの声に耳を傾ける
塾も意識改革必要
一方で「性犯罪は加害者が100パーセント悪いので、子どもや親だけではなく塾側も意識を変えていく必要がある。塾は学校とは異なり、教員免許のないアルバイトの学生などを採用するケースもある。このため採用の段階でどのような人かきちんと確認することや、雇ったあとも『閉じられた空間で2人きりになってはいけない』とか『生徒とやりとりをする際は塾が設けているプラットホームを使う』などルールを厳格化し、専門家による研修を取り入れて意識付けをする必要があるのではないか」と話していました。
被害を受けたら相談を
被害を受けて誰かに相談したい時に利用できる窓口です。電話やSNSで相談できます。
・性犯罪被害相談電話全国共通番号「#8103(「ハートさん」)」
・性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター(内閣府設置)「#8891」
・SNSで相談できる CURETIMEキュアタイム(内閣府)