【なぜ】ロシアの誤算 “脱中立”の理由とは? 東野篤子・筑波大教授が解説

NHK
2022年5月20日 午後6:21 公開

北欧のフィンランドとスウェーデンは18日にそろってNATO=北大西洋条約機構への加盟を申請すると発表しました。両国はいずれもこれまで軍事的に中立の立場をとってきましたが、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて5月、相次いでその政策を大きく転換し、NATOへの加盟を申請することを決めました。 

ロシアと欧米の関係に詳しい筑波大学の東野篤子教授は「ロシアのウクライナ侵攻をうけてNATOの求心力が非常に高まっているヨーロッパは安全保障においていま大きな転換点を迎えようとしている。」と指摘します。東野さんによる解説です。(聞き手:伊藤海彦キャスター) 

相次ぐ “脱中立”

伊藤
軍事侵攻後のフィンランドとロシアの関係を東野さんはどう見ますか? 

東野: 
フィンランドにおきましては、第二次世界大戦後、70年間にわたって軍事的中立を貫いてきました。その最大の目的はロシアを刺激しないことだったんです。しかし、ロシアのウクライナ侵攻においてこの2か国の世論は激変しました。侵攻の前までは、両方の国において中立を支持する声が非常に高かったんですけれども、特にフィンランドにおいては侵攻後、NATOへの加盟を支持する声が7割に上っているんです。 

伊藤: 
フィンランドがNATO加盟ということになると、ロシアから攻め込まれる心配はないんでしょうか? 

東野: 
厳密には、加盟の前ですと北大西洋条約の第5条、つまり集団防衛の条項というのは適用されません。しかし、フィンランドやスウェーデンは事前に非常にしっかりとNATOあるいはNATO諸国との協調、交渉を続けてきました。ストルテンベルグNATO事務総長は「加盟前であっても、何らかの取り決めが必ずできると確信している」というふうに言っています。またアメリカやイギリス、特にイギリスですね、イギリスとフィンランド、イギリスとスウェーデンとの間には、相互に安全保障の協定を結ぶという話もあります。つまり加盟前であってもNATOそしてNATO諸国は、この2か国を守っていく、そういった姿勢が見られるわけです。 

伊藤
 NATO加盟に向けては、すべての加盟国の同意が必要になります。ただ、トルコがフィンランドとスウェーデンの加盟に否定的な姿勢を示しています。

伊藤:
トルコのエルドアン大統領は、両国の政府高官が訪れると伝えられたことを受けて「彼らは月曜日に説得しに来るというがそんな手間は必要ない」とはねつけています。こういう状況でフィンランドとスウェーデンの加盟は順調に進むのでしょうか? 

東野: 
特にこれはスウェーデンの問題です。トルコが問題視しているのは、スウェーデンがクルド労働者党、PKKという組織、トルコはこれをテロリストとみなしているんですけども、この集団を支援していると言って、非常に非難していたんです。これは結構前からのことなんです。ただ、今回のエルドアン大統領の発言は条件闘争というような側面が強くて、これを理由にしてずっとスウェーデンやフィンランドの加盟を阻止する、ここまではいかないのではないかというふうに見られています。このトルコの問題が解決しましたら、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟問題は、非常にスムーズに進むというふうに考えられています。特に2014年ロシアによるクリミア占領以降、スウェーデンとフィンランドは2か国ともNATOとの関係を非常に深めてきていて一緒に軍事演習などを行ってきていました。軍事的なレベルにおいてもNATOの加盟国でもおかしくないくらい非常に高いレベルを維持しています。このために通常NATO加盟プロセスは1年くらいかかると言われているんですけれども、この2か国に関しては非常に短い、とても早い場合、4か月くらいで実現してしまうのではないかと見られているんです。 

伊藤
 4か月で実現する可能性があると。 

東野
 1番短くて。 

伊藤: 
中立的な国が方針転換をするという動きは、フィンランドやスウェーデンにとどまりません。こちらの地図の”緑”に塗った国は、ヨーロッパの「永世中立」の国や「軍事的中立政策」などのいわば「軍事的中立の立場」をとる国々を表しています。これは外務省への取材に基づいて作成しました。 

伊藤: 
これまで、軍事的非同盟の立場だったフィンランドとスウェーデンが、NATO加盟を実現すると次のように広がっていくということになるんです。 

スイス “歴史的転換” 

伊藤: さらに“中立”の代名詞と言える国までもEU(=欧州連合)と歩調を合わせて、ロシアに対して経済制裁に踏み切りました。それが永世中立の「スイス」です。 

伊藤: 
東野さん、スイスは200年以上前、1815年のウィーン会議で承認されて以来、永世中立の立場を貫いてきていますが、経済制裁への参加はスイスにとってどんな意味を持つんでしょうか? 

東野: 
スイスがここまで踏み込んだ経済制裁を行うのは初めてのことなんです。ロシアからしてみれば、これは完全に想定外だったと思います。 

伊藤: 
想定外ですか? 

東野
 はい、ロシアがスイスを重視している理由は2つあります。1つは永世中立ということが大きくて、ロシアから見ればスイスは絶対に自分に刃向かわない、自分と敵対することはない国でした。もうひとつ大きなメリットはスイスの高い秘匿性をもつ銀行システムなんです。このためロシアは軍事侵攻前にスイスに多額の資産を持っていましたし、特に軍事侵攻を始めた直後の段階でもスイスに資産を移すということをしていたようです。ところが、スイスの銀行の連合がスイスの中にどれだけロシアの資産があるかということを公開してしまうという前代未聞のことが起きました。スイスにとっては、たとえ経済的な側面であってもロシアに味方をしていると見られる、こういったリスクが国際的に高まっているという判断をしたと思うんです。こういったことから、スイスは非常に大きく踏み込んで経済制裁を行っていきますし、実は17日に出たニュースによりますと「NATOと一緒に軍事的な演習を行う可能性がある」とこのように言っているんです。 

伊藤
 まさに歴史的な方針転換ということになりますけども、現地のスイスの市民に取材しますと、経済制裁に賛成としながらも、葛藤があると明かしています。 

スイス在住 シャラー・レグラさん

「(軍事侵攻)以前は“中立”とは何かを自分に問うことはなかった 。しかし経済制裁が始まって多くの友人や家族も自分にとって“中立”とは何か考えた」 

伊藤: さらに、スイスの駐日大使は私たちの取材に対しこのように答えています。 

アンドレアス・バオム駐日大使

「経済制裁の適用は私たちの中立性に影響するものではない 。中立性は無関心を意味するものではなく物事が間違っているときに立場を表明しないということでもない」 

伊藤: 
スイスの住民の葛藤や駐日大使コメントに関しては、どのように考えますか? 

東野: 
そうですね、スイスとしてもロジックのつくり方、理屈付けに困っている部分が若干あるのではないかと思っています。まさにこの言葉にありますように、経済制裁を行ったり国際法違反を非難したりすることは中立とは関係ない、中立を損なうものではないという見方が強くなっているようです。これはスイス以外でも、たとえばオーストリアなどほかの中立の国でもよく見られる理屈づけになってきました。これほどまでに、中立の国々がロジックを変えざるを得ないくらい、ロシアの侵攻のインパクトが大きかったと言えます。 

ロシアの誤算 今後は? 

伊藤: 
そもそもロシアはNATOの拡大を防ぐために軍事侵攻を仕掛けたはずなのに、結果的にNATO拡大の方向に進んでいるというのは、想定していたんでしょうか? 

東野: 
全く想定していなかったと思います。非常に近視眼的にウクライナだけを見て、ウクライナだけのことを考えて侵攻してしまったと思っていますので、まさかこういった中立の国々がこのように立場を転換してくるとは考えていなかったと思います。ただ、当面の流れとしては、おそらくこのようになっていくと思いますので、ロシアとしては、自業自得な状態になっているわけです。 

伊藤
 今後はどうなるんでしょうか? 

東野: 
このようにフィンランドもスウェーデンもNATOの加盟国になり、スイスも明確に経済制裁などの方針をとってきました。こうなってきますと、ロシアとそれ以外の国という形で、分断が進んでくる可能性が非常に大きくあるわけです。もともとは侵攻が招いた事態ではありますけれども、ロシアがヨーロッパとの対話から切り離される影響も考えなければなりません。長期的には、ロシアとの対話をどうやってこの状況でやっていくのかということを探っていくことが非常に大事ですね。その制度設計がいま求められていると思います。 

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(おはよう日本 ディレクター 長野匠/曽根峰人)

【2022年5月18日放送】