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介護の“リアル”を伝えたい

NHK
2021年6月26日 午前10:00 公開

介護の現場にこだわり、全国各地の介護施設や在宅介護の現場で撮影を続ける写真家がいます。愛媛県在住の野田明宏さん(65歳)です。これまでに撮影した現場は200か所以上。伝えたいのは“リアル”な介護の姿だといいます。

介護現場に密着するカメラマン

2021年3月下旬、わたしたちは野田さんの撮影に同行しました。向かったのは徳島県内の介護施設です。田畑に囲まれた木造の施設では、デイサービスなどの通所介護のほか、入居者を24時間スタッフが見守る介護サービスが行われています。野田さんは、12年前にこの施設が開設して以来、定期的に撮影を続けているといいます。

訪問したのは14時。「おっちゃん、久しぶりだね」「今日もいい顔撮らせてよ」野田さんは、施設内のリビングに集まる高齢者やスタッフ1人1人に親しげに挨拶を交わしていきます。撮影は、施設の許可だけでなく、利用者やその家族の同意なしでは進められません。野田さんは、定期的に通う中で、スタッフや施設の利用者、その家族に積極的に話しかけ、自らの活動に理解を得ているということでした。

スタッフの1人と話していた野田さん、カメラを手に浴室に向かいました。スタッフに案内されて、撮影を始めたのは入浴のシーンです。みると、介助者が高齢者と一緒に湯船につかっています。なぜ、このシーンにカメラを向けたのか理由を聞くと「一緒に入ってあげる。笑顔で接してあげる。簡単そうだけど簡単じゃないですよ」と笑って答えてくれました。実は、この高齢者は入浴することがとても好きなのだと言います。ただ、一人での入浴が困難なため、入浴時、必ず介助者が一緒に入浴しているそうです。長年写真を撮影してきた野田さんでも、介助者まで一緒に風呂に浸かる光景は初めて見たとのことでした。利用者の安心・安全を第一に考えるスタッフの細やかな心遣いを、野田さんは見逃さなかったのです。

この日の撮影は、泊りがけ。野田さんは、夜勤の職員と行動をともにし、あらゆるものを記録していきます。午前0時すぎ、オムツの交換を行う作業では、寝ている人に細心の注意を払う、スタッフのまなざしを捉えていました。

野田さんが、カメラを通して見つめるのは、介護現場の飾らないリアルな姿です。去年出版された写真集「オレが覗いて来た介護最前線」には、10年かけて撮りためた作品が収められています。作品には、高齢者の笑顔もありますが、そればかりではありません。ひたいに大粒の汗を浮かべて高齢者を運ぶ介助者の姿や、急速に容態が変化する高齢者の姿に驚く介助者の表情など、目を背けてしまいそうなものも含まれています。

写真家・野田明宏さん 「少し写真の中のものに清潔感とか、明るさとか、そういうものは欠けてしまうけど、生っていうか、そのままの現実を出したい。介護の世界って、普通、人間が生きている生活の中をギュッと凝縮したような世界で、激しく1日の中で喜怒哀楽が入れ替わる。そういう写真を撮りたいなとは思うよ、ホントに」

アクシデントの連続でも「厳しくも温かい」のが介護

野田さんが“リアル”にこだわるのは、母親を介護した経験が大きく関係しています。母の和子さんは、認知症を患い、10年前に亡くなりました。若いときに父を亡くし、母と2人暮らしだった野田さんは、40代で仕事を辞め、介護に専念するようになりました。しかし、初めての介護は思うようにいかないことばかり。時には、手をあげてしまうこともあったといいます。暴力は許されることではありません。野田さんも、自らの行為を悔やみ、自己嫌悪に陥ります。孤独な介護の中で、野田さん自身もうつ病を患いました。

辛さを紛らわそうと始めたのが、母の介護を記したブログでした。「和ちゃん(母)の頭を3回も叩いてしまった」「お詫びの意味も込めて、1時間半手をつないでいた」ありのままをつづった内容には、多くの共感が寄せられました。読者との交流を通じて、あらためて介護の尊さにも気づかされたという野田さん。若いころ学んだ写真の技術をいかして、厳しくとも温かい、介護のリアルを伝えたいと考えるようになったのです。

新型コロナウイルスが猛威をふるう中、介護の現場に密着する野田さんの撮影活動も、思うようにはできていません。それでも、介護のリアルを伝えたいという野田さんのモチベーションは変わりません。野田さんは、撮影した写真をすべて、施設やその関係者にも提供していて、コロナ禍で入所者に会いにいけない家族が、近況を知る手立てとしても活用されているそうです。野田さんのもとには、介護施設をとおして「写真を見て安心した」「こんなイキイキとした表情もするのだと、自分が知らない一面をみて驚いた」といった反響が寄せられていて、それが次の撮影への原動力になっていると話してくれました。

写真家・野田明宏さん 「介護の魅力っつーのは物差しどおりにいかないところでしょうね。アクシデントの連続ですよ。その中で頑張っている姿を撮らせてもらうというところに魅力があって。これからずっと続けていきたい、強く思います」

(松山放送局 ディレクター 森陽裕)

【2021年6月4日放送】