みなさんが向き合う“ウクライナ侵攻”は?ご意見を寄せた方々に聞きました

NHK
2022年6月29日 午後5:53 公開

おはよう日本では、ウクライナ侵攻について「今、何を知りたいか」「家庭や学校でどんなことを話すか」など4月から意見を募集してきました。寄せられた意見は260件余り。私たちは回答者に追加で聞き取りを行い取材しました。 

子どもにどうやって戦争を説明したらいいのか悩むご家族や、過去の戦争体験を話し合ってみることにした親子など6組の方々に、それぞれが向き合う「ウクライナ侵攻」を伺いました。 

①「一緒に調べています」

早速意見を寄せてくださったのは神奈川県の福原さん。小学2年生の長女と小学1年生の長男からはニュースを見てたくさん質問をされるといいます。なかでも困っているのは「日本も戦争になっちゃうの?」という質問だといいます。 

福原さん 

『どうなるか分からない』とも言えないし答えられない。相談できる場所もないので悩みます。でもそれをそのままにしてしまうと、ただただ怖いとか不安だとかで終わってしまうので、一緒に調べるように心がけています

福原さん親子は戦争を題材にした絵本や国の図鑑を読んで学ぶようにしていて、私たちが取材に伺った際にも、子どもたちは日ごろ調べてきたことを積極的に教えてくれました。お部屋には七夕の笹が飾られていて、短冊には「ウクライナの人に食べ物と飲み物をあげたい」、「ウクライナが元どおりになるよう願います」と書かれていました。福原さんが気づいたら2人が書いていたそうで、短冊はウクライナ国旗の色の紙を組み合わせて作られていました。 

福原さん 

子どもたちはウクライナへの侵攻をきっかけに、戦争するとこんな恐ろしいことになると身につまされて理解しているようです。戦争はしちゃいけないこと、弱い立場の人を見て見ぬふりしないこと、色んなことを学んでいます。親としてもしっかりと教えていきたいです

②「どうすれば戦争が終わるのか」調べる少女 

同じく「一緒に調べている」と意見を寄せてくれたのは、山形県の伊東さん親子。10歳の長女が戦争に関心を抱き、毎日、新聞記事や「YouTube」で情報を集め、図書館でも調べているといいます。 

娘は『どうすれば戦争が終わるのか』という問題意識で調べていて、『ロシアの孤立』や『プーチンがなぜ侵攻に至ったのか』を親子で話しています。『何が正解なのか』と悩みつつも学びながらウクライナ侵攻に向き合っています

最近はインターネット通販で反戦のTシャツを買って着ているという伊東さんの長女。今後は戦争を体験した人から話を聞けないか、模索しているということです。 

③「悪い人は裁かれるべきだが、複雑な気持ち」 

一方で複雑な心境を寄せてくださったのは、4歳の子どもがいる30代の男性です。子どもはまだ小さいので、戦場の映像を一緒に見ていて何が起こっているのか聞かれたときには「ロシアがウクライナをいじめている。悪いことだ」と教えているそうです。ただ、今後のことが心配だと言います。 

悪い人は裁かれるべきだが、息子たちの世代がロシア嫌悪の感覚を持って育つ可能性があると思うと複雑な気持ちになります」

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記憶をつなげる、つなぎたい

アンケートに寄せられたご意見の多くは、これまで紹介したような方々と同じく「どうやって子どもに教えたらいいのか悩んでいる」というものや、「教えるにあたって工夫していること」でした。また、侵攻に至ったロシアに関する疑問も多くみられました。そして、ここから紹介するのは、時を越えて戦争に向き合っていた方々です。 

④「子どもたちに戦争経験者の生の声を聞いてほしい」

避難民の支援を計画していると語ってくださったのは福岡県の左座さんです。使っていない部屋で避難民の家族を受け入れたいと考えていて、地域の方々と協力して支援していくつもりだといいます。 

地元の語学学校に協力してもらって日本語を学習してもらうなど支援に向けて動いています。また茶道の道具を販売する会社を営んでいて、妻は伝統工芸『截金』の職人なので、避難してこられる方には日本文化の体験を通して日本のことを知ってもらいたいです

左座さんが受け入れを決めた理由は、子どもたちに戦争を経験した人の生の声を聞いてほしいという思いからでした。 

ロシアについては隣国なので、危機感を持って考える必要があると再認識しています。子どもたちには、『戦争になったら手遅れで、その前の政治が大事』ということも教えています。他人を受け入れるという覚悟を問われる体験を通して、子どもたちには戦争について我がこととして向き合ってもらいたいと思っています

左座さんの思いの背景には、かつてお世話になった恩師の語ったことばがありました。太平洋戦争当時、中国に出兵した恩師は戦場で人を殺めた経験を悔いていたと言います。 

恩師は茶道具屋に丁稚奉公に入って修行中に戦争に呼ばれました。これまでお茶わんを持っていた方の生活が銃を持つという生活にある日突然に変わってしまった。『自分は戦後何十年たっても、夜何度も目が覚めてあの瞬間のことを思い出す。戦争は罪もない人を殺さなきゃいけないものだ』という恩師のことばは私にとって非常に重たいものでした

茶道に従事する自分ができることは何かと考え、動き出している左座さんは最後に支援に向けた思いを語ってくださいました。 

茶道の基本的な教えは、人をもてなし、喜ばせることです。人を喜ばせることが自分の人生であって、人を殺める人生であってはならない。避難民を受け入れて1人でも多くの人を救うこと。これが自分の人生にとって大事なことだと思っています

⑤「戦争体験者の父は何を思っているのか…」 

侵攻をきっかけに過去の戦争体験に向き合ってみたいという意見をくださったのは東京都の守屋さんです。父親の恒さんは幼いころ、当時のソビエト軍の侵攻を受けた樺太・今のサハリンから引き揚げてきた過去があります。 

守屋さん 

父からは断片的な話は聞いていましたが、全体像はよくわかりません。父はことしで87歳と高齢になりました。樺太で何を経験してきたのか記録を残したいと思っています。いまのウクライナの現状を見て父がどう思っているのか気持ちを知りたいです

ご意見をもとに守屋さんに連絡してみたところ、父・恒さんに話を聞く機会に密着することができました。 

恒さんがまず話してくれたのは生まれた場所や当時の暮らしぶりでした。通っていた小学校での様子のほか、暮らしていた漁師町については「ニシンがよく穫れた」と話してくださり、守屋さんも興味深く聞き入っていました。しかし、恒さんが9歳だった昭和20年8月に状況は一変します。ソビエト軍が恒さんの住む地域の近くまで攻め入ってきたのです。 

恒さん 

いとこたちと一緒に住んでいた町で艦砲射撃のドカン、ドカンという音を聞いた。『上陸用舟艇で来た』と聞いて、バンバンと音がして慌てて逃げた」 

幼い足で線路に沿っておよそ70キロの道のりを歩き、豊原・今のユジノサハリンスクまで逃れたという恒さんはそこでも命の危険を感じる体験をしました。 

避難先のホテルで1人留守番をしていたら爆撃がきた。爆撃の音とともに電気が切れて裏口のシャッターが落ちてきて、もう少しでその下敷きになるところだった。なんとか爆撃から逃れてその後は神社で寝泊まりをした。逃げる途中、ホテルや駅のまわりではたくさんの遺体を見た

語ってこなかった戦争体験の話の最後に恒さんは今のウクライナについても思いを話してくれました。 

この繰り返しをロシアには何とかやめてほしい。ウクライナが負ければまたロシアが全部荒らすことになる。そうならないためにもウクライナには勝ってほしい。願っているのはそれだけ

恒さんの話を聞いた後に守屋さんに今の気持ちを聞きました。 

何キロも歩いて逃げた父の苦労がよくわかりました。これまで全然苦労していないと言っていた父でしたが、明るい性格なので苦労を苦労に取っていなかったんだと感じました。この機会に改めて聞いてみて、戦争の悲惨さを身近に感じることができました。父が経験したことと同じように、今まさしくウクライナで線路を歩いて逃げている子たちがいると思うので、早くそんな戦争がなくなってほしいと願うばかりです

⑥「私たちの戦いは8年間続いている」

取材でこう語ったのは愛知県の江田さんです。妻のイリナさんはウクライナ出身で、東部に残る友人の安否を心配する日々が続いています。今回の侵攻について、夫婦の思いを江田さんが語ってくださいました。 

江田さん 

妻の実家は東部ドネツクにかつてありましたが、2014年の内戦で失いました。日本では当時の内戦と今回の侵攻を分けて捉えられているかもしれませんが、妻の戦いは8年間続いています。妻は最近では戦争の話に疲れ、精神的につらい状態が続いています。私自身も『何もできない』という事実に直面してつらいです

ドネツクにあるイリナさんの実家 

イリナさんの実家は、2014年に攻撃されたドネツク国際空港の裏側にありました。住んでいたのはイリナさんの妹夫婦で、当時、空港職員として働いていた妹の夫は爆撃された空港からぎりぎりのところで逃れて生き延びました。当初は避難もできない状態でしたが、家族は機を見てマリウポリになんとか逃れたということです。しかし、一時ドネツクの自宅に荷物を取りに行ったときにロシア軍に銃撃されたと言います。 

江田さん 

妹夫婦は必要最低限の家具を車に詰め込んだところでロシア軍に銃撃されました。幸い逃げきり、母親が暮らすイタリアまで無事に行けました。私がイタリアの家を訪ねた際に、その車に積んでいたソファーを見せてもらったのですが、裏には銃弾の跡が残っていました

イタリアにてソファーに座る江田さん、イリナさんの母親、イリナさん 。画像右側はソファーの裏に残っていた弾痕

江田さんもイリナさんの友人を受け入れようと準備を進めていますが、戦闘の激しい東部からの脱出には危険も多く、見通しはたっていないということです。報道以外にも現地の過酷な状況を聞くという江田さんは、ウクライナ侵攻について日本国内で関心が薄れることに危機感を抱いています。 

江田さん 

この戦争は8年以上続いている根深いものです。2014年当時、世界的にも関心が薄かったために今回このような類を見ない悲劇が起こったと思っています。関心がなくなることが状況を悪化させます。私たちの話を通して少しでも今の危機的状況について知ってほしいです

アンケートに意見を寄せてくださった方々は、大人も子どもも一様に「想像を超える事態に戸惑い困惑した」といった内容をつづっていました。その戸惑いにどう向き合い、どう踏み出していこうとしているのか。取材に応じてくださった方々は侵攻からの4か月について話してくださいました。取材を進めてみて印象的だったのは、多くの方がウクライナ侵攻を身近に感じて向き合っていることでした。生活や家計への影響をはじめ、SNSの発展によって情報に触れる機会が増えていることも理由に挙げられるのかもしれません。それぞれの歩みで向き合っていく様子に自分の向き合い方も考えてみる機会になりました。1日でも早く侵攻が終結することを切望しますが、この時代に生きた私たちはそのあとも戦争という悲劇と向き合い、思いをつないでいく必要があると感じています。 

(おはよう日本 記者 吉田篤二/ディレクター 蓮見那木子・梅田隆之介 )

【2022年6月21日放送】

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