ウクライナから日本に避難した少女 心を癒やす"バンドゥーラ"の調べ

NHK
2022年8月1日 午後3:59 公開

"演奏していると、思い出したくないような悪い出来事もすべて忘れられます"。ウクライナから避難してきた9歳の少女は、自分の体ほどもある楽器を抱きしめて語りました。プロチコ・アナスタシアさんが幼い頃から弾き続けてきたのは、ウクライナの伝統楽器「バンドゥーラ」です。繊細で切ない音色は自らの心を癒し、同じ境遇の人たちに望郷の思いを呼び起こしています。 

<アナスタシアさん(左)とオレーナさん、妹のソフィアさん> 

戦火を逃れ日本へ バンドゥーラだけは手放さなかった 

私たちがアナスタシアさんに出会ったのは、大阪市内のホテルの一室でした。 

今年5月、アナスタシアさんはウクライナ西部のリビウから母のオレーナさん、妹のソフィアさん(4歳)とともに、日本に避難してきました。 

比較的戦況が落ち着いているといわれるリビウですが、自宅が軍事施設の近くにあるために爆撃される恐れが絶えず、故郷を離れることを決意したのです。 

以来、支援団体が提供するホテルのツインルームで、2か月以上にわたって生活しています。 

部屋はきれいに片付けられていて居心地はよさそうでしたが、ウクライナで暮らしていたころと比べると広さは半分以下。 

父や祖父母、仲の良かった友だちと別れ、故郷を離れて暮らすストレスはじわじわと積み重なっているといいます。 

アナスタシアさん

「この生活に少しだけ慣れてきました。でも、こんなに遠くまで来たことが今でも信じられません。長い間、ウクライナを離れていることがつらいです。早く故郷に帰りたい。友だちに会いたいです」 

日本に到着したときに空港で撮った写真です。 

母娘で国外に避難すると決めたとき、手に持てる荷物は限られていました。 

それでも母オレーナさんがずっと背負ってきたのが、アナスタシアさんのバンドゥーラでした。 

「アナスタシアのために、絶対にバンドゥーラを手放さない」ことを決意して、およそ5キロある楽器を、専用の赤いケースに大切に運んできたのです。 

母・オレーナさん

「バンドゥーラはアナスタシアにとって非常に大事なもので、ウクライナで経験した辛い思いや、新しい環境で感じるストレスを和らげるものだと分かっていました。私が2人の子どもとたくさんの荷物を持ったうえにバンドゥーラを背負っていたことに多くの人が非常に驚いていましたが、私は後悔しませんでした。アナスタシアはバンドゥーラが大好きだからです」 

アナスタシアさんがバンドゥーラに出会ったのは6歳のときです。 

音楽教室で先生に勧められて手に取りました。 

初めて弦をはじいたとき、「周囲の人たちが驚くほど美しい音が出た」と、母のオレーナさんは記憶しています。 

演奏したアナスタシアさんは「私がバンドゥーラを選んだのではなく、バンドゥーラが私を選んでくれたんだ」と感じ、夢中になって練習にのめりこんでいったといいます。 

以来、ウクライナでロシアの攻撃におびえる時も、日本に来て慣れない暮らしに戸惑うときも、バンドゥーラを手にとり心を落ち着けてきました。 

アナスタシアさん 

「バンドゥーラを弾いていていちばん好きな瞬間は、自分の歌声がバンドゥーラの弦の音と響き合うときです。演奏の間は、自分の世界に入り込んで何も考えていません。思い出したくないような悪い出来事もすべて忘れられるんです」 

日本語はムズカシイ… 心を支えるバンドゥーラ

少しずつ避難生活に慣れてきたというアナスタシアさんですが、今、直面しているのが「言葉の壁」です。 

アナスタシアさんは英語が話せますが、日本ではほとんど通じないためです。 

帰国のめどが立たない中、6月から日本語学校に通い始めました。 

日本では小学3年生にあたるアナスタシアさん。ウクライナの学校での勉強が大好きでした。 

今は、年齢がずっと上の留学生などに混じって、ひらがなやカタカナの書き取りなどに取り組む日々です。 

アナスタシアさん

「日本でびっくりするのは文字がたくさんあることです。ウクライナでは1種類しか使わないのに、ここでは、ひらがな、カタカナ、漢字まで使われています。日本で最も難しいのは言葉です」 

母のオレーナさんは避難生活が長引くことで、子どもたちに影響が出ることを最も心配しています。 

ウクライナに帰りたい気持ちもありますが、自宅に戻るのはまだ危険があると感じています。 

せめてアナスタシアさんをインターナショナルスクールに通わせたいと考えていますが、まだ実現の見通しは立っておらず、娘たちは不安を抱えているといいます。 

母・オレーナさん

「アナスタシアは、『日本でずっと生活するのか、ウクライナに帰るのか』毎日聞いてきます。彼女は不安なんだと思います。侵攻が早く終わって故郷に帰りたいと願っています。ウクライナで安心して暮らしていた日々に戻りたいです」 

ウクライナから遠く離れ、不安定な心。 

支えになっているのが、バンドゥーラを演奏する時間です。 

ホテルのロビーで練習していると、同じように避難生活を送るウクライナの人たちも集まってきました。 

皆それぞれバンドゥーラの音色に思いをはせていました。 

ウクライナ南東部ザポリージャ州から避難した女性

「アナスタシアさんはとてもきれいに楽器を弾いて歌を歌ってくれて、鳥肌が立ちました。聴いていると家にいるかのような気持ちでした。国に残って戦っている夫に会いたい、両親や兄弟に会いたいという気持ちで毎日いっぱいですが、ふるさとに戻ったような気持ちにしてくれてアナスタシアさんには感謝しています」 

ウクライナ東部ルハンシク州から避難した女性

「泣きそうになりました。バンドゥーラはウクライナの伝統的な楽器で、私たちの心を揺さぶる音色なのです。特にこんなに小さい子どもがとてもきれいに演奏して、歌も上手でしたから。聴くのはとても久しぶりなので、うれしかったです」 

初めての演奏 思いを込めた「ウクライナは滅びず」

7月、アナスタシアさんは猛暑の中でバンドゥーラを抱えて歩いていました。 

向かったのは、東京・小平市で開かれたウクライナを支援するイベントです。 

アナスタシアさんのことを知った主催者から、ぜひバンドゥーラを弾いてほしいと頼まれたのです。 

この日のために、アナスタシアさんはウクライナに残った音楽教室の先生とリモートでつないで、オンラインで練習を重ねてきました。 

イベントに集まったのはウクライナや日本の人たち、およそ400人。 

大勢の前で披露するのは初めてです。 

演奏したのは国歌「ウクライナは滅びず」。 

"祖国が支配されるのを許さず、ウクライナに幸福が訪れるように"という歌です。 

バンドゥーラの繊細な音色が、静かな公園に響き渡りました。 

演奏が終わると、観客からは「ブラボー!」という声がかかりました。 

アナスタシアさんは胸に手を当てて、丁寧におじぎを繰り返していました。 

「ほとんど緊張しなかったし、たくさん拍手をもらってうれしかった」と語る表情には、緊張が続く避難生活の中で、心に積もった故郷への思いを奏でることができたという達成感であふれていました。 

取材を終えて いつか平和なウクライナで演奏を 

アナスタシアさんはまだ9歳。 

演奏中の表情は大人顔負けですが、インタビューではあどけない少女の顔を見せていました。 

娘には必要だと母・オレーナさんが無理を押して持ってきたバンドゥーラが、アナスタシアさんの心の支えになっていることを取材を通じて感じました。 

想像できないほどの不安やストレスの中にいるはずですが、バンドゥーラを弾き続けてどうか希望を持ち続けてほしいと思います。 

その調べが日本の人たちにも届き、ウクライナから避難した人を支える輪が広がっていくことも期待したいです。 

アナスタシアさんは将来、音楽学校に進学したいという夢を持っているそうです。 

すてきな音色をこれからも奏で続け、平和を取り戻したウクライナでその調べが響いてほしいと思います。 

(おはよう日本 ディレクター 三木謙将) 

【動画】ウクライナから避難 9歳の女の子 伝統楽器 心の支えに