介護を受けられなくなる?倒産過去最多の介護現場

NHK
2023年4月18日 午後4:43 公開

全国の介護施設などの倒産件数が去年、過去最多となりました。

施設の閉鎖が続く中、利用者にも影響が出始めています。今後、高齢化の進行が加速していくことが予想される日本では、すべての人に関係する「介護」の話題。

背景を取材すると、コロナ禍の影響だけでなく、介護事業者特有の問題もありました。

施設倒産でリハビリができない

三重県名張市に住む辻功一さん(76)は、大工として働いていましたが、35年ほど前に仕事中の事故で頸椎を損傷し半身不随になりました。9年ほど前からは、近所のリハビリに特化したデイサービスを利用していました。他の施設も合わせて週6回デイサービスに通っていた辻さんには、大切な目標がありました。

(辻功一さん)

つえをついてでも歩けるようになりたいんですよ。とにかく自立して歩けるようになることを目指していました。歩けるようになって農業をやりたい。車いすだと畑に入るのに制約がある。少しでも足が動くようになれば、膝をついて、畑をはってでも作業ができるので

歩くという目標に向かってリハビリを続けていた辻さんでしたが、去年7月、思わぬ出来事が起きます。

リハビリのために通っていた近所のデイサービスが、運営会社の倒産により突如閉鎖。通うことのできる施設がひとつになり、通所回数も週3回に減りました。

その影響は辻さんの身体に現れはじめています。

(辻さん)

歩くことが少なくなって、膝が弱っている。施設の閉鎖は諦めるしかないけど、次を探してほしいっちゅうことよ

9年前から辻さんの介護プランを立ててきたケアマネージャーの原田 恵子さんは、施設が閉鎖した去年7月から、辻さんがリハビリできる新たな施設を探し続けています。しかし、閉鎖したデイサービスの元利用者の多くが周辺の施設に移った影響もあり、入所枠に空きがありません。辻さんの介護スケジュールには週3回の空白が残されたままです。

(ケアマネージャー 原田恵子さん)

年齢的に下がってくる体の機能が低下しないようにリハビリをしていましたが、その機会が半分失われました。辻さんはもともと活動的な方です。デイサービスへ通う回数が減り、やっぱり体力が落ちました。何とか次の施設を探してあげないといけないと思っているんですが…

さらにケアマネージャーの原田さんは、デイサービスに通えないことが、身体的な問題以外にも影響することを懸念しています。

(原田さん)

デイサービスに行く回数が少なくなると、人と話す機会がその分無くなりますから、おのずと家で家族と話す話題も少なくなりますので、やはり孤立化みたいなことも考えられると思います

(辻さん)

とにかくリハビリをさせてくれたらええんです。新しい施設を探し求めているんだけど、今の名張では施設の空きがないわ

倒産の背景には“人手不足”によるコスト高と新型コロナ

介護サービスの利用者に大きな影響を及ぼす事業者の倒産が増えています。老人福祉・介護事業の倒産件数が増加の傾向にあり、去年は、介護保険制度が施行された2000年以降で最多の143件となりました。

相次ぐ倒産の背景に何があるのでしょうか。

介護事業所を約10年間経営し、先月倒産に至った元経営者に話を聞きました。倒産の理由のひとつとして慢性的な人手不足によって生まれる、あるコストの存在をあげました。

(元経営者)

介護事業所は、不景気で他の業種に求人がないときにしか人が流れてこないという感じがあって、うちでも人の足りない時期はたくさんありました。

何とか必要最低限の人数を確保するために、有料の人材仲介業者を利用することもありました。そうした人材の紹介料も経営を圧迫した要因のひとつだったと思います

人材を集めることが難しい介護事業者にとって、仲介業者の影響力は大きく、その紹介料は大きな負担となっているのです。こうした人材採用に要する支出は、従業員の人件費と合わせてコスト全体の6割に上り、経営を苦しめていました。

こうした慢性的な問題を抱えたまま、この事業所はコロナ禍に直面しました。

新型コロナへの感染を恐れた利用者たちの「利用控え」の影響により、120人ほどいた利用者は70人ほどに減少。売り上げも6年前の4500万円余りから、コロナ禍の影響が大きかった2年前には3200万円余りと、およそ1300万円減少しました。慢性的な課題を抱えたままコロナ禍に突入したとき、元経営者の男性は強い危機感を覚えたといいます。

(元経営者)

新型コロナの影響が出始めた時は率直にやばいと思いましたね。もともと介護事業って利益率がそれほど高い事業ではありませんので、そこに新型コロナというものが来まして、売り上げが2割、3割と減っていく。そうすると確実に赤字に陥っていく。多くの事業者がコロナ禍で経営していくことが、やはり一番大変だったのかなと思います

追い打ちをかけるように、施設内でクラスターが3回発生。月間の売り上げが25%減る月が3か月続きました。事業の継続が難しくなり、先月破産に至りました。

最後に残った70人ほどの利用者の中には、事業を始めた10年ほど前から通う利用者もいました。

(元経営者)

今思い出しても悲しくなりますけれども、すごく頑張っていただいていた方だったので、最後までみてあげたいという思いはありました。しかし、こういうことになってしまって残念だねと互いに話しながらお別れしました。

自分で始めた会社ですので、自分の子どもと同じように思いながらやっておりました。ここまで事業所を育ててきて、利用者さんも増えて、新型コロナで縮小していく中で、こういう結果になってしまってとても残念です

物価高がさらなる追い打ちに

介護事業者の倒産が相次ぐ中、物価高騰も介護事業者の経営に大きな影響を与えています。

岐阜県郡上市で23年間、訪問介護やデイサービスなどの事業を運営してきた介護事業者は、経営に強い不安を感じています。

この事業者は、街の中心地から離れた山間地域にも多くの利用者を抱え、高齢化率が38%を超える郡上市の介護機能の一端を担っています。

(田中栄子社長)

ありとあらゆるいろんな助成金などを一生懸命利用して、経営はなんとかかなぁというところで、特に今年に限っては物価上昇の影響が大きいと思います。光熱費の高騰も厳しいです。ガスは入浴介助のためのお湯を沸かすのに欠かせないので、そういうところが大きかったですね

さらに、山間地域の利用者の送迎などに自動車を使うため、燃料費の高騰も経営に大きな打撃を与えています。

(田中社長)

ガソリン代も多かったですね。訪問にしても、デイサービスにしても、やっぱり出向いてお迎えに行く必要があります。往復1時間かけていくところもありますし、車で5分という所はほとんどないですね。車が無いともう絶対に行けないところばっかりですので、そうするとガソリン代を余儀なくされます

人材不足やコロナの影響を何とか乗り越えてきたものの、現在は物価高に悩まされるこの介護事業者。社長の田中栄子さんは今後の経営に対して不安を感じています。

(田中社長)

従業員もみんな節約してくれているし、すごく効率的に動くよう努力してくれていると思うんですけど、でもやっぱりギリギリ赤字かなと思いますね。今後は倒産するとか閉鎖するってとこが増えることもあるんじゃないかなと思います。うちも含めてその恐怖はなきにしもあらずですね

サービスを受ける利用者からも話を聞きました。

訪問介護サービスを15年間利用する森下うた子さんは、慣れ親しんだ自宅での介護を受け続けるために、この会社のサービスが不可欠だと話します。

(森下 うた子さん)

時々入院することがあっても家に帰ってくると、『はぁ、これがやっぱり私の家なんだな』って感じますね。他のどこか別の施設に移ることがあるといっても、やっぱり行きたくないですね。この会社のサービスが無かったら毎日どう暮らしていったらいいかと思うくらい。毎日朝に1回と昼に1回来てもらっているんですが、本当に助かります

介護事業者の経営悪化や倒産が広がっている現状に対して、専門家は、介護業界が抱える特有の問題を指摘しています。

(淑徳大学 結城康博 教授)

介護事業者の利益にあたる介護報酬は、介護保険制度上、行政側によって決められるため、各事業者が自由にサービス料金を設定することができません。料金が上がらないことから賃金の大幅アップも難しく、人手不足にもつながっています

また今後倒産が増えれば、利用者への影響がさらに拡大する恐れがあると指摘します。

(結城 教授)

今後も倒産が増加し続ければ閉鎖する介護事業所が増加し、施設や担当の介護士の変更を余儀なくされる可能性が高まります。介護は人どうしの関係が大変重要です。信頼のおける介護士が変わってしまうことは利用者に大きなストレスになります。さらに状況が悪化すれば、介護を受けられない人が多く出てくることも懸念されます

介護事業者の倒産が利用者に影響する懸念が広がる中、自分の家族などを思い浮かべた方も多いのではないでしょうか。今回、私が取材を始めたきっかけは、介護を受ける家族が通っていたデイサービスが閉鎖したことでした。利用者やその家族にとって、信頼のおける介護士や通い慣れた施設は貴重な存在です。利用者への影響を抑えるために何が必要なのか。

引き続き介護の現場を取材していきます。