幅広いコロナウイルスに効く“次世代ワクチン” 開発最前線に日本のAI技術も・・・

NHK
2022年12月23日 午後3:51 公開

新型コロナウイルスの感染は、いまだ収束が見通せません。それでもウイルスに対抗する大きな”武器"となっているのが「ワクチン」です。

今回のパンデミックの経験を生かして、ある野心的なプロジェクトが進められています。変異に強く、かつ、新型コロナだけでなく幅広い種類のコロナウイルスに共通して有効な“次世代ワクチン”を開発しようというのです。

そんな夢のようなワクチン、本当にできるのでしょうか?開発のカギを握るのが日本のAI技術だといいます。

(国際放送局 吉岡拓馬 おはよう日本 髙田里佳子)

日本企業がAIで “次世代ワクチン”開発中

新型コロナワクチンを3回接種した人の割合は、日本では67%に達しています(2022年12月現在 )。ただ困ったことに、ワクチンの効果は次第に薄れていってしまいます。

その大きな理由が、アルファ、デルタ、オミクロン・・・と次々登場したウイルスの変異株です。

<スパイクたんぱく質(左図の緑色)に抗体(右図の青色)がくっつき感染しないようにする>

新型コロナに対するファイザー社とモデルナ社のワクチンは、ウイルスの表面にある「スパイクたんぱく質」の遺伝子情報を含んだ「mRNA」をヒトの体内に投与しています。

これによってスパイクたんぱく質にくっつく「抗体」がつくられ、ウイルスが細胞に入り込むのを防ぎます。

しかし、このスパイクたんぱく質は変異しやすいという性質があります。変異するとせっかくつくられた抗体がスパイクにくっつきにくくなってしまい感染を許してしまうため、ワクチンの効果が下がってしまうのです。

<現在のワクチンはスパイクたんぱく質が変異すると効果が下がる>

この弱点を克服する”次世代ワクチン"の開発を行っている企業の1つが、日本にあります。

訪ねたのは製薬会社ではなく、大手電機メーカーのNEC。

取り組んでいるのは、ウイルスの遺伝子情報をAIで解析することです。

まず新型コロナウイルスのスパイクたんぱく質部分だけでなく、ウイルス全体の遺伝子情報をAIに解析させました。そこから変異しにくく、かつワクチンに有効な部分、いわゆる“ホットスポット”を探し出します。

<ウイルス全体の遺伝子情報をAIに解析させ、変異しにくく、かつ、ワクチンに有効な部分を探す>

“AI創薬”のチームを率いる北村哲さんは、2020年3月時点に公開されていた新型コロナウイルスの遺伝子情報を解析し、こうしたホットスポットを特定することに成功したとしています。

NEC AI創薬統括部 北村哲統括部長

IT会社は大量のデータを処理するデータサイエンスにたけています。その技術を今回ふんだんに盛り込んでいるところが、製薬会社のアプローチとはかなり違います。IT会社ならではの視点である数学的アプローチと、生物学のアプローチをうまくミックスしてワクチンを作ろうとしています

NECではこうしたAIによる遺伝子分析を、SARS(重症急性呼吸器症候群)などを含む100種類以上のコロナウイルスにも広げようとしています。

いわば100種以上に共通の“ホットスポット”を見つけ出し、有効な遺伝子情報を一つのワクチンに詰め込もうというのです。

新型コロナウイルスだけでも、対象となる遺伝子情報のデータ数は今年4月時点で650万以上。解析は繰り返し行われるため、取り扱う情報は膨大な量に上ります。

<AIで100種類以上のコロナウイルスの遺伝子情報を解析>

NEC AI創薬統括部 北村哲統括部長

今までだと、ワクチンに有効そうな遺伝子情報にあたりをつけて試験をして、その結果が外れていたらまた試験をしてということをずっと繰り返していました。AIを使うことで、そのプロセスを一気にカットすることができるのはイノベーションだと思います。AIに一回教育させてしまえば、新たなデータが入った時に『ホットスポットはここだ』と当ててきて命中精度がかなり高まっています

<従来型のワクチンは抗体で感染を防ぐ(上)“次世代ワクチン”はそれに加えてT細胞に、感染した細胞を攻撃させる(下)>

さらに、この次世代ワクチンには"効果が長持ちする"というメリットも期待されています。

NECの次世代ワクチンには、抗体によってウイルスが感染するのを防ぐだけでなく、「T細胞」と呼ばれる免疫細胞にウイルスを攻撃させる機能も持たせます。

このT細胞の働きを活性化するための遺伝子情報も見つけ出し、次世代ワクチンに入れようとしているのです。

T細胞には過去にどんなウイルスが入ってきたのか、長い間記憶できる「メモリー機能」と呼ばれる能力があり、抗体だけのワクチンよりも効果が長く持続すると考えられるのです。

次世代ワクチン開発を支えるのは"世界的な協力”

実はこのNECのワクチン開発、世界的な協力体制が後押ししています。

それは「CEPI(セピ)=感染症流行対策イノベーション連合」という国際的な基金です。

西アフリカでのエボラ出血熱の流行を受けて、将来の感染症の流行を予防する新たなワクチンを開発するには国際的な協調が欠かせないとして、2017年のダボス会議で発足しました。

<ダボス会議で発足したCEPI(CEPI提供)>

CEPIは日本、ドイツ、イギリスなど30を越える国やビル&メリンダ・ゲイツ財団などから資金提供を受け、ワクチン開発を行う企業や研究機関を支援しています。

2026年までに35億ドルを調達する計画です。

新型コロナウイルスに関しても、アメリカの製薬会社ノババックスや、イギリスのオックスフォード大学とアストラゼネカの共同研究にそれぞれ3億ドル以上を資金提供するなど、ワクチン開発を推し進めてきました。

NECの取り組みはAIの技術を使った解析技術が評価され、CEPIから480万ドルの資金援助を受けることが決まっています。

今後NECでは CEPIとの協力関係を生かして、安全性や有効性を確認する試験を行うなどして、次世代ワクチンを実現させたいとしています。

NEC AI創薬統括部 北村哲統括部長

CEPIは資金提供だけでなく、自分たちの試験チームの担当者と一緒に知恵を出したり、世界中の施設を紹介したりしてくれると言っています。以前は製薬会社1社でワクチンを開発するというイメージがありましたが、今後は水平分業によるコンソーシアム(共同事業体)になっていくと思います

国際基金トップが掲げる「100日ミッション」

CEPIのトップ、リチャード・ハチェットCEOは、アメリカの生物医学先端研究開発局などで感染症対策政策に携わったのち、設立当初から基金を率いてきました。

今回の新型コロナの教訓を新たなワクチン開発に生かしたいと話します。

<CEPIのリチャード・ハチェットCEO>

CEPI リチャード・ハチェットCEO

今回のパンデミックの教訓は、多くの命を救い経済的な損失を軽減するためにワクチンを素早く開発することが非常に重要だということです。しかし、いまの新型コロナのワクチンは完ぺきではないこともわかりました。課題のひとつはワクチンがつくる免疫が持続しないことです。私たちは、変異に強く、新型コロナだけでなくSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)などほかのコロナウイルスに幅広く効く“次世代ワクチン”を開発しようとしています

CEPIが掲げるのが、新たな病原体に対するワクチンを100日以内で開発する「100日ミッション」です。新型コロナウイルスでは、最初のワクチンを開発、承認するまでは320日あまりかかりました。

実現には開発期間の大幅な短縮が必要です。

そのために重視しているのが、新たな感染症の流行が起きる前の準備段階です。

幅広いウイルスの遺伝子解析やワクチンの試作を進めておき、いわば図書館のようにさまざまなデータを蓄積しておけば、次に流行が起きた時により迅速に臨床試験などに入れるとしています。

それには国際協力が欠かせないといいます。

CEPI リチャード・ハチェットCEO

100日ミッションを達成するためは、新型コロナウイルスだけでなく、他のウイルスにも備えなくてはなりません。地球規模の共同作業が必要です。G7やG20のような国々が協力すればワクチンの図書館(データベース)はできるでしょう。数百億ドル規模の投資が必要です。各国や各研究機関が資金を出し合い、互いに情報を共有し、共に働けば、すぐに実現可能だと思います。

私たちがよく引き合いに出すのが、F1レースのタイヤ交換です。1970年代は30~40秒で交換できれば速いとされてきました。しかし特別な道具やチームをつくり、車体を改良することで、いまやわずか数秒間で交換が可能になりました。何が問題かに焦点を置き、練習に練習を重ねたのです。これと同じメンタリティ―をワクチン開発に持ち込むことで、100日以内の開発は達成できるはずです

100日ミッション実現へ “イノベーション”と私たちの協力

ワクチン開発に詳しい東京大学医科学研究所の石井健教授は、数種類のウイルスに一度に効く「汎用ワクチン」の開発は、10年以上開発に取り組んでいるインフルエンザでもいまだに実現しておらず、簡単なことではないと話します。

しかし、壁を突破する技術をIT企業のような外部からの参入者がもたらす可能性に期待しているともいいます。

そのうえで、100日でワクチンを開発することは去年イギリスで開かれたG7=主要7か国首脳会議の宣言にも盛り込まれており、ワクチン開発に携わる科学者だけでなく、私たち一人ひとりが考えていかなければならない問題だと指摘しています。

東京大学医科学研究所 石井健教授

100日ミッションはみんなが目指す目標であり『北極星』です。どうやって田舎のおじいちゃんにワクチンを届けていくのか、もしくは反ワクチン派の人とどうコミュニケーションをしたらいいのか、科学者だけでなく、分子レベルから倫理のところまですべて扱わないといけません。ワクチンはいまも新型コロナウイルスが始まった時のように、みんなで考えていかないといけない問題です

新型コロナをめぐっては、新たな技術でつくられたワクチンに不安を感じる人も少なくありませんでした。

“次世代ワクチン”も、もし技術的に開発が可能になったとしても、全てが解決するわけではありません。世界の人々に幅広く接種されていくためには本当に安全で安心できるものなのか、情報を開示してわかりやすく説明し、信頼を得ていくプロセスが欠かせないのではないかと感じました。

【2022年11月3日放送】