新型コロナによって、経済的に追い込まれる子どもたちが増えています。親の職業が影響を受け、「塾に行きたいと言い出せなかった」という男子高校生は、自分よりもっと苦しい子どもたちがいることを知り衝撃を受けました。なにかできることはないかと立ち上げたのが、現役高校生たちでつくる学びの場でした。
(おはよう日本ディレクター 田村夢夏)
オンラインでつながる 高校生がつなぐ学びの場
「○○ちゃん、この問題は?・・・うん、正解!」
中学生に向けたオンライン授業が始まりました。
双方向にやり取りをしながらひとつひとつ問題に取り組んでいました。
<オンラインでの授業のようす>
このオンライン塾はすべて無料。家庭の経済力に学びが左右されないようにという思いで開かれています。
開いているのは、教育格差の問題に取り組む学生団体「Get CHANCE」です。
総勢40名余りのメンバーはほとんどが現役高校生。
先生を務めるのはインターネットを通じて募集したボランティアの大学生や社会人ですが、高校生のメンバーたちは「子どもたちの目線に立ったカリキュラム」を一緒に作ってきました。
受講している中学生の保護者からは「無料なのに熱心で丁寧」「教養への意欲が高まった」といった声が届いています。
Get CHANCEではオンラインの塾のほかに、使わなくなった参考書や文房具を集めて地域の子どもたちに届けたり、子どもたちが将来の夢を持てるよう著名人を招いた講演会を開いたりして、「教育格差の解消」のために活動してきました。
家計が心配で“塾に通いたい”と言い出せなかった…
この活動を始めたのが、神戸市に住む高校3年生の濱田颯太さんです。
きっかけとなったのは、新型コロナの流行でした。
濱田さんが高校1年生の時、父親が経営する飲食店が休業を余儀なくされたのです。
周囲の友人が塾に通い始め、自身も大学進学に向けて塾に通いたいと考えていた濱田さんですが、家計を心配し、親に話すことができませんでした。
濱田颯太さん
「僕は今まで、親のおかげで、習い事とかもやりたいって言えばやらせてもらっていたので、初めて言い出せずに止まるというか・・・お金を使うことなどに敏感になるというか、遠慮することになりました」
去年日本財団が17~19歳を対象に行った調査によると、51%が「コロナ禍で学習環境の差が広がった」と回答し、そのうち約7割が「教育格差を実感している」と答えています。
当事者である若者自らが、格差を身近に感じていることが浮き彫りになっています。
その後、父親が経営する飲食店は営業を再開しました。
ただ濱田さんはこのことをきっかけに”教育格差”の問題を真剣に考えるようになり、”日本の子どもの7人に1人が貧困”ということを聞いて「何かしなければならない」と感じたといいます。
濱田颯太さん
「僕が家計を心配した時間には限りがあったけれど、その時に初めて貧困を自分事にできた。僕よりもっとひどい人が7人に1人もいるんだと思って。これ、今黙って何もしないでいいのかなと。自分の恵まれていた環境に気づけて、やっぱりこれじゃだめだよねっていう、団体を立ち上げようという方向になりました」
当初濱田さんは大学生になってから団体を立ち上げようと思っていました。
しかし去年の夏に参加した高校生向けのサマーキャンプで、社会的な問題に対しすでに行動している同世代がいることを知りました。
そこで、参加者が集うグループチャットに「一緒に教育格差の問題に取り組まないか」と呼びかけたのです。
<濱田さんがメンバーを募集するために送ったメッセージ>
濱田さんの思いに同じような思いを抱えていた高校生たちが共鳴し、すぐに30人近くが集まりました。
結成メンバーの一人、青森に住む高校3年生の猪股美玲さんは、英語教師になりたいという夢がありました。
そのために留学に行ったり英会話を習ったりしたいと考えていましたが、経済的な理由で諦めた経験があったといいます。
猪股美玲さん
「自分自身の状況にもどかしさを感じていた時に、サマーキャンプに参加しました。やっぱりその時に教育格差があるということをすごく感じたし、自分と同じような思いをしている人が日本にはたくさんいるということを感じて。濱田くんから塾をやるという話を聞いて、もう絶対に私も参加したいと思いました」
<街頭での募金活動>
結成後、早速活動を始めたGet CHANCEですが、最初は何から始めればいいか、右も左もわからなかったといいます。
夜遅くまでオンラインでミーティングを重ね、街頭募金で活動のための資金を集めたりして、念願だった無料のオンライン塾を今年6月にスタートしました。
「しんどいところもあったけれど、みんなが本気でやろうとしていると感じた」と濱田さんは振り返ります。
「見えない誰かのために」 広がるつながりや支援
結成から1年。高校生が投じた一石から少しずつ支援の輪が広がっています。
千葉県で子ども食堂を運営する田中照美さんは、Get CHANCEから自治体を通じて文房具の寄付を受けました。
高校生たちの活動に感銘を受け、地域の子どもたちに会わせたいと思ったといいます。
田中さんは「濱田さんのようにやりたいことを言い出せないという経験をする子はいっぱいいると思う」と感じています。
田中照美さん
「普通は『まあ諦めるしかないよね』というふうに終わっていってしまうと思うの。だけど濱田さんはその経験を生かして、自分ではない顔も見えない誰かのために活動を始めた。そこにまずものすごく感銘を受けた。地域の子どもたちを見ていると、中には家庭環境に恵まれなかったり、進路を途中であきらめたり、いろんな思いを抱えながら、今を一生懸命過ごしているんです。Get CHANCEの学生さんたちのやっていることやマインドを知った時に、何か彼らに与えてくれるものがあるんじゃないかなと期待しました」
そこで田中さんは、Get CHANCEに自由研究の取り組みに困っている小学生をサポートするボランティアを依頼しました。
8月下旬、濱田さんたち5人のメンバーが子ども食堂を訪問。
子どもたちが楽しめるようにと、スライム作りや、フローズンコーラ作りなど“楽しく学べる”プログラムを考えてきました。
参加した子どもたちは「めちゃくちゃ綺麗にできた!」と声をあげ、できたスライムを見せ合うなどしながら、目を輝かせていました。
さらに、高校生たちが活動できる場を提供しようという企業もあらわれました。
図書館を運営する企業が、参考書の譲渡会をする場所に、運営している図書館を使って欲しいと申し出たのです。
2023年春をめどに、岡山県高梁市で第1回目の譲渡会を行う予定です。
<会場となる予定の高梁市立図書館>
図書館を運営するCCC 公共サービス企画担当 平本雅則さん
「僕たちも本を貸す、資料を貸し出す、学習室を利用してもらうといったサービスをやっているが、もっと踏み込んだ社会の解決課題に何かお役に立てないかなというところです。貧困問題や教育格差の課題というのは、意識はしているけどどうしていいか分からないというところでもあった。そういう意味でもGet CHANCEとの出会いは一つのきっかけかなと思っています」
さらにGet CHANCEに参加するメンバー自身も、やりがいや自身の成長を実感しているといいます。
山下栞奈さん
「全国に同じ同級生でこんなに活動している人がいるんだという、自分の学校では知れないことがたくさん知れたので、それだけで頑張れるし、もっとこれもできるんじゃない、あれもできるんじゃないみたいな案も出せるのもすごく楽しい」
猪股美玲さん
「中学生たちがどんどんちょっとずつ英語が分かっていって、楽しんでくれているなというのが画面からでも伝わってくるのがすごくうれしくて。理解につながった瞬間を実感できるのがすごくやりがいがある。本当にこの塾に携われて良かったと思います」
【取材後記】“教育格差” 日本の現状は?
コロナ禍を機に注目されるようになった“教育格差”。
ただこの問題を研究してきた専門家は「保護者の学歴や世帯収入などを含む家庭の社会経済的地位、出身地域、性別などの子ども本人に変更できない初期条件による教育格差は、コロナ禍以前にも存在していた」と指摘します。
龍谷大学社会学部 松岡亮二准教授
「高校生がこういった問題に取り組まなければと思うぐらい、コロナ禍が教育格差を可視化したといえるでしょう。濱田さんたちの取り組みを"奇貨"とすべきではないでしょうか。コロナ禍による変化を含めて実態を定期的に把握したうえで、どのような社会が全員にとって望ましいのか議論していくことが必要です」
取材の中で濱田さんは「子どもが自分ではどうしようもないところには、誰かが手を差し伸べていかないと冷たい社会になってしまう」と話してくれました。
教育格差の問題は背景にさまざまな要因があり、簡単に解決できるわけではもちろんありません。
それでも問題を”自分事“ととらえて「なにか自分にできることはないか」と考える姿勢こそが解決への第一歩になるのだと、若者たちの熱意から強く感じました。
【2022年9月15日放送】