2018年のジュノンボーイコンテストに出場し、「可愛すぎるジュノンボーイ」として注目を集めた井手上漠さん。自らの性別を“女でも男でもない“と語り、「ジェンダーレスモデル」として活躍の場を広げています。
今回挑戦したのは、トランスジェンダーの子を主役にしたドラマの吹き替え。“生きづらさ”を乗り越えた自らの学校生活と重ねながら、自分らしく生きることへのメッセージを語ってくれました。
(聞き手 森下絵理香アナウンサー)
"自分もハナと同じだった" 「ファースト・デイ2」を演じて
―今回吹き替えを担当されたのはどんなドラマなんでしょうか?
井手上漠さん
ドラマ「ファースト・デイ2」は主人公のハナがトランスジェンダーで、性別に悩み葛藤しながら、学生社会の中でどう生きていくかという物語です。私はハナの声を担当したんですけど、すごくハナの行動から勇気をもらえることだったり、勝手に私に似てるなって思うところもたくさんあって、すごくいい影響力のある作品になるんだろうなと思いながら吹き替えをしていましたね。
―声を吹き替えるお仕事は今回初めてだったんですよね?ドラマを見て、すごくナチュラルで引き込まれました。ご自身で演じてみてどうでしたか?
私の生きざまというか、経験してきたこともすごくハナと似ていて、だからこそ「伝わったのかな、伝わってくれたのかな」って個人的に思ってるんです。トランスジェンダーという役で、中学生に上がったぐらいで声変わりっていうものもあるわけで、「最初のシーズンの時から声を低くすべきか高くすべきか」っていうところで最初すごく悩みました。ハナを演じた方も本当のトランスジェンダーらしいんですけど、その方がハナを演じている時に高い声で演じていたので、そこに合わせようと思って、私も声はちょっと高めに演じるという工夫は個人的にはしていました。
―ドラマではハナが学校の制服を改革するストーリーがありましたけれど、漠さんも同じような経験があると聞きました。
そうなんです。きっかけは高校1年生の頃、心は男の子なんですけど体は女の子っていう子がいて、「スカートがどうしても恥ずかしい、学ランを着たい」と私に相談されて、じゃあ校則を変えようよって軽い気持ちで動き出したんです。先生と話したら「今の時代に学生社会で生きてないから、やっぱりどうしても気持ちが分からない」と言われたんですよね。ジェネレーションギャップってあるよなって。
<学ランを着ていたころの井手上さん>
どういう伝え方をしたら気持ちをわかってくれるんだろうって考えて、担当の先生が心も体も男性だったんで「先生はじゃあスカートを履いて学校で一日過ごせますか?」って聞いたら過ごせないと言うんですね。「なんでですか?」って言ったら「恥ずかしいから」って言うんです。「それです!」って。
「その気持ちで、この子は毎日スカートを履いて学校に来ている」と、「学校は勉強するための場所だと先生は言いますけれど、勉強もくそもない。その恥ずかしい気持ちで学校に来ているのがわかりますか?」って言ったらわかってくれて、先生方も動き始めてくれて、2年間かかったんですけどやっと高校3年生の時に制服を選べる制度っていうふうになりました。
<スカートの制服を着た井手上さん>
―そのシーンの吹き替えは楽しかったでしょうね。
そうなんです。だから私もハナを見て「全く同じじゃん」と思って、ハナの背中も押したいなあって思いながら勝手に感情が入っちゃって。リアルな作品ですから、「あ、こういう思いをしているのかな」とか「こういう言葉をかけてあげたらいいのかな」というきっかけやヒントになると思うので、ぜひいろんな方に見ていただきたいです。
生きづらさを乗り越えた言葉 母がくれた"そのままでいい"
―漠さんは島根県の隠岐の出身で、どんな学校生活を送っていたのでしょうか。
生きづらさはとてもありました。今は隠岐の島の人はすごく大好きですし、本当に感謝してもしきれないぐらいなんですけど、小学生、中学生の私は島があんまり好きじゃなくて。というのも、島だけの文化や価値観の中で生きる中で「スカートを着ている少年」という目で見られちゃったり、小さい時からずっと女の子と一緒にいたのに、男女の区別の時期が始まると初めて男の子の枠組みにポツンと置かれて私以上に周りが違和感を覚えたりだとか。でも私はどっかで「自分は変わっていない」って信じたくて。その時は髪も長かったんですけど髪を切って、服装も好きな服装を着ない。どんどん自分の好きなものっていうのを奪われていったんですよね。
助けてくれる人だったり仲間って呼べる存在は実はたくさんいたんですけど、私が勝手に自分の中で壁を作って閉ざすようにしていたので、きっとその時の私は自己中だったんだろうなって。でも私の場合、母が味方になってくれて私は無敵になれたんです。
―お母さんからどんな言葉できっかけをもらったんですか。
中学2年生に上がってバレー部の部活が終わって帰った後に、母に大事な話があると呼び出されて、何だろうって思ったら「恋愛対象」を聞かれて。聞いてきた意味がすぐにわかったんですよね。「ああ私のことを知ろうとしているな」って思って、すごく鳥肌が立ったんですけど、私の人生の一番の決断というか、母にすべてを打ち明けようっていう決断をしたんです。泣きながら一言一言、学校であったことだったり、自分は変わってるんじゃないか、恋愛対象がわからない自分がとても怖いことも全部話した時に、母は「そっか」って言って、「漠は漠のままでいいんだよ」って言ってくれて、本当にその一言だけだったんです。その一言が人生を変えてくれたんですよね。
<井手上さんは自らの経験を語り、弁論大会にも出場した>
母親が味方になってくれただけで一気に怖いものがなくなっちゃって、そこからもう私はフルフル全開ですよ(笑)。メイクもしだしたりだとか、好きなことをとことん追求し始めて明るい性格になって、毎日キラキラした人生を送り始めたら仲間と呼べる存在が増えて、本当に楽しい毎日が送れた。母という存在は私の人生の中では絶対に必要だった存在なんです。
"性別がない私は格好いい"
―「あなたのままでいい」っていう言葉は、漠さんのSNSを見ていると結構いろんな方がコメントしていますね。ああいったコメントはどう受け取っていますか?
すごくうれしいですね。ジェンダー平等のためにいろんなところで発信し続けてきて良かったなと。まだマイノリティーと言われている人たちが声をあげることって当事者として不安はある。みんなに届いているのかなとか、誰かを傷つけてないかなとか。私が「性別がない」っていうと「ずるい」とか、「それって逃げの言葉じゃないの」という言葉もいただくわけで、その気持ちもわかるんですね。でもそれが私の中のベストアンサーだから、それを伝え続けて「性別がない漠ちゃんが私は大好き」ってそういう一つ一つの言葉に勇気をもらっているので、すごくありがたいですね。
―漠さんの動画やSNSを見て、漠さん自身が楽しそうだなって感じました。
楽しいんです。女でもない男でもない、または女でもあり男でもあるっていう真ん中で生きている私にとって、この感情って誰にでも経験できることじゃないんだろうなとか思った時に、すごく自分を尊重できたんです。もちろんいろんな葛藤がありましたし、マジョリティに合わせなければいじめられてしまうんじゃないかとか、孤独を感じてしまうんじゃないかとかという不安は抱いてきた過去はあるんですけど、そういうものも含めて「性別がないって最高だな」って今は思えるんですよね。
これまでモデルとしてショーに出るなどしてきましたが、最近は、ジェンダーレスブランドとしていろんなファッションを提案しています。やっぱり男性女性というものが生物学的には存在する。どちらにも着られるサイズ感にするには、ボタンの展開をもっと増やさなければいけないだとか、ゴムを使ってもうちょっと体にフィットするような作りにしなければいけないだとか、すごく考えさせられることが多いんです。「こういう工夫を入れればもっと性別に悩みを持った人の受け皿になるファッションになるんじゃないか」と私だからリアルに考えることが出来るのかなって思った時に、”性別がない私”っていうものは格好いい存在になれるんじゃないかって。
<この日着用していた黄色いトップスも、「右前」と「左前」の概念がないようにデザインされたそう>
ジェンダー平等な未来へ 大事なのは「認め合う気持ち」
―これからやっていきたいこと、かなえていきたいことはどんなことでしょうか。
やっぱり一言で言うとジェンダーの平等な世界。これは本当にきれい事じゃなくて本気で思って願っている。「LGBTQ+って、まだそんなこと言ってるの?」って、もしかしたらジェンダーが平等化された時にはそう言われているかもしれない。そう言われている世の中が私は美しいと思う。
ジェンダーの平等化を図る上で大事だと思うのは、認め合う気持ちだと思っています。個性にしても価値観にしても否定する人ってたくさんいますけれど、否定する前に一回認めてあげる。それだけで尊重っていう形が生まれて、それが当たり前になっていけば、10年後、20年後にきっとジェンダー平等っていうものが実現している。今制度や施設に目を向けがちですけれど、私はそれよりも先に価値観が変わらなければいけないと思っている。
あとは未来を創っていくのって、今の子どもたちだと思う。子どもって「なんで男なのにスカートはいてるの?」とか、「なんで男なのにメイクしてるの?」って素直に聞いてくるんですよね。私は子どもだからこそ丁寧に「男だからスカートはいちゃいけないとかないんだよ」と応えてあげるんです。今の子どもたちにそう教えることができれば、その価値観を次の子どもたちに教えることができる。こういうふうに5年後、10年後にジェンダー平等が実現していれば私はいいと思っています。今は通過点。小さなことだとしても、私はすごくやりがいを感じています。
―時代が変わってきたとはいえ、まだ様子をうかがっている、声を上げられないっていう人もいるかもしれません。そんな人にはどんな言葉を伝えたいですか?
そうですね、私はメディアでもすごく「ジェンダーの平等を実現しようしよう」って言っているように見えますけど、実はジェンダーに対して重く考えてほしくはない。ただ好きなことを開花させてほしい、好きなことは好きでい続けてほしい。
私が思う自分らしさは「好きなこと」にあると思っていて、好きなことっていうのは絶対自分を裏切らない。どんなに人に否定されたとしても、自分の中で大切にし続けて開花させた時にそれが自分らしさっていうものに私はつながると思います。ジェンダーのことだけじゃなくて、人には絶対に好きなことっていうものが1人ひとりあると思いますので、それを自分の中で尊重しながら、開花させながら生きていってほしいなって、ただ、それだけです。
【2022年10月15日放送】