未来は子供の「なぜ?」がつくる ユヴァル・ノア・ハラリさん新刊が伝えるメッセージ

NHK
2022年12月2日 午後3:16 公開

「サピエンス全史」や「ホモ・デウス」など全世界でベストセラーを生み出してきた、歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ教授 。待望の新刊は、子どもたちに向けて書き下ろされた歴史書です。「どうして夜中におばけが怖くなるのか?その答えは歴史が教えてくれるんですよ」と語り、世界中の子どもたちが持つ疑問が、明るい未来のヒントになるのだとか…。

子どもでもわかり、大人の胸に刺さる、世界を変えるためのメッセージです。

(おはよう日本 山田大樹アナウンサー)

おばけが怖い理由は、サバンナでの記憶にあり?

ユヴァル・ノア・ハラリさんは、1976年生まれのイスラエル出身の歴史学者です。

イギリスの名門オックスフォード大学で中世史、軍事史を学び、博士号を取得。

現在はヘブライ大学で歴史学を教えています。

ハラリさんが約5年を費やして書き上げたのが、人類の誕生から現代までを描いた子ども向けの歴史書「人類の物語 Unstoppable Us」です。

まず、子ども向けの歴史書を書いた理由について尋ねると、「子どもたちが、自分が何者かを理解できるようにするため」との答えが返ってきました。例としてあげたのが「夜中におばけが怖くなる理由」です。

ユヴァル・ノア・ハラリさん

「私は子どもの頃、夜中に目を覚まして、ベッドの下に怪物がいるのではないかと怖がったりしていました。世界中の多くの子どもたちが経験することですよね。実はこれは何百万年前の記憶が関係しているんです」

ハラリさんによると、人類がサバンナで暮らしていたはるか昔、夜に襲ってくる肉食動物を恐れて警戒していたころの記憶が関係しているといいます。

<「人類の物語Unstoppable Us」より>

「ライオンがあなたをエサにしようとやってきたとしても、起きていれば生き残るチャンスがありますよね。でも、もし眠っていたら…?ライオンに食べられてしまいます。

『なぜ夜中に目覚めたら、おばけが怖くなるのか?』というようなことを理解するためにさえ、人類の歴史を理解する必要があるのです。これが子どものために歴史書を書くことの主な目的でした。特に緊張が高まっている今、『私たち全員が同じ人類であり、共通の歴史や経験を有している』という考えは攻撃の的にされています。それは非常に、非常に危険です。そうした時代だからこそ、私たち人類全員にまだ共通していることに思いをはせるのはいいことです」

コロナ禍やウクライナ侵攻など、激動の時代にあえて子どもたちに向けた歴史本を出版することになったことについて、ハラリさんは「タイムリーだった」と語ります。

「実は出版がこの時期になったのは、政治的だったり歴史的に重要だったりするタイミングを意識したからではありません。子ども向けの歴史書を完成させるという、巨大で長期間にわたるプロジェクトを成し遂げたのが、たまたまこのタイミングだったのです。しかし、結果的に非常にタイムリーなものとなったと考えています。なぜなら、私たちはいまコロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻だけでなく、気候変動や核戦争の脅威など、様々な世界的な課題に直面しているからです。それは世界的な協力によってしか解決することはできません。

種として協力する方法を再び見いだすためには、人々に『そうだ!民族の違いや宗教の違いなどはあっても、私たちは同じ人類なのだ』と思い出させる必要があります。それができなければ、今の子どもたちの世代がホモ・サピエンスとしての最後の世代になるかもしれません」

人間が秘める“可能性”と“危険性”

4冊のシリーズに渡る「人類の物語 Unstoppable Us」

本のタイトルは直訳すると、「止められない私たち」。ここには相反する二つの意味を込めたと話します。

「1つが人間が持っている計り知れない力についてです。人間はこの惑星で群を抜いて最も強力な動物なのです。そして私たちが目的を持ち、共に行動するなら、私たちはどんなことでも成し遂げられる大いなる可能性を持っています。

しかし、このタイトルにはもう1つ否定的な意味合いもあります。私たちは地球上で最も危険な動物でもあるということです。なぜなら、私たちが間違った目的を選択した場合においても、他の動物たちは私たちを止めることができないからです。人間ですら、人間を止めることは難しいのです」

「人間の欲には際限がなく、底なしのバケツのようなものです。シマウマを食べて、満足して眠るライオンとは違うのです。人間は今、生態系全体を弱体化させていますが、私たちに「あなたたちは間違った方向に進んでいる」としてやめるように言うことができるものはいません。このままでは、私たちは生態系全体を破壊し、私たち自身の心の平和も破壊する可能性があります。

この「可能性」と「危険性」の両方を示唆する「Unstoppable Us」というタイトルに込めたメッセージは『立ち止まって、今持っているものを楽しむ方法を見つけなければならない』ということです。人間の持つ力を誇りに思うのではなく、責任感を持たなければならないのです」

子どもの「なぜ?」 無視していませんか

子どもたちと接する機会は多いというハラリさんは、子どもが持つ素朴な疑問や自由な発想に着目し、未来への鍵があると話します。

さらに大人としてドキっとさせられるこんな言葉も…。

「子どもに『なぜ、なぜ、なぜ?』と尋ねられて、時々迷惑に感じたことはありませんか?しかし実際には子ども達は物事を本当に深く理解するために、物事の本質に到達しようとしているだけなのです。「私は子どもの頃『死んだ後、人はどうなるのか?』という疑問を持っていました。両親や先生などに疑問をぶつけ、彼らはあらゆる種類の話を私にしてくれましたが、大人は答えを知らないことにある時気づいたのです。大人たちがしていたのは、作り話に過ぎませんでした。

ただ、驚いたのは、大人が「死んだ後の世界」についてウソをでっちあげていたということではありませんでした。本当に驚いたのは、死んだ後に人がどうなるかなんてことを、大人はあまり気にしていないように見えたということです」

「大人は、経済状況やこの問題やあの問題など、多くのことを懸念していますが、人生の根本的な問題、人は死んだ後に何が起こるかという問題に関しては、答えを知らないどころか気にも留めていません。多くの人は成長するにつれて、人生の大きな問題を脇に置き、考えるのをやめてしまいます。しかし子どもたちの多くは、人生の大きな問題について、まだまだとても興味を持っていて、大いなる可能性を秘めているのです」

子どもたちの世代に責任転嫁するべきではない

そして、ハラリさんは「これが最も重要なポイントですが…」と前置きして話したのが、「子どもたちに考えてもらうことは大切でも、子どもたちに責任転換してはならない」ということです。

「時々大人は『時すでに遅し。私たちには何もできない。でもいつか次世代が世界を変えてくれるだろう』と言ったりしますが、これは非常に危険です。それは大人が自分で努力するのをやめるということを意味します。しかし彼らに重荷を背負わせるべきではないのです。

少なくとも今のところ、世界を変え、気候変動を解決し、将来のパンデミックを防ぐのは、10歳の子どもたちの責任・役割ではありません。彼らは子どもです。10歳の子どもがやるべき事は、友達を作ること、学校に行くこと、本を読むこと、自分が誰なのかを探求すること。これが子どもの仕事です。世界を動かすのは子どもの仕事ではありません。今の子ども達が年を重ねて、20歳、40歳、60歳になったら世界を動かすのは彼らの仕事ですが、今は私たちの仕事であることを忘れてはいけません」

コロナ禍でハラリさんが感じた“失望”

さらに、世界中の子どもたちにとっても大きな影響が及んだ2年あまりに及ぶコロナ禍について尋ねると、「非常に大きな失望」だという厳しい言葉が返ってきました。

「パンデミックが始まってから2年以上経った今でも、私たちにはグローバルなリーダーシップやグローバルな行動計画がありません。まだ続いているこのパンデミックにどう対処するのでしょうか?

さらに重要なことですが、将来のパンデミックについて私たちは今何か準備しているでしょうか? ウイルスやバクテリア、病原体の進化は一瞬たりとも止まることはありません。またすぐにコロナのパンデミックのようなことが起こるかもしれないし、今よりもはるかに悪い状況もあり得る。ある種の警報が鳴っている状態です。それなのに、世界は今回のパンデミックから教訓を学んでいるでしょうか?そして各国の政治指導者は何か学んだでしょうか?いえ、全く学んでいません!

歴史家がよく言うのは『人間の愚かさを過小評価してはならない』ということです。そしてこれが実際に起こっているのを見るのは非常に残念です」

「なぜ変化が起こらないのか。米国、ロシア、中国など、多くの大国の指導者は高齢ですよね。つまり、今世界を動かし、世界をリードする人々の多くは70代、さらには80代です。そうした人たちが『2080年の世界はどうなっているだろう』と考えたとしても、心の奥底のどこかで『自分たちは2080年にはもう生きていない』と分かっています。考えているのは今権力を得る方法、あと2年、そしてさらにあと4年間にわたって自分の権力を維持する方法であって、数十年後ですら何が起こるかを考えていないかもしれません。彼らにとって、2080年に何が起きるのかなんてことは一種のSFで現実的ではないのです。

しかし、今10歳の子どもにとって、多くの場合彼らは生きているでしょう。彼らにとって2080年はSFではないのです」

<大人は諦めたんですか…?>

「失望」という強い言葉で、コロナ禍を振り返ったハラリさん。

もう大人に語ることは諦めてしまったんでしょうか…?

「いえいえ、私はまだ大人にも語っています。私はすっかり変わってしまったわけではありませんし、2年後くらいにお伝えできると思いますが、大人向けの新作の準備にもとりかかっているんですよ」

人がつくった世界は、人が変えられる

おばけが怖い理由から混迷の世界の生き方まで、45分にわたったハラリさんへのインタビューで貫かれていたのは、子どもたちだけでなく大人にも宛てられた「世界は変えられる」というメッセージでした。

「この本で実現しようとしたのは、歴史は非常に重要で、子どもたちの日常生活に大いに関係があると子どもたちに知ってもらうことです。時折、子どもたちは歴史のことを何世紀も前に起こった事柄の名前や年号を学ぶことで、自分たちの暮らしとは何の関係もないような印象を持っています。しかし私が言いたいのは本当はそうじゃないということです。歴史とは今日のあなたの暮らしなのです。過去に起こったことが今日のあなたの暮らしを形づくっているからです」

「人類の物語Unstoppable Us」より

「歴史を学ぶことのポイントは、この世界は過去に私たちのような人間が下した決定によって作られたと知ることです。人間が真実だと信じていることは、時代とともに移り変わっていくものです。現在の世界が不公平で、賢明なものでないなら、私たちはそれを変えることができます。もちろん、簡単ではありませんけどね。

しかし、変化はこれまでにも何度も引き起こされていて、私たちは再び変化を引き起こすことは不可能なことではありません。私たちの危険で、可能性を秘めた巨大な力を自分たちのためだけでなく人類全体の未来に使うことができれば、私たちは今よりもはるかに良い世界を作ることができるでしょう」

【2022年12月3日放送】