“支援者を支援する” 日本にいてウクライナにできることとは

NHK
2022年6月1日 午後0:00 公開

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって、3か月。今も避難生活を余儀なくされている人たちが数多くいる中、日本にいる私たちに、何かできることはないか。東日本大震災での経験をもとに新たな支援活動を始めた人たちがいます。「現地で支援している人を支援する」という取り組みです。 

(取材:おはよう日本 キャスター  伊藤海彦/ディレクター 植村優香) 

顔が見える関係で現地の支援者を日本から支える 

私たちが話を聞いたのは長尾彰さんです。東京で会社の経営をしながら、3月にWDRAC(戦災復興支援センター/ワドラック)というボランティア団体を立ち上げました。 

ウクライナ国内や隣国のポーランドやルーマニアなどで、軍事侵攻で避難を余儀なくされた人たちなどの支援をしている人たちに、インターネットなどを通じて集めた寄付金を送る活動をしています。いわば、“支援者を支援する”取り組みです。これまでにおよそ400万円を集め、現地で活動する支援者に送りました。 

<WDRACが支援している「現地の支援者」たち >

WDRACが今、お金を送って支えている団体は5つ。ポーランドの国境付近の街で、次々にやってくる避難者のために仮設住宅を作って受け入れているボランティア団体には、30万円を送り、約20人分が寝泊まりできる住宅の整備に使われました。 

<寄付を使って作られた仮設住宅 >

さらに、ウクライナ国内に残り活動を続けている人への支援も行っています。首都キーウに暮らすオレグさんもその一人。家族はハンガリーに避難させましたが、自身は一人ウクライナに残り、欧米などから届く支援物資を、高齢者の家や病院などに届けて回る活動を毎日続けています。 

<キーウで支援物資を運ぶ活動をするオレグさん >

多いときには一日500キロ以上走ることもあり、空襲などの危険と隣り合わせのオレグさん。長尾さんの元には、オレグさんから毎日のように活動の様子が写真や動画で送られてきます。中には防空警報のサイレンが鳴り響く中、慎重に車を走らせる動画もありました。 

伊藤海彦キャスター

「サイレンが鳴る中、活動する様子をどのように見ていますか? 」

長尾彰さん

「東京に住んでいると全く自分とかけ離れた世界で起きていることのように感じるんですが、送られてくる写真や動画がとてもリアリティーがあって、日々こうやって送ってきてもらうと、他人事ではなくなってきます」

<WDRAC代表 長尾彰さん>

WDRACには、現在100人以上のメンバーが参加しています。 

それぞれ、「ウクライナのために何かしたいけど何をしていいか分からない」という思いを抱えていた人たちが、長尾さんの呼びかけに応じて参加しました。 

<WDRACのミーティングの様子 >

現地の支援者たちと定期的にオンラインで情報交換を行い、「顔の見える関係」を作っていることが、自分たちの支援が現地に届いている実感を生んでいるといいます。 

WDRACのメンバー 

「戦争という大きすぎる問題と自分の小ささのギャップをすごく感じていましたが、自分にもできることがあるかもしれないという思いに変わってきました」 

「自分たちの活動が直接現地の人たちに届いているんだと実感しています」 

東日本大震災の経験から学んだ 支援のあり方 

長尾さんがWDRACを立ち上げ活動を始めたきっかけは、ウクライナへの侵攻が始まって2週間あまり経った頃にSNSで目にした一枚の写真でした。 

ポーランドの国境付近で、集まった支援物資が野ざらしにされ、放置されていたのです。長尾さんはこの写真を見たとき、同じような光景を目にしたことを思い出しました。2011年3月に起きた東日本大震災です。このとき、長尾さんは地震発生から2週間後に宮城県石巻市に入り、ボランティア活動を始めました。そのとき担当したのが、全国から集まったものの山積みになっていた支援物資の仕分け作業です。中には、仕分けが追いつかず十分に被災者に届かないものや、ニーズと合わず余ってしまうものもあったといいます。 

長尾さん 

「例えばランドセルがたくさん送られてきました。新品もあれば中古もありました。でも石巻の小学生の中でランドセルを流されてしまった子は、学校にアンケートを取ってもらったら100人もいなかったんです。でも実際に集まったランドセルは5000個を超えていて、保管する場所も必要でした。でもだからといって捨てるわけにもいかない。石巻市で新しく小学1年生になった子に配るという話もありましたが、そうすると今度は民業を圧迫してしまう。地元のカバン屋さんのお仕事を奪ってしまいかねないということもあって。そういったことをいくつか目の当たりにしました」

軍事侵攻が始まってから、何かできることがないか探していたという長尾さんは、東日本大震災の時の支援活動の経験を思い出し、現地に確実に届く支援をしたいと考え始めていました。そこで思いついたのが、「現地の支援者を支援する」という方法です。今回は自身が現場に入り直接活動することが難しい中で、現地の支援者とつながり、まずは必要なお金を送るところから始めようと考えたのです。 

伊藤キャスター 

「なぜ支援者にお金を送るという支援を選んだのですか」 

長尾さん 

「お金は一番価値を上手に変えられる道具と思っています。僕自身、被災地の支援活動をする中で一番何が助かったかというと、『このお金を自由に使って役立てて』ってポンと渡されるものでした。同じお金にしても、例えば『このお金でオムツを買ってください』って言われたらやっぱり、『今オムツよりも他のものが必要なんだけどな』って思ってもオムツを買わざるをえないっていうこともありました。だから、何に使うかという選択も現場で活動している人に決めてほしいと考えました」 

<伊藤海彦キャスター>

長期化している中・・・支援を“続ける”ために 

今、WDRACでは長期的な支援に向けた準備を始めています。支援先のひとり、パトリチアさん。ルーマニア北西部で避難者に住宅の手配や食料の調達などを行っていて、活動拠点を作るために200万円の寄付金が使われました。 

最近、パトリチアさんと情報交換をする中で、ある課題があることがわかってきました。避難生活が長引く中で子どもたちの様子が心配になるというのです。 

パトリチアさん 

「誰かが箱を落としてしまってボンって大きい音がしました。そのとき、子どもたちはみんな爆発だとおもってパニックになりました。母親たちが大丈夫だよ、と声をかけてもなかなか隠れて出て来られない子どもたちを見て、すぐに治る心の傷ではないと思いました」 

パトリチアさんの話を聞いた長尾さんは、再び東日本大震災のことを思い出したといいます。地震から3か月近くたった頃、仮設住宅に暮らす子どもたちの様子が気になり、遊びの場を作るなどの活動を始めていました。それは10年間続きました。 

パトリチアさんの支援センターでも、遊び場を作るなど、子供たちが安心して過ごせるように取り組みをはじめています。 

長尾さんはパトリチアさんの思いに寄り添い、今後は、お金の寄付に限らずにできることを見つけていきたいと考えています。 

長尾さん 

「子供たちどうしが友達になれるようなプログラムができたらいいよね、オンラインでも」 

パトリチアさん 

「いいですね、是非メンバーの皆さんの子どもたちともつながりたいです」 

長尾さんは、日々変わる現地の支援へのニーズを直接聞き取りながら、必要な支援を継続していきたいと考えています。 

長尾さん 

「もちろん戦争と震災は違う部分も大きい。だからこそ、今何が起きているのか、現場で起きていることを一次情報として入手して、それに基づいて自分たちができることが何か考える。そして、できないことはもちろん無理をしてする必要はありませんし、できることの範囲の中でお互いに必要だと思われることをすり合わせていくことが大事だと考えています」 

取材後記 

長尾さんのインタビューで何度も出てきたのが「無理をしない」という言葉です。これは、「何か支援したいと思っているもののどうすればいいかわからない」と言う人に対して、「無理せず、まずは現地の状況を知ることなどから始めればよいのでは」というメッセージであると同時に、ウクライナへの軍事侵攻が長期化する見通しの中、これからも「無理はせず」、支援を「続けよう」という、長尾さんの強い覚悟が込められていると感じました。 

【2022年5月27日放送】

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