“憎しみの連鎖”を止めるには 元国連政務官が語る日本の役割

NHK
2024年1月24日 午後5:58 公開

「いま起きている”人道破綻“の危機を食い止めるために、日本にできることがある」

そう語るのは、国連で政務官を務めた経験のある平和構築の専門家だ。

イスラエル軍とイスラム組織ハマスとの戦闘が続くガザ地区では、今なお多くの命が失われている。

ロシアによるウクライナ侵攻からもまもなく2年が経つが、いまだに終わりは見えていない。

悲劇の連鎖を断つためには何が必要なのか。中東やアフリカの紛争地で和平調停にあたってきた東大作教授(上智大学)へのインタビューからヒントを探る。

(政経・国際番組部ディレクター 加賀 恒存)

なぜ紛争が止められないのか?

東教授は、国連の安全保障理事会(安保理)が”機能不全だ”と特に危機感を強めている。「国際社会の平和と安全に主要な責任をもつ」とされる国連安保理。東教授は、近年、大きな“変化”に直面していると指摘する。

<破壊されたガザ地区の街中>

―紛争が相次ぐ状況をどう見ていますか?

国連や、いろんな国が協力して仲介して紛争を止めることが、非常に難しくなっていると感じます。冷戦後、国連安保理では、ロシアや中国も含めて、1つの決議を容認・承認し、それに基づいて紛争地に停戦の働きかけを行ったり、停戦実現後に国連PKOを送って国づくりをしたりすることで、持続的な平和をつくることができるようになりました。国連による平和構築は7割くらいの成功率と言われていて、それなりの成果をあげてきたと思います。

しかし、ロシアによるウクライナ侵攻によって、非常に難しくなりました。国連安保理は、今は1つの意思決定をする場というより、いろんな大国が対立し、主張を世界に届ける場、討論の場みたいになってしまっています。

<ウクライナを巡る安保理の会合>

こうした国連の現状が、国際秩序を決定的に変えている1つの要因ではないかと思います。「勝手に他国に侵略して領土を増やさない」とか、「国の形を変えようとしない」とか、そういう基本的なルールをいろんな国が守らなくなると世界中で戦争が始まります。それを守ることができるかどうか、いま瀬戸際にあると思います。

―ことしはロシアやアメリカの大統領選もありますが、どんな影響がありますか?

アメリカやロシア、中国などの国がまとまって、平和で安定的な秩序をつくっていくという状況には、短期的にはならないと見ています。だからこそ、日本やヨーロッパなど、一定の経済力と志をもった国が協力しながら、機運を作っていくことが重要だと思います。

また、EUやアフリカ連合などその地域の国々が政治・経済などについて話し合う「地域機構」があります。日本やヨーロッパなどの国々が、そういった地域機構と協力しながら、とりあえず停戦にもっていき、その地域で暮らす人々の自立を支援していく。そういうことを有志連合的にやっていくしか、当分の間はないのではないかと思います。

ガザで起きている「人道破綻」を止めたい

<ガザ地区の難民キャンプ>

今、毎日のように何百人という人がガザ地区での空爆や攻撃で亡くなっている。

多くは一般市民とみられ、病院や難民キャンプ、学校なども攻撃されて被害は深刻だ。

しかも、燃料や水、食料もほとんど入らず、多くの市民が極度の栄養失調や水不足に脅かされている現状がある。東教授によると、いまだかつてわれわれが経験したことがないような事態が起きているという。

<ガザ地区の難民キャンプの子どもたち>

―パレスチナのガザ地区でいま起きていることをどう捉えていますか?

国連もいろんなレポートで、第2次世界大戦以降、こんなにはやいスピードで、こんなに多くの人が殺害され、破壊が進んでいる軍事侵攻はないと再三警告を鳴らしています。そういった意味では、かつてない事態が進行していると私は見ています。どういう言葉を使うかはありますが、私はガザで起きていることは「人道破綻」と捉えています。今ガザを実効支配しているイスラム組織ハマスとイスラエルとで何とか停戦合意をして、いったん矛を収める。その後、こういったことが繰り返されないように、どういうシステムをつくっていけば良いのか、冷静に議論していく必要があると思います。

<ガザ地区に入るイスラエルの戦車>

―「停戦合意」でさえ難しいなか、国際社会はどう解決していけばいいのでしょうか?

この問題を解決する方法は、ヨルダン川西岸とガザからイスラエルが撤退して、そこにパレスチナの人の新しい国家をつくり、パレスチナとイスラエルの人たちがともに平和的に共存していくこと、つまり「二国家解決」だと思います。

<イスラエルから見えるガザ地区>

実は1967年の第3次中東戦争のときに、イスラエルがガザやヨルダン川西岸などを占領しました。当時、国連安保理は、アメリカも含めて全会一致で、イスラエルに対し「撤退してください」と決議しました。この地域にパレスチナ国家を樹立する「二国家解決」はずっと議論されてきて、2001年にはいったん合意されかけたという歴史的な事実があります。この解決案は、アメリカやヨーロッパ、日本も言い続けています。

―いったん合意されかけたのに、なぜ?

和平から遠のいてしまった一つの理由は、2001年にイスラエルで右派政権が誕生したことです。イスラエルは民主主義国家なので、和平派が政権を握らないとパレスチナとの本格的な交渉になかなか入ることはできません。その間、パレスチナでは、イスラム組織ハマスが台頭し、双方で武力によって相手を押さえつけることを掲げる組織が支持を高めてきたのです。それをどうやって解決の方向に向けていくことができるのか。これは非常に難しい問題で、簡単に答えは出ません。

―複雑な状況を変えるための一歩を踏み出すには?

イスラエルに対して最も影響力を持っているのはアメリカです。アメリカがどこまでイスラエルに対して本気になって「二国家解決」の合意にむけて説得していけるか。かつて歴史的和平合意の実現に尽力したクリントン政権のように説得していけるかが1つの焦点になると思います。

<クリントン大統領が仲介したオスロ合意(1993年)>

他方で、これはかなり時間がかかるプロセスだということは覚悟せざるを得ません。「二国家解決」とただ言い続けるだけでは、今の状況が変わらないかもしれません。なので、まずは停戦の合意に繋げ、その後ガザの復興の議論になった際には、国際社会がこれまでとは異なる形でコミットしていくことが重要だと思います。

新たな手として「国連PKO」の派遣も

―「これまでと異なる形のコミット」とは?

重要なのは、イスラエルの人たちとガザの人たち双方が、ある程度安全を確保できる状況を作っていくことです。私が考えているのは、ハマスなどガザの政治勢力と、イスラエルが恒久的な停戦に合意した際には国連PKOのようなものをガザ内部に派遣し、停戦を監視するために駐留させられないかということです。イスラエルもガザに勝手に攻撃できなくなるし、ガザ側の勢力もイスラエル側に勝手に攻撃できなくなります。実際、2006年にイスラエルとレバノン側のヒズボラが戦闘になった後、双方が停戦合意し、そこに国連PKOが入り、イスラエルとヒズボラの全面戦争を防いでいます。

カギとなるのは、それぞれが安全を確保でき、互いを信頼し始めることだという。

和平交渉で重要なのは、「信頼醸成=コンフィデンスビルディング」です。完全に合意に至っていなくても、交渉のプロセスの中である一定の状況の改善がみられると、互いに合意しても良いと思えるようになることがあります。国連PKOをガザに派遣し、少しでも互いの安全が確保されるようになれば、それは1つの信頼醸成です。「安保理が分裂しているときに新たな国連PKOを派遣できるのか」という疑問もあるかもしれませんが、停戦監視を目的とした国連PKOはアメリカとソビエトが対立していた冷戦下の1960年代に始まっており、可能性はあると考えています。

ガザ地区はこれまで「天井のない監獄」とも呼ばれ、塀やフェンスで囲われて人や物の厳しい封鎖が行われてきた。東教授は、このガザの状況を変えていくことも一つのアプローチだと考えている。

<ガザとエジプトの境界にあるラファ検問所>

ガザに、ある一定の経済的自由、移動の自由を認め、パレスチナの人たちが自立性を取り戻して将来への希望をもてるような状況を作り出していくよう考える必要があります。それを通じて、イスラエルへの武力攻撃を減らしていくというアプローチです。

1つの鍵は、ガザと接しているエジプトです。

ガザとエジプトとの貿易の往来、人の往来、交通の自由を、イスラエルと協議しながら確保していく。もう1つは、ガザ地区とヨルダン川西岸地区を、道路や高速道路などでつなげ、自由な往来を可能にしていくことです。こうした取り組みを通じてパレスチナの人たちが希望を抱くことができるようになれば、イスラエルへの攻撃も減り、双方の安全もより高まっていく。そういう好循環にもっていくことが重要だと考えています。

―それに日本はどう関わることができるでしょうか?

現実的には、この問題についてはアメリカによる仲介が、一番可能性が高いと思います。ただ、この20年間でパレスチナ側のアメリカに対する不信もかなり高まっています。アメリカ単独よりは、それともう1つ、例えばアラブのどこかの国が組んで仲介していくのが現実的かもしれません。そして、そこには日本もかなりコミットできるのではないかと考えています。

日本は「ファシリテーター=“促進役”」に

―具体的に、日本はどのような役割を果たせるのでしょうか?

日本がイスラエルとパレスチナの直接の仲介をするのは難しいと思います。しかし、これまで述べたような「構想」、そのビジョンを考えていく役割は果たすことができると考えています。イスラエルやパレスチナ、その周辺国や国際機関などと協議しながらビジョンを考えていく。そういう対話のファシリテート、”促進役“を果たすことができるのではないかと考えています。

―日本だからこそ“ファシリテート”できると?

日本はアラブ、中東地域において、非常に信頼を得ています。また、イスラエルにおいても、日本に対して嫌な感情をもつ人はそれほど多くありません。この地域における平和構築をファシリテートしていくことは、中東に資源を依存する日本にとっても非常に大きなメリットがあります。去年の12月8日、国連安保理で停戦を求める決議が投票にかかったとき、アメリカが拒否権を投じて採択されなかったのですが、日本が停戦に賛成票を投じたことが、グローバルなメディアでかなり報じられていました。

<去年12月8日の国連安保理>

きちんと停戦すべきだと票を投じる中で、日本に対する信頼をさらに高めることにもつながった部分があると思います。私は、日本は「世界の共通のルール」を、あらゆるところで、あらゆる人に対して尊重するように働きかけていくことが重要だと考えています。ロシアによるウクライナ侵攻や占領、これは当然批判すべきです。だからこそ、同時にイスラエルのヨルダン川西岸とかガザに対する占領の問題にも、批判的な認識をもって、それを解決する方法として、「二国家解決」を主張し続けていく。同じルールを、誰に対しても同じように求めているかどうかを、世界の多くの国の指導者は非常に鋭く見ていると思います。

―国際社会の中で日本が果たせる役割は大きいのですね。

世界の55%くらいは、民主的な国ではないという現実があります。長期的にそういう国がだんだん民主化できれば、それはすごく良いことです。しかし、国の統治をどうするかは、最後はその国の人にしか決められません。そこは、われわれ民主主義の国に生きている人が謙虚にならなければいけない部分でもあると思います。日本の場合、そういうことを押しつけなくても、自立や安定を支援することで非民主的な国とも関わり、西側、そしてグローバル・サウスの国ともいい関係を築いて、「ウィン・ウィン」の状況を作っていくことができると思います。

今回のガザの紛争に関しても、イスラエルとパレスチナ、周辺国や国際機関といった当事者が一堂に会して、一緒に新しいガザの復興の構想を練っていく。そういう対話の促進者、ファシリテートを日本ができるのではないか。信頼を得ている国として、いろんな紛争の解決とかグローバルな課題の解決に向けて、いろんな人たちの力を糾合して問題解決につなげるような、そういう役割を日本は果たせるのでないかと思っています。

<取材後記>

国際情勢が混迷をきわめていく中で、現実的にどう平和を構想していけば良いのか。具体的なビジョンを提案し、関係者に働きかけていこうという東教授の強い言葉と行動力が印象的でした。遠い国や地域の話であっても、「自分たちには何ができるのか」と発想していく姿勢が、これまで以上に重要になっていると強く感じました。