映画「LOVE LIFE」砂田アトムさんが語る“ろう者は当たり前にいるもの”

NHK
2022年9月9日 午後5:01 公開

深田晃司監督の映画「LOVE LIFE」が、ベネチア国際映画祭で最高賞を競うコンペティション部門にノミネートされました。

映画祭でレッドカーペットを歩いたのが、深田監督と主演の木村文乃さん、そして物語のキーパーソンとなる耳が聞こえない男性を演じる砂田アトムさんです。砂田さんは耳が聞こえない「ろう者」の俳優として、20年以上映画や舞台で活躍してきました。

今回の映画で、ろう者自身がろう者の役を演じることに、どんな意味があったと感じているのか。手話によるインタビューで、じっくりうかがいました。

(科学文化部 加川直央)

"ろう者を特別扱いしていない映画"

物語の主人公は、家族に囲まれて幸せに暮らす女性です。

ある日家族を悲劇がおそったことをきっかけに、耳が聞こえない元夫と再会し、自分の人生と向き合うという物語です。

砂田さんが演じるのは、家族をおいて失踪した元夫役です。

―映画「LOVE LIFE」の物語、見どころはどんなところだと感じていますか?

砂田アトムさん

三角関係が描かれているところです。妙子(主人公)と二郎(現在の夫)、そしてパク(元夫)。このトライアングルの描かれ方が、ものすごく面白いと思います。自分が演じるパクはろう者で、韓国人と日本人のハーフの役。エンディングは少しハラハラします。

これまでの映画と違うところは、「ろう者を特別扱いしていない映画」だという点です。ろう者が当たり前にいて、自然な生活を描いている映画ですので、みんなの映画の見方が変わるのではないかというのも楽しみです。ありのままのろう者が描かれているのを見てほしいと思います。「ろう者だからかわいそう」という内容を期待しているかもしれませんが、そうではありません。

―これまで「ろう者をテーマにした作品」や「福祉を描いた作品」でろう者が出てくる事は数多くあったと思いますが、ラブストーリーの中でろう者が出てくるという描かれ方については、どのように感じましたか。

砂田さん

もし「LOVE LIFE」が“障害者がかわいそうだ”とか、“お涙頂戴”みたいな描き方だったら、多分私は降板していたと思います。ただ台本を見てみたら、そんな匂いは一切ないんですね。聞こえる人、聞こえない人が対等に、普通に描かれている。“障害だから”という描き方はそこにはありません。自然の生活の中にあるものを、そのまま映画の中で描いているという感じです。もちろん監督が聞こえる人なので、ろう者の文化、生活様式を深く知っているわけではありません。なので私と対話をしながら、台本の中に取り入れてくださっていたんです。

―具体的に、砂田さんがろう者として提案した意見が取り入れられたシーンはありましたか?

例えば、聞こえる人の場合は「寝言」を言いますよね。ろう者はどうですか?と聞かれたんです。もちろん、ろう者にも「寝手話」があるよとお伝えしました。また、遠く離れているとき、聞こえる人同士だったら大きな声でやりとりする必要がありますよね。ではろう者は?というと、もちろんろう者も大きな手話で話します。近いときは小さな手話ですが、遠くに離れているときは大きな手話で話をします、ともお伝えしました

1番は目線ですね。普通、手話では向き合って目と目を合わせて話をすることが必要ですが、横並びになっているときはどのようにコミニケーションするのかと聞かれました。私は「鏡を使うこともできますよ」という話をしました。これは、ろう者がよく使う方法なんです。そういったことも、監督に取り入れていただきました。

―作品のテーマの1つが「目を見て話す」でしたね。目を見て話せない夫婦と、目で見ないと話せない手話の対比がすごく面白いと感じました。

砂田さん

目を見て話すことは当たり前。生活の中で、とても必要なことなんです。例えば、私たちがお店に行って、コミュニケーションがうまくいかないときは筆談をします。そのときに目を合わせてくれないと、とてもがっかりするんです。でも、それが聞こえる人たちの「聴者の文化」。目を見るのが苦手、目を合わせることをとても嫌がる。聴者とろう者で結婚する人たちもたくさんいますが、生活の中では、目を合わせて話すことが本当に大事なんです。こういったろう者の文化があることも知っていただければ、本当に嬉しいですね。

手話俳優キャリア20年 演技としての手話表現を磨き上げてきた

―砂田さんが俳優を志すことになったのは、どういうきっかけだったんでしょうか?

砂田さん

ずっと舞台に立って演じることがとても好きだったんです。両親も耳が聞こえないので、いつも手話で話をすることが当たり前の生活でした。クリスチャンの父は、日曜の礼拝でろう者が集まる中、司会を務めることが多かったんです。いつも舞台に立って父が手話で話している様子を見て、本当に格好よくて魅力的だったんですね。いつか手話で表現をする人になりたいという思いを、そこで持ち始めました。

そして15歳の時、あるビデオを見ました。本当に魅力的な手話で話している人がいて、その人はろう者だということを聞いて、すごく衝撃を受けました。ろうの当事者でもできるんだ、もしかしたら自分でもできるかもしれないと思って、そこから役者を目指すようになりました。表現方法もいろいろ研究して、学校に行って友達を集めて、その手話表現を見せる。友達に笑ってもらうことで、自分でも出来るんだと思えるようになりました。学校を卒業した後に東京に引っ越して、手話表現の学べるところに入って経験を積み重ねて、舞台に立つようになりました。

―ろう者でも手話を練習しなければいけないのですね。砂田さんの手話はとても伝わるものがあるし、魅力的に見えます。

砂田さん

例えば聞こえる人たちには、歌が好きという方がいますよね。ではオペラの声、あのオペラの歌は、誰でも歌えますか?そうではないですよね。やはり特訓して技術が認められて、やっとオペラの舞台に立って素晴らしい演技ができるわけですよね。手話も同じです。ただ手話が出来ればいいというわけではなくて、魅せられる手話が必要なのです。私自身、30年以上魅せる手話の練習を続けていますが、まだまだ初心者です。

ろう者がろう者を演じることの意味とは

―これまでろう者の役を、実際には耳が聞こえる「聴者」の方が演じることも多かったと思います。ろう者の俳優としてどう感じていましたか。

砂田さん

それは難しい問題です。

例えば、私が自分よりも年上の老人役をやることは、もちろんあります。でも大事なのは何かというと「手話が言語である」ということなんです。これは誰でも出来るようなことではなく、絶対にろう者がやることが必要です。

確かに耳が聞こえる人も、頑張れば手話で豊かな表現ができるかもしれませんが、それには限界があります。ろう者の文化も知らなければなりません。手話とは、手だけを動かせばいいというものではありません。眉毛の動かし方や顔の振る舞いで、文法があるんです。そういったことをすべて知らなければ、自然な手話で表現することはできません。誰でもろう者の役を演じられるかといえばそれは違うので、耳が聞こえる人が演じることには抵抗がありますね。

ろう者がろう者を演じることの意義を、砂田さんは「手話の語気を強めて」はっきりと主張しました。

この映画で監督を務めたのは、多様性のある映画作りを推進する団体にも携わってきた、深田晃司監督です。

これまで「ろう者の俳優がろう者の役を演じる」というケースがほとんどなかったことについて、「映画制作者側にも問題があった」と語ります。

深田晃司監督

ろう者の役が出てくると、どうしても「社会問題の渦中にあるろう者」や、差別や福祉の問題と絡めた描き方が多くなってしまう。その作品自体はもちろん全く悪くないと思うのですが、やはり求められるろう者の役が毎回そうなってしまうと、役の幅が全然広がってこない。例えば聴者の役に対して「なんでこの役は聴者なんですか」という質問や疑問は出てこないのに、ろう者の役になると「この役は何でろう者なんですか」とか、脚本上の必然性みたいなものが求められてしまう。それは、どこかアンフェアなのではないかという気がしています。

もし今回、ろう者の役を聴者の方にお願いしていたとしたら、おそらくその作品は今後「ろう者の役に当事者をキャスティングしないことの言い訳」に使われていくはずです。そして、私はインタビューで「なんで聴者がろう者を演じていいのか」ということを力説するはずなんです。そうしないと、演じてもらった俳優さんにも失礼なので、どうしても自分を正当化せざるを得なくなってくる。結局、そういうことがいままで積み重ねられて、「当事者キャスティング」というものが行われてこなかった。

そもそも、これまでろう者に対してキャスティングの扉はほとんど開かれていなくて、その時点で不平等がずっと続いてきたんです。まずはその不平等を是正するという目的が先にあるべきで、「俳優は誰にでもなれる。だから聴者もろう者を演じられるはずだ」という演技論や芸術論は、もっと先のことではないでしょうか。ろう者が演じるということが当たり前の日常になったときに、初めて演技論が成立するのではないかと思っています。

後輩たちにとってのロールモデルに

―砂田さんは動画配信サイトで発信したり手話を教えたりもされていますが、後輩であるろう者の俳優たちにとって、どんな存在でありたいと感じていますか。

砂田さん

表現としての手話が、もっと広がって欲しいと思います。役者を決めるオーディションに、聞こえない人が参加することは本当にわずかです。まだまだ、ろう者で演じる人の数が少ないんですね。聴者と対等に戦えるようになるためには、まずは若い人たちに育ってもらうことが必要だと思います。私自身の存在が刺激となって、憧れとか、夢とか、興味を持って育ってくれる人が増えてきたらいいなと思っています。でも、若い人たちが伸びてきても、私は負けませんよ!

<左から木村文乃さん、深田晃司監督、砂田アトムさん>

―今回の映画が、自然にろう者の存在を知るきっかけになるかもしれません。

砂田さん

映画を通じて、手話やろう者と関係のない人たちがろう者の存在をまず知るということが大事だと思います。手話で話していると、いつもジロジロ見られるんです。自分が有名人だから見られているわけではありません。もの珍しくて見ているんです。手話とろう者、または見えない人、車椅子を使っている人、みんな同じです。珍しいものではなく、生活の中で自然にいるものなのだという環境になってほしいと思います。

―レッドカーペットを歩くそうですね。

砂田さん

砂田アトム個人としては、本当にドキドキしています。“転んだほうがいいのかな?それはまずいな。スキップで行ったほうがいいかな?それはまずいかなぁ?”なんて、いろいろ考えているところです。楽しみです!

【2022年9月10日放送】