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サンデル教授 「コロナ禍をどう生きるべきか」インタビュー詳細

NHK
2021年7月2日 午後4:00 公開

数々の著書や「ハーバード白熱教室」で知られるマイケル・サンデル教授。9年ぶりに新著「実力も運のうち 能力主義は正義か?」を書き下ろし、今回、NHKのインタビューに応じました。コロナ禍でアメリカ社会にあぶり出されたひずみとは。そして、そこから見えてくる、コロナ禍を生きる私たちひとりひとりが問うべきこととは。川﨑理加アナウンサーが聞きました。

社会に広がる「能力主義の“横暴”」とは

川﨑:
近著「実力も運のうち 能力主義は正義か?」を読みました。たいへん強い言葉を使われていると思いますが、タイトルにはどのような意味が込められていて、なぜこの本を書くことにされたのですか。

サンデル氏:
おっしゃる通り、「Tyranny of Merit(能力主義の横暴)」(※著書の英語タイトル)というのは逆説的です。通常、能力主義というのは良いことだと私たちは考えます。能力のある人、資格のある人が重要な役割を果たす方が望ましい。外科手術が必要になったら、優秀な外科医に手術をしてほしいと思います。ではなぜ「能力主義」が「横暴」になるのか。ここ数十年の社会をみると、勝者と敗者の分断が深まっています。それが私たちを引き離している。団結や結束といった社会的なつながりが損なわれているのです。その一部は、世界中におけるここ数十年の格差の拡大によるものです。ただ、それだけではありません。成功に対する姿勢が変わっていることにも関係していると思います。トップに立った人、成功した人は、自分の成功は自分の功績だと考えるようになります。このため、成功に伴い市場がもたらすあらゆる物質的な恩恵は、自分の手柄だと考える。一方で、取り残されてしまった人は、自分はそうした運命に値するに違いないと考える。こうした成功についての考え方は、一見魅力的な考えを反映しています。それはmerit(能力、功績)、またはmeritocracy(能力主義)です。機会が平等であれば、レースに勝利した人は、勝利に値する、という考え方です。でも、それは勝者の謙虚さの欠如につながります。成功を収めた人が、幸運にも助けられたということを忘れてしまうのです。そして自分ほど幸運でない人を見下すようになる。「能力主義の横暴」というのはそういう意味です。成功した人が、成功は自分自身、個人の功績だと考えるようになる傾向です。私はこうした考えに批判的で、疑問を持ち、考えてほしいと思っています。

川﨑:
いつから分断と能力主義の横暴ということを考え始めたのですか。

サンデル氏:
そのきっかけは、私の学生の姿勢が時の経過とともに変わっていることに気づいたことでした。私が教えているハーバード大学の学生は、入学試験で競争をして、高校でいい成績をとって、たいへんな努力をして大学に入学します。その結果、ここ数十年間、一流大学に入学できたのは自分の努力の賜物で、自分はそれに値するからだと考える学生が増えていることに気づきました。学生の間に能力主義的な姿勢が強まっていることに気づいたのです。その後、本の執筆を真剣に検討するようになりました。2016年、アメリカではドナルド・トランプ氏が大統領に選出され、イギリスは国民投票でEU=ヨーロッパ連合の離脱を決めました。こうした投票結果が示したのは、大学に行っていない労働階級の有権者がエリートに見下されていると感じているということでした。多くの労働者が怒りや恨みを募らせていました。私は、なぜこうした状況になったのかと考えました。その一部は、大学に行って学位を取得した勝者と、大学に行かず、生活が苦しい人の間で社会が分断されてしまったことによると考えたのです。

パンデミックが浮き彫りにした“ひずみ” 問われる私たちの「まなざし」

サンデル氏は、パンデミックによって、不平等や格差といった社会の“ひずみ”が浮き彫りになったと語りました。そうした中、他人に向ける「まなざし」が問われていると感じた話がありました。

川﨑:
パンデミック当初には、「みな同じ立場だ。一緒にウイルスと戦おう」と言っていました。ところが不平等や不公正が広がったことで、それが社会の分断につながったということですね。どのような解決法があると思いますか。

サンデル氏:
おっしゃる通り、パンデミックの当初は、しばしば「皆一緒に頑張ろう」(We are all in this together)(皆一緒に乗り切ろう)という言葉が聞かれました。政治家も有名人もそうです。テレビ広告も「皆一緒に乗り切ろう」と言っていました。ところが時間の経過とともに、それは真実ではないことが明らかになってきました。私たちは「皆一緒に頑張っている」わけではないのです。在宅勤務や在宅学習ができる人がいます。私はハーバード大学の学生にリモートで自宅から授業をしました。教室に行く必要はなかったのです。学生も同じです。ですから自宅で仕事ができる人がいる一方で、失業したり、仕事をするためには公共の場所に行って新型コロナウイルスのより大きなリスクに身をさらさなければならない人たちがいました。こうした不平等は、パンデミックの以前からありました。しかしパンデミックによって生まれた仕事のパターンがそうした不平等をあばき、強調したことで分断がより深まったのです。新型コロナで死亡したアメリカ人のうち、アフリカ系アメリカ人など有色人種の比率の方が白人より高かったのです。一方で、パンデミックで明るい点もありました。パンデミックで、私たちが見すごしがちな人々の仕事にどのくらい依存しているかについて認識が生まれたと思います。病院で新型コロナ患者の治療をしている人だけでなく、宅配をする人、スーパーマーケットの店員、倉庫で働く人、トラック運転手、在宅介護をする人、託児所で働く人。これらの人々は、特に高い賃金を得ているわけではありませんし、社会で最も名誉ある仕事とみなされているわけでもありません。しかしパンデミックで、「エッセンシャルワーカー」、「キーワーカー」と呼ばれるようになりました。この人たちの仕事が不可欠なものであると気づいたのです。

川﨑:
日本では、医師や看護師は「ヒーロー」と呼ばれました。

サンデル氏:
重要なのは医師や看護師以外にもこの感謝の念を広げることです。医師や看護師は確かにヒーローですが、宅配業者や清掃業者など適切な敬意が払われていない人たちも、重要な貢献をしています。それで思い出したのが故キング牧師の話です。ずっと前のことですが、キング牧師がストをしている清掃作業員(ゴミ収集をする人)に話をしに行ったことがあります。暗殺される数日前のことです。キング牧師は清掃作業員に対してこう言いました。「ゴミを収集してくれる人たちは、医師と同じくらい重要です。こうした人たちが仕事をしなかったら、病気が蔓延するからです」と。そしてこう付け加えました。「すべての労働には尊厳があります」。キング牧師の当時の発言と同じようなものが、今のパンデミックでもみられました。ですから仕事に敬意を払うことの重要性を強調すべき時かもしれません。

川﨑:
明日から始められることは何でしょうか。

サンデル氏:
例えばパンデミックの間に食料品など宅配サービスを利用した場合、明日から配達してくれた人を無視するのではなく、ドアの外に置いてもらった食料品を受け取り、安全のためにマスクを着用して、配達してくれた人のところに行ってお礼を言う。私たちの代わりにリスクをとってくれているのですから。感謝の気持ちを示すのです。手始めにどうでしょうか。

「白熱教室」 コロナ禍の“正義”とは?

川﨑:
ずっと正義のことを話されていますが、先生にとって今の正義とは何ですか。

サンデル氏:
よい質問です。確かに私はずっと正義について話しています。現在の正義は――パンデミックの1年の経験の後、正義には質問をすることが必要です。どのように拡大する社会の分断をいやすことができるのか。どのようにしてパンデミックが浮き彫りにした不平等を緩和することができるのか。これらは正義についての質問です。簡単な答えはありません。私が示唆しているのは、民主主義社会として、これらの大きな質問について議論する必要があるということです。正義について、何が公正な社会なのか、パンデミックが明らかにした不平等にどのように対処するのか。これらが正義について、民主主義社会の市民として私たちが共に議論すべき質問です。
私たちはパンデミックでさまざまなことを経験してきました。ここ1年、暗い、困難な時期でした。でも希望の光が見えています。パンデミックはまだ続いていますが、退却しつつあります。パンデミックを克服する中で、私たちは何を共有しているのかを再考する機会があります。私たちには、本当の意味で「皆一緒に頑張っている」と言える社会をもたらす力があります。これはパンデミックの当初によく聞いたスローガンです。私たちには、その約束を実現する機会があるのです。「皆一緒に頑張っている」と言える社会です。そして追加したいのですが、パンデミックによって私はかなりの期間にわたって日本を訪れることができないでいます。そう遠くない将来に日本を訪れるのを楽しみにしています。日本に戻り、学生だけでなく、一般の人々とも、正義の問題、パンデミックからどのように回復するか、私たちは皆一緒だと感じ、信じられるようなよりよい社会をどうつくっていくかについて議論したいと思います。

(社会番組部 ディレクター 清田宇宙)
(おはよう日本 キャスター 川﨑理加)

【2021年7月3日放送】