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自閉症の芸術家・石村嘉成 亡き母へ思い寄せて“動物園にゾウの親子を描く”

NHK
2021年8月4日 午後1:08 公開

動物園の空き獣舎に現れた“ゾウの親子”

高さ2メートル以上、迫力あふれる「インドゾウの親子」の絵。

自閉症の芸術家・石村嘉成さんが半年かけて手がけたこの作品には、嘉成さん自身の家族への思いが込められていました。

2歳のとき自閉症と診断

1歳を過ぎたころ、両親が話しかけても反応を示さなかった嘉成さん。その後、2歳のときに自閉症と診断されました。
人とのコミュニケーションが難しく、かんしゃくを起こす日々が続きました。

その後、5歳になっても言葉が出なかった嘉成さん。両親は、様々な療育施設に通わせ、言葉の話し方や集団の中でコミュニケーションをとる方法を学んでいきました。

心安らぐ 動物の存在

かんしゃくを起こし続けていた幼少期の嘉成さんが、唯一落ち着いて過ごせた場所がありました。
地元のとべ動物園です。動物を見ると自然と笑顔がこぼれ、夢中になって園内をまわった嘉成さん。
母の有希子さんは、何度も嘉成さんを動物園へ連れていき、動物との触れあいを大切にしました。
さらに動物が登場する自然番組を録画し、家族で心安らぐひとときを過ごしました。

“何が何でも育ててみせる“ 母の強い信念

小学生になっても、嘉成さんは自分の感情を伝えることが苦手で、思い通りにならないときはかんしゃくを起こす日々が続きました。そんな嘉成さんに、母の有希子さんは“あえて厳しく”接します。

当時の映像に残っていた場面の1つです。

嘉成 「明日は学校」 有希子 「ひとりごと言う子は、学校行かなくていいです」

宿題をなかなか終えられず、泣きわめく嘉成さんに、有希子さんは冷静に叱ります。
そして、

嘉成 「動物のビデオ、あとでね」 有希子 「勉強終わったら、ビデオです」

有希子さんが撮りためてきた、動物のビデオを見る時間です。
厳しく叱る分、嘉成さんが大好きな動物に触れるひとときを、大切にしてきました。

有希子さんが夫の和德さんによく語っていた言葉があると言います。
“障害があるこの子は、多くの人の協力なしでは生きていけない。助けてあげたいと思ってもらえるような、みんなから好かれる子に育ってほしい”
有希子さんは、その一心で嘉成さんに向き合い続けました。
小学校へは、毎日付き添って普通学級で学ばせ、友人との間にも入って関係を築こうとしました。

当時、有希子さんが学校へあてた手紙には、「何がなんでも私が立派に育ててみせる」という強い決意が書かれていました。

小学5年生 道半ばに・・・母の死

有希子さんの努力の結果、嘉成さんは、クラスの仲間に愛され、支えられる人気者に成長しました。

そんな矢先、有希子さんはガンを発症します。
1年半の闘病の末、嘉成さんが小学5年生のときに亡くなりました。40歳でした。

大きな転機 高校生のとき絵との出会い

母・有希子さんの意思を受け継いだ、父の和徳さん。嘉成さんを普通科の高校へ入学させ、和德さんが毎日自転車で送り迎えをして通わせました。
嘉成さんが高校3年生のとき、美術の授業で版画に出会います。

このとき作った作品「友達のワンダーランド」が、地元のコンクールで入選を果たします。

さらに、1年後の19歳のとき、パリで開催された国際コンクールでは優秀賞を受賞。
本格的に絵の世界へと入りました。

これまで8年間で制作した作品は400以上。作品のほとんどが大好きな生きものの姿です。
丁寧に何度も色を塗り重ねて仕上げた作品には、動物たちの生き生きとした表情が描かれています。
さらに地元の企業や学校からの依頼も来るようになり、四国を代表する芸術家の1人として、注目を浴びるようになりました。

嘉成さんは、個展を積極的に開催し、訪れた人と交流を持つようになりました。
父の和徳さんは、絵を通じて、嘉成さんが多くの人とのつながりを持つことができ、コミュニケーションを深められるようになったと言います。

大作・ゾウの親子への挑戦

2020年11月下旬。嘉成さんは、新たな作品に取りかかりはじめました。
高さ2メートル以上のキャンバスを2枚重ねて仕上げる大作です。
愛媛県からの依頼を受けて、とべ動物園で作品展を開催することになった石村さん。
会場は、インドゾウが暮らしていた獣舎です。とべ動物園にいたインドゾウは、8年前に息を引き取りました。

嘉成さんも、母の有希子さんと家族で何度も見た、大好きだったインドゾウ。
絵を獣舎に飾ることで、まるでゾウがよみがえったような姿を表現したいと言います。

母ゾウの“目”に苦戦 そこで取り出したものは・・・

2020年12月中旬。ゾウの絵を描き始めて3週間たったころ、嘉成さんはある場所で筆が止まっていました。“母ゾウの目”の部分です。
「ちょっとなかなか納得言っていない」と、輪郭を描いては、何度も塗り直す嘉成さん。
「ちょっと怖くなっている」とイメージ通りの姿が表現できず、頭を抱えはじめました。

思い悩んだ嘉成さん、この日はキャンバスから離れて、あるものを取り出しました。
それは亡き母が撮りだめてくれた、15本の“ビデオテープ”です。
15年以上前に録画された動物番組は、嘉成さんにとって大切な宝物だと言います。

子どものころから何度も何度も、母と繰り返し見てきたビデオテープ。
嘉成さんは、野生のインドゾウが親子で歩く姿を見始めました。

ナレーション 「ゾウは長いあいだ 子どもの世話をします」 嘉成 「すごいねぇ」

手をたたき、まるで幼少期のころに戻ったような表情で、ビデオを見入る嘉成さん。
母と一緒に見たゾウの映像から、嘉成さん自身の“母の姿”が思い出されていきます。

“母の姿”を母ゾウの目に込める

母ゾウの目に悩み始めて2週間。絵は、完成へと近づいていました。
「丸くなってる。優しい目」と話す嘉成さん。
さらに黄色やオレンジなどの色を塗り重ねることで、“光を浴びて楽しそうな姿”を表現していきます。
母ゾウの目が定まったころ、嘉成さんの中に迷いは見えず、1日8時間、筆を動かし続けていました。

ゾウの絵が完成 母と向き合い続けた2か月間

ゾウの親子を描き続けておよそ2か月。絵は完成しました。
母ゾウの表情は、優しさとともに、どこか力強さも感じさせるような絵に仕上がっていました。

母ゾウを鼻を絡ませている子ゾウは、嘉成さん自身を描いたと言います。

嘉成 「よく見ると、私っていうお兄ちゃんを見守る優しいお母さんです」

じっと完成した絵を見続ける嘉成さんに、「絵を描く時間はどんな時間でしたか?」と訪ねると、「お母さんのことを思い出し、楽しい時間でした。もし今お母さんに会ったら、ほめられたい」とこたえました。

母との思い出の場所に“ゾウの親子”を飾る

2021年2月、愛媛県立とべ動物園に、ゾウの親子の絵が飾られました。
(作品展は2021年8月31日まで展示)
嘉成さんが小さい頃、唯一心を落ち着かせてくれた場所、動物園。
嘉成さんは、動物たちに感謝の気持ちも込めて絵を描き上げたと言います。

絵の搬入が終わったとき、嘉成さんはひとりでに園内を回り始めました。
その手元には、母・有希子さんの遺影が。

嘉成 「お母さんに動物たちの姿をお見せしたかった」

嘉成さんは、動物1頭1頭に「おはよう」「ねむい?」などと丁寧に声をかけて回りました。
時に、「あのカバは、何回見ても飽きないビデオクリップのカバと同じですね」と、母が録画してくれたビデオテープの映像を思い出したり、トラが大声で鳴けば、「わー!ビックリしたー!」と子どものころのように無邪気な反応。
近づいてきてくれたチンパンジーには、「よく見ると、なんだか笑っているように見えます。うれしそうに喜んでいますね」と、声をかけました。

そして、「お母さんとここへきたとき、懐かしい気持ちがよみがえってきた感じがしました」「最高の思い出ができて、本当によかったです」と話しました。

これからも、たくさんの生きものの絵を描いていきたいと話す嘉成さん。

母が注いでくれた、深い愛情が、作品の中に彩られていきます。

■「インドゾウの親子」作品について
アートイベント「とべズージアム」にて展示中
~2021年8月31日(火)まで
場所:愛媛県立とべ動物園

(松山放送局 藤田怜子)
【2021年5月2日放送】