詩人の谷川俊太郎さん(90)の絵本「へいわとせんそう」が、出版から3年の時を経たいま話題を呼んでいます。ロシアによるウクライナ侵攻の後、全国の書店で売り切れが相次いでいるこの絵本。手に取る人の中には「この絵本で子どもと戦争について語りたい」という親たちも多くいます。絵本を開くと、白黒のシンプルな絵と最小限の言葉が並びます。この絵本が、なぜ支持されているのか?首藤奈知子キャスターが谷川俊太郎さんにインタビューしました。
<絵本「へいわとせんそう」 文=谷川俊太郎 絵=Noritake>
“わからない”戦争 迷いから生まれた絵本
90歳を迎えた詩人の谷川俊太郎さん。ご自身も戦争体験者であり、これまで戦争をテーマにした作品をいくつも紡いできました。そんな谷川さんに、まず今起きているロシアによるウクライナへの軍事侵攻について、質問を投げかけました。
首藤キャスター
いまウクライナで起こっていることは、どう捉えていらっしゃいますか?
谷川俊太郎さん
わからないですね。情報はいっぱいあるように見えるんだけど、一体どう発言していいのか全然分からないんですよ。ただ反対って言えばいいんだったら簡単なんですけどね。
谷川さんから返ってきたのは、「わからない」という言葉でした。
谷川さんは、紛争やテロなど複雑な現代の争いを前にして、表現することの難しさを感じているといいます。そんな悩みの中で作ったのが、絵本「へいわとせんそう」でした。
<シンプルな絵と最小限の文字で構成されている>
絵本は見開きで「平和」と「戦争」を比べた絵が続いていき、平和な暮らしが戦争でどう変わるのかが描かれています。
谷川さん
すごく難しいテーマで、戦争と平和なんてもう何百言を費やしても語りきれないようなものでしょ。だから、できるだけ子どもにも分かるように簡単で強い言葉にしたい。そういう言葉と絵にしたいっていうふうに思ってましたね。
なぜ絵本に反響が? 戦争を考え始めた子どもたち
<絵本を開く大橋さん一家>
このシンプルな戦争の絵本が、なぜ人をひきつけているのか。
絵本を読んだ大橋茜さん一家を訪ねました。母親の大橋茜さんがこの絵本を手に取ったきっかけは、小学1年生の息子・叶和(とわ)くん(6)のある発言でした。
「ある日、息子がこんなことを言ったんです。『ロシアがあれだけウクライナを攻撃していたら、ウクライナがやり返して、もしロシアの子どもや赤ちゃんが傷ついてもしょうがないよね。それぐらいの事をやってるもんね』。それを聞いて、戦争にまひしていくのが怖いと思いました」と大橋さんは語ります。
そこで、大橋さんは数ある戦争の絵本の中から「へいわとせんそう」を選び、叶和くんと姉のわかなちゃん(8)と一緒に読むことにしました。
絵本を前にした子どもたちの反応に、大橋さんは驚いたといいます。ページをめくりながら次々と語りだす二人。「絵本の世界」と「自分」を重ね合わせ、想像を巡らせているようでした。
わかなちゃんは、悲しい顔をして座り込む少年の絵に「せんそうのボク」という言葉が添えられたページで、こんな想像をしました。「爆弾が来たらどうしよう、死んじゃうかもしれないって悲しい気持ちになってるみたい」
続いて、銃を持った父親が描かれた「せんそうのチチ」のページ。叶和くんとわかなちゃんは、それぞれの考えを交換します。
叶和くんは「僕はもう戦争にいかなきゃいけない。死んじゃうかもしれない」と、父親の気持ちを代弁。すると、わかなちゃんが「このお父さんは、戦争に行きたくて行ってるんじゃない。人を殺したくて行っているんじゃない」と付け足します。さらに叶和くんは「戦争に行けって言う人が悪い。ロシア人の中でも銃を撃ちたくない人もいる。それで何年か後に『ああ、ウクライナにあんなことをしてしまった』と後悔する人もいるかもしれない」と想像を巡らせました。
<絵本から自分が想像したことを伝える叶和くん>
母親の大橋茜さんは、「絵本にはせりふがあるわけでもないし、文章が長いわけでもない。子どもたちは自分が知っているものとリンクさせて考えていく」と絵本が持つ力を語りました。
<絵本の最後のページ>
この絵本の最後のページに描かれているもの。それは、見分けのつかない、二人の「あかちゃん」です。
添えられているのは、「みかたのあかちゃん」「てきのあかちゃん」という言葉。
<赤ちゃんのページを見て考えを巡らす叶和くん>
叶和くんはこのページをめくり終えた後、「ロシアの赤ちゃんが傷ついても仕方がない」という考えは無くなっていました。「ウクライナの赤ちゃんが傷つくのもだめなんだけど、ロシアの赤ちゃんだって何も悪いことをしていない。同じ赤ちゃんだから」と叶和くんは言います。
谷川さんが子どもたちに託したものとは?
谷川さんにお話を聞くと、実は谷川さんが最も大切にしたのがこの絵本の後半、味方と敵を並べる表現だったのだといいます。
首藤キャスター
平和な絵と、戦争の絵を比べていく。そして「敵と味方」というふうに変化する。これは何かイメージがあったんですか?
谷川さん
もちろんありますね。まず第一に、戦争に限らず「敵と味方」っていう分け方が当たり前みたいになっているじゃないですか。競い合うということは、もう人間のあり方の本質みたいなところがある。要するに、「敵と味方」という分け方を、溶け合わせてしまいたいっていう気持ちがありましたね。
首藤キャスター
溶け合わせる?
谷川さん
敵も味方もないんだよ、同じなんだよっていうふうに持っていきたかったわけ。だから、絵を描く人(Noritakeさん)が見開きで同じ赤ん坊を描いているんですね。そこのページが僕は一番気に入っているんです。「敵の赤ん坊と味方の赤ん坊が全然違わない」っていうふうに訴える絵は、強いですよ。
今回のインタビューの冒頭で「いま戦争について、どう言葉を発信していいかわからない」と語った谷川さん。それでも、子どもたちに”期待”をこめてこの絵本をかいたといいます。
谷川さん
やっぱり少ない言葉から、自分なりの連想とかイメージを生み出してくれると思うんですよ。それを信頼して書いたようなところがあります。
首藤キャスター
子どもたちの想像する力ってすごいと思います。
谷川さん
もう、それは信頼してますね。大人よりはるかに突拍子もないことを連想しちゃいますからね。僕は直接子どもに問いかけたいし子どもに訴えかけたいって気持ちがある。そこに、自分では考えられないようなつながりが生まれる可能性があるっていうところに懸けてます。
子ども達の想像する力を信じて、最小限の言葉と絵で語る戦争の絵本を作った谷川さん。
あなたは最後のページを見て、何を感じましたか。
(おはよう日本 ディレクター 谷圭菜/蓮見那木子)
【2022年6月9日放送】