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北アルプスに登れなくなる!?ワンコインで登山道整備に貢献

NHK
2021年10月1日 午後1:09 公開

標高3000メートル級の山々が連なり、多くの登山者をいざなう北アルプスです。
このうち、槍ヶ岳や穂高連峰など一部の山域で、登山者に1口500円の寄付金を募り、登山道の整備にあてる実証実験が9月18日から始まりました。
なぜ寄付金を集めることになったのか、制度の導入とその背景を取材しました。
(映像センタ-山岳取材班)

北アルプスで始まった寄付金の実証実験

中部山岳国立公園の玄関口、長野県松本市の上高地は、例年およそ120万人が訪れます。

9月18日、ここで始まったのが、登山道整備のために寄付金を募る実証実験です。
金額は1口500円。環境省や山小屋の事業者などが取り組みを始めました。
オンラインで決済できるほか、銀行振り込みや山小屋で直接支払うこともできます。

また、期間中に現地に行かない人も専用のウェブサイトから寄付をすることができます。
期間は10月18日(月)まで、およそ1か月の試みです。

環境省中部山岳国立公園管理事務所 森川政人所長 「いま登山道の維持が課題になっています。登山者の方にも“自分に何ができるのか”を考えてもらって、一緒に登山環境の維持に取り組んでいきたい」

この試みについて登山者はどのように受け止めているのでしょうか。

登山者 「登山道がなくなってしまう場所もけっこうあって、もしお金の力で持続できるんだったらいいんじゃないかなと」

登山者 「すごく高かったら、みんな『えっ』と言うかもしれないけど、集めること自体はいいんじゃないか」

北アルプス登山道整備の実情

このように寄付金を募る取り組みの背景には、国立公園の維持・管理が難しくなっている現状があります。

長野・岐阜・富山・新潟の4県にまたがり、日本を代表する山々が連なる北アルプスは、ほとんどの山域が中部山岳国立公園に指定されていますが、その登山道の整備を主に担っているのは民間の山小屋です。

(資料・白馬鑓温泉小屋/長野県白馬村)

北アルプスの北部。標高2100メートルにある白馬鑓温泉小屋(はくばやりおんせんごや)です。
山小屋に湧く温泉では、湯につかりながらご来光を拝むことができ、“雲上の露天風呂”とも呼ばれる人気の場所です。

(資料・白馬鑓温泉小屋の露天風呂)

この山小屋も周辺の登山道の整備を行ってきました。
しかしこの夏、山小屋に通じる登山口を訪れると、登山道が通行止めになっていました。

(通行止めの登山口)

なぜ登ることができないのか。
特別な許可を得て、支配人の嶺村昌弘さんに案内してもらいました。
すると、登山道の整備がままならない実態が見えてきました。

例年であれば、山小屋の人たちの手によって登山道はきれいに刈り払われていますが、いまは草が生い茂ってしまって、場所によっては道がわからない場所もありました。

また、沢には登山者が渡るための橋が架けられますが、今年は設置されていませんでした。

嶺村さんの山小屋では新型コロナウイルスの感染対策で宿泊の定員を半分以下に減らさざるを得ず、採算が見込めないことから、去年とことし、2年続けて営業を断念しました。
そのため、人手とお金をかけて登山道の整備ができなくなってしまったのです。

実は登山道を整備する費用の多くは、山小屋に泊まった人の宿泊料で賄われています。費用の一部は国や自治体からも出ていますが、こちらの山小屋では費用の3分の2が持ち出しで、大きな負担になっているといいます。

白馬鑓温泉小屋 嶺村昌弘 支配人 「登山者の安全にも関わってくることなので、登山道整備を続けていきたいが、営業ができない中で整備の費用は変わらないわけなので、維持していくことは厳しい」

国立公園の管理に課題

いま、こうした民間の山小屋などに頼ってきた国立公園の管理のあり方が問われています。
環境省が指定する国立公園は「協働型管理運営」という方式をとっていて、多くの場合、管理は民間の事業者やボランティア、自治体などが担っています。

(登山道整備の様子/撮影:白馬鑓温泉小屋)

およそ900キロある中部山岳国立公園の登山道は、そのほとんどで誰が整備をするのか決まっておらず、昔からの慣習で民間の山小屋が行ってきました。
ここ数年は豪雨による登山道の崩落が相次ぐなど補修が必要な箇所が増えているほか、ヘリコプターによる資材輸送の値段も上がっていて、山小屋の負担は増す一方でした。

こうした中、新型コロナウイルスが山小屋の経営に打撃を与えたことで、潜在的にあった国立公園管理の課題が浮き彫りになったのです。

白馬鑓温泉小屋 嶺村昌弘 支配人 「持ち出しはこれからも増えていくのではないかと思う。登山道の整備をこのまま続けていくというのは、もう不可能に近いのではないかと思う」

山小屋の経営危機 アンケートからも

こうした実態は、NHKが中部山岳国立公園にある山小屋を対象に行ったアンケートでも明らかになっています。

コロナ禍での山小屋経営への影響について尋ねたところ、
▼「事業の継続に関わる大きな影響がでている
▼「経営の譲渡や廃業も検討している
と回答した割合が合わせて7割を超えました。

さらにアンケートの自由記述には、
▼「山小屋が自腹を切って登山道の整備を行う体制は限界を迎えている
▼「登山道整備要員を確保する事が非常に難しい状況である
という切実な声が多く寄せられました。

専門家「本当の“協働”とは」

国立公園にの管理に詳しい専門家は、環境省が掲げる「協働型管理運営」のあり方について、次のように指摘しています。

北海道大学大学院 愛甲哲也准教授 「山小屋や自治体、ボランティアは管理主体ではないけれども、事実上、管理をしている。国立公園の環境を維持する費用をどのように分担するのか、この部分をもっと明確にするような仕組みを作っていかないと本当の“協働”にはならない」

寄付金を募る実証実験の今後

今後、国立公園をどのように管理し、その費用をどのように分担するのか。さらなる議論が求められる中で始まった今回の実証実験。“登山道整備を主に山小屋が行っていること”や“費用負担のあり方”についてより多くの登山者に知ってもらうことも目的の一つになっています。
また、今回は寄付に応じた登山者にアンケートを実施していて、集まった声を分析して、今後の制度のあり方を検討することにしています。

(専用サイトからのオンライン決済の様子)

全国に広がる"登山者協力制度"

こうした寄付金を募る実証実験ですが、同様の取り組みは、全国でも行われています。

(寄付金・協力金の制度を導入した主な国立公園)

北海道の「大雪山国立公園」や中国地方の「大山隠岐国立公園」の一部でもことしから始まりました。
国立公園の維持管理を巡っては、各地で課題となっていることがここからもわかります。

また、国立公園の管理について、専門家は「今後、登山道を利用する人に一定の協力を求めていく必要がある」とした上で、「受益者負担だけでなくより多くの人が参加し考えていくべき課題だ」とも指摘しています。

北海道大学大学院 愛甲哲也准教授 「国立公園は美しい風景や貴重な動植物を守る場所だが、そこを訪れる人だけが恩恵を受けているわけではない。水源の保護や二酸化炭素の吸収源として地球温暖化に対する大きな役割もあり、もっと高く評価されるべき場所だ。そこも含めて考え、協力し合う必要がある」

私たちがこれからも自然を楽しむために、どのように管理していくのか。
改めて考える必要があると感じました。

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(長野放送局 松本支局 カメラマン 早川友康)
(映像センター カメラマン 岡部馨)
(映像センター カメラマン 奥田悠)
(政経・国際番組部 ディレクター 安食昌義)

【2021年9月19日放送】