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窃盗症を乗り越えて 元マラソンランナー 原裕美子さん語る

NHK
2021年5月10日 午前10:29 公開

同じ病で苦しむ人のためにもいま、伝えたい

元マラソン日本代表の原裕美子(はら・ゆみこ)さんです。2007年の大阪国際女子マラソンで優勝し、その年の世界陸上にも出場するなど、世界の舞台で活躍していました。

しかし、厳しい減量で摂食障害に陥り、やがて窃盗症という精神的な病から抜け出せなくなってしまいます。

いま、千葉県のアパートで1人暮らしをしている原さんは、居酒屋や事務のアルバイトを掛け持ちしながら窃盗症の治療を続けています。窃盗症を引き起こした原因は現役時代の過酷な食事制限でした。

原さんは3月、窃盗症に苦しんだ過去をつづった本を出版しました。

同じ病で苦しんでいる人、生きづらさを抱えている人にひとりで苦しまないで、と伝えるためです。

今回カメラの前ではじめて思いを語りました。

元マラソンランナー 原裕美子さん 「本当に体重が増えると怒られるので『これは食べちゃダメ。あれは半分残せみたいな』」

現役時代の原さんは、1メートル63センチの身長に対し、体重44キロ。

それでもさらにやせるように指示され、過食とおう吐を繰り返す深刻な摂食障害に陥りました。

そして2007年。北京オリンピックの選考会を前に中国で合宿中、はじめて万引きをしてしまいます。

原裕美子さん 「何か目の前に食べ物を見た瞬間にとりたくなっちゃたんですよね。食べ物欲しさに。夢中になってとっちゃって」

その時は、店主に呼び止められ怒られただけで大ごとにはなりませんでした。万引きすると不安な心が満たされた錯覚に陥ったという原さん。悪いことだと思いながらも、万引きを繰り返すようになっていきました。

原裕美子さん 「いつもお財布にはなんでも好きなだけ買えるくらいの金額、1、2万円入れていたんですよね。けれどもお店に行くと商品を盗ってしまう自分がいて、やめなきゃやめなきゃと思っていても、自分をコントロールできなくて」

それから数年、何度も逮捕されながらも万引きは止まりませんでした。そして2018年、執行猶予の期間中だったにも関わらずスーパーマーケットで、キャンディーなどおよそ380円相当を万引きしたとして、7度目の逮捕に至ります。

裁判では、懲役1年、執行猶予4年の判決が言い渡されました。判決後、記者会見の席で、原さんは謝罪の言葉を述べています。

原裕美子さん 「(万引きを繰り返すことを)直したいと思っても直せなかったんです。たくさんの方々を私はずっと裏切るようなことをし続けてきました。本当に申し訳ありませんでした」

このとき会見に同席した林大悟(はやし・だいご)弁護士が万引きをやめられないのは病気だと原さんに気づかせてくれました。林弁護士は、刑事裁判の弁護を通して、窃盗を繰り返す人の中には、病気で自分ではやめられない人がいることを知っていました。その経験から、原さんにも窃盗症は病気で、治療をしなければ直らないことを教えてくれたのです。

林大悟弁護士 「万引きは窃盗という犯罪ですので刑罰が必要なんだろうと思います。ただし刑罰だけでは対処できない、再犯を防止できない、病気の側面があることを忘れてはいけないのだと思います。自分が病気かもしれない、そのために社会に迷惑をかけないためにも治療しないといけないというまず認識を持つことが重要なんだろうと」

自分は、病気だと知って目の前が明るくなったという原さん。窃盗症の治療に取り組んできました。

その治療は原さんにとって思い出すのもつらい過去と向き合う作業でした。

今行っているのは、万引きを繰り返していたころのつらい体験をノートに書き出して、その文章を読み返す作業です。

堀アナウンサー 「直視するわけじゃないですか、過去を。つらくなかったですか?」

原さん 「つらかったです。見るのも嫌でした。それくらいつらいことを思い出していたんです」

その一方、ノートには家族との楽しい思い出などこれまでの人生でよかったことも文章にして読み返し、気持ちをおだやかに保てるようにしてきました。

治療のためのこうした反復作業を3年間、毎日繰り返してきた原さん。ようやく自分の衝動を抑えられるようになってきたといいます。

原さん 「涙が出てきたり、もうこの作業をやりたくないと思ったり。それくらいつらかったんですが、だんだんメンタルが強くなってきたのか、絶対に治すんだという強い意志があるからこそ地味な作業も続けてこられたんじゃないかと」

原さんが窃盗症であることを公表したことで支援の輪は広がっていきました。

逮捕前から交流があった元マラソンランナーの西田隆維(にしだ・たかゆき)さんです。

病と戦う原さんの姿を見て欲しいと市民マラソンに招いてくれるなど、原さんを支え続けてきました。

西田さん 「(マラソンは)彼女がずっとがんばってきたことですからこれからもそれを捨てないでというか。人前に出てそれで元気で頑張っている姿を多くの人に見てもらったほうがいいんじゃないかな」

原さんはいま純粋に走ることを楽しめるようになっています。目の前で颯爽と走る原さんの姿は、すがすがしく、走り終えた原さんが「ああ気持ちいい」と、とびきりの笑顔を見せてくれたことが印象に残っています。

原さん 「実業団のときは勝たなきゃ意味が無いとか結果だけだったんですけど、いまは走るということ、走ることに携わること全部を心から楽しめている自分がいるので」

1人で苦しんできた過去を断ち切り、人のつながりの中で前を向けるようになった原さん。

いま自分の居場所を取り戻すことができたと感じています。

原さん 「何かつらいことがあっても、そばで寄り添ってくれるような場所をずっと求めてきたんです。そのつらさを1人で抱え込まないでとまず言いたいですね」

取材の日、原さんは手作りのチーズケーキを振る舞ってくれました。

料理をすること、特売のチラシを見ながら買い物をすること、そんな日常のささいなことも楽しめるようになったと話す言葉を聞いて、当たり前の日常を過ごせることが大切なことなんだと思わせられました。

「笑顔が本当に素敵ですね」と声をおかけすると、「こんなに笑える日が来るとは思っていなかったです」と話す原さん。取材後は、テレビのインタビューを見たというアルバイト先のメンバーから「原さんの経験は多くの人の力になるから今後も発信してね」と温かい言葉をもらっているそうです。

原さんが自分の過去を本にしたり、テレビのインタビューに答えてくれたのもこの病気をしってもらいたかったからだと言います。そもそも窃盗症や摂食障害といった病は隠しておきたいと、相談することさえ、ためらう人が多い病気です。だから適切な治療や支援につながりにくく、深刻化させてしまうケースが後を絶たないわけですが、こうした現状を変えていきたいと原さんは決意を新たにしています。日本摂食障害協会のアンバサダーにも就任し、自らの体験をたくさんの人たちに伝える場を持ちたいという原さんをこれからも応援していきたいと思います。

(おはよう日本 アナウンサー 堀菜保子)

【2021年4月1日放送】