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「小説8050」 林 真理子「ひきこもり」家庭を描く

NHK
2021年6月17日 午後3:01 公開

作家デビューから約40年にわたり、第一線で活躍する林真理子さん。エッセイから歴史小説まで幅広い作風で知られていますが、最新作『小説8050』では、「ひきこもり」のわが子と向き合う家族を描き、話題となっています。社会的なテーマに、作家としてどう向き合ったのか。おはよう日本の新井秀和アナウンサーがインタビューしました。

“作品が生まれる場所” 林さんの書斎を訪ねる

最初に案内していただいたのは、林さんのご自宅の書斎。まず目に入ってきたのが、壁一面を埋め尽くすたくさんの本です。執筆のため、多くの資料を読むという林さんの本棚には、雑誌や新書、歴史の専門書などさまざまな本がありました。

林 「本当に汚くてお恥ずかしいんですけど・・・。これでも(取材班が)いらっしゃるっていうので本当に2日間くらいかけて机が見えるようにしたんですよ」

新井 「もう林さんの頭の中というか、ここから作品が生まれるってことですね」

40年近く、原稿はすべて手書きだという林さん。ご自身の名前が入った原稿用紙と筆圧の低いサインペンを手に、流れるように原稿を書いていきます。この速さこそ、作品の勢いにもつながるのだと林さんは言います。

林 「エッセイはスピード感出すには、速い方がいいかもしれないですね。でも歴史小説書く時に私の速さっていうのは、ちょっとまずいなと思う時があるんですね。重厚な文章を書く時に、あんまり速く進みすぎてしまうので、そういう時はちょっと心を落ち着けて一字一句おさえて書く」

“どう小説化すれば・・・”『小説8050』書き始めるまでの逡巡

その林さんが「(何度も推こうして)原稿が真っ赤になった」と振り返るのが、今年4月に出版された最新作『小説8050』。

タイトルにある「8050」とは、80代の親が50代の子どもを支えるといったように、子どものひきこもりが長期化し、高齢となった親子が社会から孤立していく問題のことです。2019年に公表された内閣府の調査では、40歳から64歳までのいわゆるひきこもりの人は、推計61万人に上ります。

小説の舞台は、7年前から自宅にひきこもる20代の息子がいる家庭。「8050問題」が我が身に降りかかるのではと案じる50代の父親が息子と向き合い、家族の再生を模索する物語です。

執筆のきっかけは、編集者からの提案でした。社会的な問題になりつつある中高年のひきこもりをテーマに小説を書いてほしいと頼まれたのです。しかし、林さんは依頼から1年が経っても、書き進めることができなかったといいます。

林 「いや・・・書きたくないというのは思いました。非常に重いテーマですし、私がどういうふうに小説化していっていいのか皆目、見当つかない」

“まだ間に合うなら” 切なる願いを込めて

しかし弁護士や精神科医などへの取材を重ねるうちに、あらためて事態の深刻さを痛感した林さん。なんとか自分なりの方法でこの問題を知ってもらいたいと執筆を決意します。
そして、できるだけ幅広い年代の人に関心を持ってもらおうと、今回の作品では若い世代の親子を主人公に据えました。

林 「まだ間に合うのであれば、ちょっと行動を起こしてくださいと私の切なる願いをこの本に込めたつもりなんです」

父と子が向き合い再生へ

これまで女性を主人公にした作品を数多く手がけてきた林さんですが、今回の作品の主人公は50代の父親です。育児は母親に任せきり、息子がひきこもりになったのは母親の責任だと、息子と向き合うことを避けてきました。そんな父親が次第に自らの責任を問い始め、葛藤する姿が描かれています。

物語の重要な鍵となるのが、裁判のシーンです。息子のひきこもりの原因が中学時代のいじめだと知った父親は、いじめの加害者と学校を相手に裁判で闘う覚悟を決めます。林さんは、父と子が、本気で向き合う姿を描きたかったといいます。

林 「お父さんが命を懸けても子どもを守る、子どもを再生させるという物語なんです。母親と子どもというのは自分の肉体を分けてきますから、濃密な関係を結ぶ分、どこか甘えがあると思うんですよね、私は。だけど、父親というのは違うわけで、そこで母親よりももっと何かをやらないと子どもを救うことができないんじゃないかな。この(裁判の)プロセスがあって、お父さんが息子の心と寄り添っていく」

林さんが伝えたかった 親としての“願い”

小説では、裁判をきっかけに家族が意外な形で再生へと向かい始めます。
さまざまな困難に直面する中、息子に対して父親が発した一言には、自身も一人の母親である林さんの、親としての“願い”が込められていました。

「お前が生きていることなんだ。それだけでいいんだ」

林 「ここはちょっときれい事と言われそうですけど、やっぱりいちばん言いたかったところですね。子どもはひきこもっても何でも本当生きててくれさえすればいいんだっていうこと。またここから出発していかなきゃいけない、出発していってほしい」

作家は“炭鉱のカナリア”

今回の作品を書き終えて、林さんは作家としての使命を強く感じたといいます。

林 「小説って、なんていうか“炭鉱のカナリア”みたいに、危ないですよ、危ないですよ、ピッピッピッピッという役割もしているんじゃないかなって。それができるのが小説かもしれないと思うんです。私たち作家はカナリアちゃん」

新井 「なるほど、社会にそうやって警鐘を鳴らしているっていうことですね」

林 「たまにですけどね。まあ、たまにですよ。私なんか、ごくたまにしてるつもりですけど、鳴らしてないときもあるんですけれども。今回は、ちょっとさえずりを聞いてくださる方が多いかなっていう感じですね。私も専門家じゃないので、ああしたらこうしたらなんてことは言えませんけども。とにかくもう重要問題としてそこに迫ってますよっていうことは、今回お伝えできたんじゃないかなとも思ってます」

炭鉱のなかの異変をいち早く伝えるカナリアのように、世の中の変化の兆しを敏感に察知し、物語という形で伝えていく。控えめに話す林さんですが、ひとりでも多くの人に「8050問題」への関心をもってほしい、親と子で向き合ってほしいという願いを強く感じたインタビューでした。

(おはよう日本 ディレクター 馬渕茉衣)
(おはよう日本 キャスター 新井秀和)

【2021年5月29日放送】